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[解説]『犬の一生』-1

 もともと「小説家になろう」で(6章まで)連載していた作品。正確にいえばそれ以前にも自分のブログに掲載していた(〜3章くらいまで)。
 カクヨムのほうに切り替えたのは、「なろう」のほうで6章が終わったあたりでちょうど1年3ヶ月ほど南極に行くことになり、寝かせるのもなんだかなぁと一度完結扱いにしてしまったため。現在は全部カクヨムに集中させようとしているため、完全移行の運びに。

 わりと長い作品なので、解説も章ごとにつける。

□1. ロキの子どもたちとフェンリルの捕縛
 主な北欧神話のエッダ(古代の北欧の人々が神について詠んだ詩)の中では、
・『ロキの子どもたちとフェンリルの捕縛』
・『盗まれたイドゥンの林檎』
のふたつがベースとなっている。

*『ロキの子どもたちとフェンリルの捕縛』
『ロキの子どもたちとフェンリルの捕縛』はその名のとおり、ロキの子どもたちに関する話。
 そもそも北欧神話においてロキというキャラクターがどういう位置付けであるかというと、トリックスターである。トリックスターというのは「悪戯好きだったり乱暴者だったりするけど、結果的には人間や(善良な)神々の役に立っちゃっている存在」。最近の作品で例えると、『サガ・スカーレットグレイス』のファイアブリンガーや『モアナ 伝説の海』のマウイ(もともとはポリネシア神話の英雄かつトリックスター)がそれ。神じゃないけど、『アベンジャーズ』のアイアンマンもそうかもしれない(アイアンマンは、より英雄要素の強い文化英雄のほうが近いかもしれないが)。
 ただしロキがトリックスターであるのは神話の前半までで、後半につれてその悪意は加速し、神話世界では最終的な崩壊を導く存在である。

 神話で数えられる中だけでも、ロキには6人の子どもがいるが、ここで語られる「ロキの子どもたち」というのは最も有名なフェンリル、ヘル、ヨルムンガンドの3人のことである。各個人の容姿や性質については、最近はゲームなどでよく登場する名前なのであまり混乱はしないと思う。
 巨大な狼、半分腐った女、世界を取り巻くほど巨大な蛇という容姿の3人は神々に疎まれて、それぞれ捕縛・死者の国への追放・人間世界の海への投棄という憂き目に遭うが、実は彼らが疎まれる理由にはその醜さと予言(いつか神々を滅ぼすという内容)しかない。この予言を真に受けた神々に疎んじられたことで、彼らは実際に神々に復讐することになるのだが。

 ヘルとヨルムンガンドが比較的簡単に追放されたのに対し、草原でふんふん鼻歌を歌いながら駆け回っていたフェンリルはそうはいかなかった。彼はこの時点でかなり巨大かつ強大で、神々ですら容易に捕らえられなかったためだ。ただ、この強大さゆえの自負が彼の仇となった。
 先に述べたように、フェンリルを含むロキの3人の子どもたちは、この時点では一切の悪さをしていない。だからフェンリルも、なんとなく神々に疎まれているらしいことは知ってはいたものの、基本的に神々のことは信用していたのだ。先に彼を裏切ったのは神である。

 誰も捕まえられないフェンリル捕縛に名乗りを上げたのが力の神チュールである。『犬の一生』作中ではチュールはフェンリルを無理矢理縛っているが、神話では策略を用いている。チュールはフェンリルに対し「それだけ力が強いのなら、こんな鎖は簡単に破れるだろう」と誘いをかけ、神々が用意したドローミやレージングでフェンリルを縛った。いわば瓦割りのような力試しをさせたわけだ。
 その誘いは、しかしまさしく「それだけ力が強い」フェンリルにはうまくはいかなかった。彼は力が強すぎて、鎖を本当にぶち破ってしまったのだ。
 最後に神々が辿り着いたのが、力では破れない魔法の紐グレイプニルだった。細い糸でありながら、まさしく誰にも破れないような紐で、これでフェンリルを縛れさえすれば拘束できる、と考えた神々だったが、フェンリルはまともに考える脳を持っていた。これまで同様に力試しに誘われたフェンリルは「こんな細い糸を破っても力試しにはならないし、あんまり細いから魔法でもかかっているのではないか、怪しすぎる」と、神々の誘いを断ったのだ。あたりめーだ。神々は阿呆なのか。そうです。

 ここで今まで単なる交渉役に過ぎなかったチュールが立ち上がる。フェンリルに「罠ではないことを証明するために、自分の手をおまえの口に突っ込んだ状態で縛ることにしてはどうか?」と提案をするのだ。
 実際はもちろん、罠であった。グレイプニルの魔法の糸は破れず、しかし神々はそれを解かず、怒り狂ったフェンリルは口に突っ込まれたままのチュールの手を噛み砕く。
 フェンリルの捕縛が完了された場面で、チュールは喜んだりはしていない。手首から噛み砕かれた彼は痛みに、傷に、のたうち回っている。フェンリルと同じように。その横で、神々は祝いの盃を交わしている。神々の残酷さと自分勝手さがわかる場面である。

 ちなみにこの神話から、北欧では手首のことを「狼の関節」と呼ぶらしい。ほんとかよ。

*『盗まれたイドゥンの林檎』
 ところで北欧神話について知らない人間でもオーディン、トール、ロキくらいの名前は知っているのではなかろうか。特にトールとロキはマーベルの『マイティ・ソー』関連で出ていたりするし(ソーはトールの英語読み)。
 ゲームをやっている人間なら、フレイヤもここに並ぶ存在なのではないかと思うというくらいしばしば登場する。おそらく「美の女神でなんかえっちなかんじ」というのが製作者側で使いやすいのだろう。実際、フレイヤのキャラクターとしてはそれで間違っていないのだが。

 ただし『犬の一生』ではフレイヤの名は登場しない。理由は簡単で、フレイヤの一部のキャラクター性を他の神々に分け与えているためだ。具体的には、
・フレイの妹、神々に活力を与える存在として→イドゥン
・身体を小人に許す存在、あるいはオーディンとともに死に瀕した英雄を集める戦乙女として→ブリュンヒルド
・空を飛ぶ鷹の羽衣の持ち主として→ロキ
としてであり、特にイドゥンと一致させている部分が大きい。

 イドゥン(イズン)という神は先に名前を挙げた神々に比べるとマイナーな存在だが、北欧神話で彼女が与える影響は大きい。彼女は(なぜかは不明だが)「青春の林檎」というものを持ち、この影響によって神々は常に若々しい姿を保つことができるからだ。ゆえにこれが奪われると神々は老化してしまい、簡単に敗北してしまう。

 イドゥン本人は(神話の神々がたいてい独善的かつ乱暴な中で)快活かつ心優しい人物であり、騙されやすいというところもないではないが、自身を律する強さも併せ持つ。神話では『ロキの口論』という悪意を表したロキが神々たちと口喧嘩をするエピソードがあるのだが、罵倒されながらも、ただただ「ロキと言い争ってはいけない」と静かに夫を諌めるのは彼女だけだ。
 すごい簡単に(そして自分の趣味を交えて)イドゥンを説明しようとすると、彼女はめちゃくちゃ可愛くて無邪気かつ無意識になんかえっちなかんじがする天然回春剤の聡明な幼妻、といったところであろう。なんや最高か。

 青春をもたらすイドゥンの林檎が彼女ごと盗まれるというのが、『盗まれたイドゥンの林檎』というエピソードである。巨人がロキを利用してイドゥンを誘拐するのは作中のとおりである。

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