「愛してる」は取っておき

 教室に跳び込んできたアヅキが、自分の席にいる私目指して一直線に駆けてくる。毎朝のことだ。


「タカオ、愛してるーっ!」

「やめろ」


 抱き付こうとしてきたのを片手で阻止する。

 顔面を鷲づかみにされてもアヅキはめげない。


「もー! おはよーのハーグー! いつものよーにー!」

「そんな習慣はない」


 しばらく押し合いをした後、ようやくアヅキは諦めた。


「なんで毎朝そうなの?」


 言ったのはアヅキだ。私こそそう言いたい。

 さらにアヅキが続ける。


「愛してる人とハグできたら、一日頑張れるの! 授業中も起きてられる! なのに、なんでなの!?」

「アヅキのハグはヨコシマなんだよ。変に鼻息荒いし、やたら撫で回してくるし」

「だって、愛してる人と抱き合うんだよ!? 興奮するのが普通でしょ!」

「友達相手に興奮すんな。友達に愛してる愛してる言うのもおかしいし」

「愛してるんだから愛してるって言うのは当然じゃない!」


 熱弁するアヅキに向かって、私はうんざりですを見せ付けるため息をつく。


「アヅキの愛してるはね…………軽い」

「軽い!?」


 アヅキの華やかな目に涙が浮かんだ。

 しかし、私は追撃を加える。


「いつでもどこでも愛してる。そんなスナック感覚の愛してるなんて、全然心に響いてこない」

「でも……言わないと伝わらないし……」

「だからって、しつこく言えば伝わるってもんじゃないから」

「……そうなんだ」


 うなだれたアヅキは見てられないくらい弱っていた。

 やっぱりこの子はちゃんと言わないと分からない子なんだ。


 私はそっと席を立った。

 両手をアヅキの両脇に入れ、そのまま背中に回す。

 ぎゅっと抱きしめる。


「タカオ?」


 不安げな声。

 私はアヅキの耳元で、誰にも聞こえない声でささやく。


「愛してる、アヅキ」


 少し身を引いてアヅキと向き合うと、向こうは驚いた顔で何度もまばたきしていた。


「どう、アヅキ。この方が伝わるでしょ?」

「……うん」


 そしてだめ押しのキスを私から。

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