薫はスマホの向こうで笑っているけど

 ベッドの上で仰向けになったまま身動きできない。

 見上げる私のスマホには、ずっと同じものが映っていた。


 笑っている薫。

 今まで着たことがないだろう、華のある服をまとって。


〈これ買ったの どうかな?〉


 チャットに貼られた画像には、そんな言葉が添えられていた。


 かわいい、似合ってる、そう送り返すだけでよかった。

 思っているそのままを返すだけで。


 だけど、指一本動かす気になれない。

 薫の後ろに、山部華香が映っているから。


 彼女が服を選んだのだろう。

 色合いひとつ取っても、薫が絶対に選ばない、明るくて目を惹きやすいものだし。


 山部華香はいつも薫を「変身」させたがった。

 イケてる女子にするんだ、どうのこうの……。


 そんなふうに「変身」した薫なんて薫じゃなくなる。私は分かりきったことを山部華香に説いた。

 薫も私の言葉にうなずいていた。


 この子を一番理解しているのは私。

 イケてる女子などという同類を求める山部華香は、自分の価値観だけが正しいと思い込んでる頭の軽い女。


 そのはずが、山部華香に変えられた薫は、恥ずかしそうに、だけどそれ以上にうれしそうに、笑っていた。


 流れるような黒髪を持つ薫は、いつもうつむいてその美しい顔を隠している。

 濡れた瞳はふかいふかい井戸の水面に揺れる月。

 一度惹き込まれたら戻れない。戻りたいなんて思わない。


 この子を知っているのは私だけ。

 どんくさくって抜けていて、いつもテンパってる変な女の子。

 そんなふうに外野に思われていようが、いや、思われているからこそ、私だけが薫を知っていればよかった。


 スマホの中にいる、髪をミディアムに切ってしまった薫は私の知らない薫。

 私の知らないうちに変わってしまった薫。


 山部華香が、せっかくの宝石を台無しにしたのなら、こんなに胸が苦しくはならなかった。


 スマホから笑みを向ける薫は、今まで想像もしていなかった魅力で包まれている。

 そうしたのは私ではなく、山部華香だ。


 高校入学と同時に仲良くなった私と薫の間に、三年になってから混ざり込んできた女。

 疎ましかったけど、薫が受け容れたから私も折れた。


 その山部華香からメッセージ。


〈返事してあげて?〉


 既読を付けたまま薫を待たせると、あの子は心配してしまう。

 そういう子なのだと、山部華香も知っている。


 ずうずうしいだけの女なら、薫が心を許すわけがない。

 薫だけでなく、私にも気配りができる奴。

 だから私も突き放せなかった。


 今日のショッピングにも、私を誘ってくれている。

 薫も一緒に行こうと言ってくれたけど、理由を付けて断ってしまった。


 私が邪魔だと思ったから?


 いつの間にか、私のいない時間をふたりは過ごすようになっていた。

 ひとつひとつは些細なこと。

 風邪を引いた私が学校を休んだ、部活帰りにたまたま出会った、私の嫌いな恋愛物の映画を観にいった。


 気にしすぎている。


 薫の一番は、あいかわらず私。

 問うまでもない、当たり前のこと。


 あの子の手を握れるのは私だけ。

 あの子の体温を感じられるのは私だけ。


 いいや、手を繋ぐくらい山部華香にも許すかもしれない。

 今日にでも。


 そうなったとしても受け容れないと。

 独占欲なんてものに囚われるなんて、あってはならない。


 そんな愚かで醜い人間は、薫の隣にいることを許されないのだから。


 一気に指を動かして、薫にメッセージを送る。


〈似合ってる さすが私の薫〉


 すぐに返事が。


〈ありがとう 一番最初に見て欲しかったの〉


 何回かやり取りして、明日学校で、と別れる。


 明日、山部華香の手により変わった薫と会う。

 平気な顔でいられるかな?


 いつもどおりでいないと。

 今までどおりでいたいから。

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