【百合短編集】もしかすると恋のはなし

いなばー

大輪の花のような笑顔

 昼休みになって、ミサキはようやく教室に姿を現わした。窓際の席に座る私を見つけてまっすぐ近付いてくる。


 ひとまず問いかけてみた。


「ダルかったの?」

「ダルかったの」


 ミサキは当たり前のように言う。義務教育でないとはいえ、本来ならダルいで授業をサボるのはアウトだ。でも私は何も言わない。


 ミサキが自分の椅子を引き、後ろの席の私に微笑みを見せてからゆったりと腰を下ろす。

 お姫様という存在は、自分がお姫様だということを少しも疑っていない。そういうものだ。


「お昼ごはんは?」


 そう問えば、


「まだ。買ってきて?」


 という答えが返ってくる。まぁ、そうなるか。

 私が立ち上がると向こうは見上げてきた。


「サンドイッチがいい」

「どんなの?」

「どんなのでも」

「じゃあ、カツサンドにするね」

「カツサンドは嫌」


 購買でハムサンドとタマゴサンドのセットを買ってくると、うれしそうに食べ始めた。私は彼女の机の上にあごを乗せてその様を眺める。


「心配になって電話しようかと思ったよ」

 私がそう言うと、口の中のものを飲み込んでからミサキが言う。

「冗談だよね?」

「冗談だよ」

「いちいち電話されたら取るのが面倒だよ」

「私も電話するの、面倒だよ」


 面倒だ面倒だと言いながら、ミサキが食べるのを再開する。私はまたそれを眺める。特に変わった食べ方というわけではない。上品ではある。


 意外なことに、ミサキは午後の授業を大人しく受けた。ほとんどの時間を窓の外を見るのに費やしていたが。


 そして放課後。すぐにミサキが後ろにいる私の方を向いた。


「今日は探検をするね」

「その前に飼育委員の仕事をしないと」

「カナエって、飼育委員だったんだ?」

「違うよ。ミサキがいない時にミサキが飼育委員になったの。だから私が代わりに飼育委員の仕事をするの」

「納得」


 とはいえ仕事は多くない。今日は教室にいるメダカにエサをやるだけだ。水槽は教室の後ろにあった。さてと……


「ミサキ、見て見て!」


 私が手招きするとミサキが面倒くさそうな足取りでやってきた。


「ミサキ、見て。メダカが死んでる」


「ホントだ、死んでるね。浮かんでる」


 水面に腹を向けてメダカが一匹死んでいる。


「ミサキ、取ってみる?」

「手が汚れるから嫌。でも、取ったら見せて?」


 そしてふたりしてメダカの死骸を検分した。


「あわれだね?」


 私が問いかけてもミサキは応えない。ただ熱心にメダカの死骸を見つめ続けた。




 メダカをゴミ箱に捨てて今日の任務を終える。


「探検だっけ?」

「そう。旧校舎」


 ミサキの後に続いて旧校舎へ。私達が入学した時にはすでに使われていなかった。少子化がどうのこうの。

 廊下を歩いていると不意にミサキが立ち止まった。教室の扉を見ている。


「鍵、締まってると思うよ?」


 ミサキは応えずに数歩進み、窓に手をかけて開けてしまった。そうなんだ?


「中から開けて?」

「うん」


 短いスカートで窓を跨ぐのはそこそこはしたないが、ミサキの言うことだから素直に従った。

 中からミサキに注文を付けてみる。


「アブラカタブラって言って?」

「嫌」


 仕方なしに扉を開ける。礼もなしに入ってくるミサキ。

 教室の中には何もなかった。机すら。なのにミサキは向こうの隅まで行き、立ち尽くした。


「何かあるの?」

「ここで」


 ミサキが床を指差す。何もない。


「生徒がセックスしてた」

「ここ女子高だよ?」


 私が首を傾げると、ミサキも同じようにした。


「じゃあ、セックスじゃなかったのかな?」

「どんなことしてたの?」

「寝そべって、大切な場所を弄り合ってた」

「じゃあ、セックスだ」

「やっぱりだ。でも、うーん……」


 ミサキが両腕を組んでうなり声を出す。


「どうした?」

「女子同士だと、どこからがセックスになるの?」

「分かんない」

「カナエは頼りにならないな」


 申し訳ないが、分からないものは分からない。なので案を出してみる。


「試してみる?」

「ここは埃っぽいから嫌」

「残念」


 ミサキが屈み込んでさっき指差したところを見つめた。私も隣へ。よく見ると、その周辺だけ埃が少ない。


「カナエを連れてきてよかった」

「そうなの?」

「ものすごくおぞましいと思ったんだけど、カナエと来たらどうということもないと思えた」

「おぞましい……ミサキ的に女子同士のセックスはあり得ない?」

「違う。こんな埃っぽい場所なんだよ?」

「ああ、そこか」


 ミサキが立ち上がる。来た時と逆の手順で教室から出た。




 窓から廊下に出ると、ミサキはキョロキョロと廊下を見渡している。挙動不審だ。


「どうした?」

「そもそも、旧校舎へは幽霊を見にきたの」

「いるんだ?」

「らしいよ」

「見つけない方がいいかもね。呪われるよ?」

「呪われたらどうなるの?」

「死ぬんじゃない?」

「なんだ、その程度か」


 ミサキが頭を左右に振って残念がる。もう少しリアクションが欲しいところだ。


「大切な人を殺しちゃったりも?」


 と、ミサキが私の目を見た。しっかりと。


「それは嫌」


 滅多に見ない、真剣な表情だ。


「じゃあ、呪われないようにしよう」

「うん、そうしよう。帰ろうか」


 てくてくと新校舎を目指す。


「ミサキは死んだら幽霊になるタイプ?」

「どうかな? どっちがいい?」

「あえて答えないよ」

「カナエはそういう奴だ」




 そして旧校舎を出て、昇降口まで来た。いつの間にか雨が降っている。


「ミサキ、傘ある?」

「ない」

「私はある」


 傘立てから自分のを取り出す。それを物欲しそうに見るミサキ。


「私、濡れてるカナエが好きだよ」

「でも風邪引くよ?」

「風邪くらい、いいでしょ」

「じゃあ、看病してくれる?」

「それは面倒だ」


 私はため息をついて妥協案を探る。


「ふたりで入ろうよ。狭いけど」

「仕方ないな」


 ミサキは簡単に妥協してくれて、私の側まで近寄ってきた。

 傘を差してミサキの肩を抱く。雨はそれほど強くないので酷いことにはならないだろう。そのまま外へ。


 ミサキはぶつくさと文句を垂れる。


「そんなに強く抱き寄せないでよ」

「濡れるからね。仕方ないよ」

「カナエ、少しは下心を隠さないと」

「とはいえ、チャンスは逃したくないのです」


 私の方が随分と背が高いので、ミサキの頭は私の鼻辺りにあった。髪の匂いが嗅ぎ放題だ。


「カナエはなんで私なんかが好きなの?」

「ミサキがキレイだからだよ」


 私が当たり前のことを言うと、ミサキが顔を向けてきた。間近に長い睫毛、不安げな表情。


「半年もしないうちに死んでしまうのに?」


 さくらんぼうの色をした唇から、事実を事実のままこぼした。


「だからこそ、キレイなんだよ」


 私も本心を言う。


「カナエのそういうとこ、大好き!」


 ミサキが大輪の花のような笑顔を見せてくれた。

 半年しないうちに枯れる花だ。

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