第4話

「あはは、へぇ、相変わらず面白いな、黒乃くんは!」

「笑い事じゃないんだよ」


 由良と二人で食卓を囲んで、今日あったとんでもない出来事を話していた。

 俺の前髪を掻き上げて、俺の隠していた瞳を覗き込んできたのだ。羞恥と恐れで思わず顔をぶん殴ってしまったのだが。

 それを話すと、由良は声を上げて笑った。


「で、絵の進捗はどうなの?」


 それに対しては、何も言えなかった。

 簡単に言えば、それなりに進んでいるという答えだ。モチーフが決まった事が要因の一つにあるのだろうか、やけにいつもよりもスムーズに進んでいる気がする。

 それにまだ、絵は気持ち悪くない。


「まぁ、それなりに」


 それを言うのはアレなので、由良にはそう言っておいた。

 彼女は少しにやにやと笑って、俺の作った肉じゃがを口に放り込んだ。


「お前の方は?サバゲー、最近大会だろう」


 由良はこくりと頷いた。

 彼女はその大会に出場せざるを得ず(部員が四人しかいないからだ)、その為に早くからコンクール課題を済ませ、そちらへ練習しに行っていた。


「文浦先輩と芦屋先輩の二人が戦績争いしちゃって、私何もしなくても勝っちゃった。海斗くんも言ってたよー「出る幕ない」ってさ」

「まぁ。何となく分かる」


 サバイバルゲームクラブの部長と副部長。それが一学年上の文浦瑛李ふみうらえいり先輩と芦屋朱羽あしやしゅう先輩だ。どちらも学内女子からの人気は高いが、二人共変わり者過ぎる為にクロのようにファンクラブまでは出来ていない。

 常日頃眠そうで何を話してもあまり聞いていないマイペースな文浦先輩と、何に対しても歯に衣着せぬ物言いで少々きつい性格の芦屋先輩の二人は、普通の人間からすればかなりの変わり者なわけだ。

 見た目はいいのに声はかけづらい、みたいな。

 そんな二人のクラブに彼女は所属している。彼女曰く、その性格に慣れれば付き合いやすい人達らしい。


「本当、お前もクロも、人を疑わないんだな」

「私は過去を気にせずに前を向いてるからね。玲央くんと同じ、視線は嫌いだけど」


 彼女はにこりと笑う。


「嫌味かよ」

「そうかもねぇ。でも、私ってそう言う人間だからさ」


 彼女はそう言って、手を合わせて一礼し、食器を洗いに席を立った。


「玲央さんも早く食べ終えなよー。じゃないと、食器洗わないからねぇ」

「はいはい」


 残りのご飯をかき込むように食し、由良の所へ持っていく。

「部屋に行くよ。絵、もう少し描き込んでおく」

「ん。じゃ、私お風呂入ってるから」


 彼女はそう言って風呂場へ向かい、俺は自室の方へと歩いて行った。

 俺の部屋は画材だらけだ。収納箱に整理しているものの、至る所に積まれている。俺はベットへ倒れ込み、イーゼルに立てかけているクロの絵がある。

 初めて、こんな絵を描けているかもしれない。


 何でだろう。どの人を描いても気持ち悪くなって上手く描けなくて、でもクロに対してはそんな風に描こうとは出来なかった。


 無邪気な瞳を。

 無垢な笑みを。

 屈託のない性格を。


 確かにこの一枚の絵の中に閉じ込めて、誰かに伝えたくなってしまう。

 でもその気持ちに相反する気持ちも、俺の中で確かにあって。


 俺はじっと絵の中のクロを睨みつける。彼は何も言い返さずに、ただ真っ直ぐに俺の部屋を見ている。

 このまま寝転んでいても絵は進まないので、起き上がって彼の顔に向かう。


「っはぁ」


 苛立つほど整って顔に、俺は眉を寄せつつも、その見た目に映えるような背景を色付けていく。

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