第6話

 クロと一緒にいる時間は必然的に増えていた。モデルを頼んだのもあるのか、そもそも付きまとわれているのかは分からないが、時々昼を一緒に食べるし放課後も途中まで一緒に帰る事が多い。

 近くにいるからこそ、なのか彼の色々な面を知る事が出来るのは、絵に反映させる事が出来てとても良かった。

 人の絵を描くとき、いつも外面しか見ていなかったのだろう。改めて、人の絵の難しさも知ったし、人の内面を見る事の大切さも知れた、気がする。


 今日は完成したあの絵を提出しに行く日だった。破れないように丁寧に包装し、雪城先生の所へと向かう。

「失礼します」

 ノックをして中に入ると、ふわりとコーヒーの香りが鼻をくすぐった。

「おやいらっしゃい咲宮くん。その脇に抱えてるのは、コンクールの絵かな?」

「はい、完成したので持ってきました」

 俺は先生にそれを手渡した。先生はその包装を優しく取り去って、目を大きくした。そして俺の方を見てにんまりと笑いかける。

「いい絵だ。今までの最高傑作だよ」

「...ありがとう、ございます」

 俺は一礼して、先生の研究室から出た。

 息を吐き出す。そして口元が緩んでしまうのを何とか耐えるべく、ぱしぱしと自分の頬を軽く叩いた。

「よし」

 少々癪と言えなくもないが、クロがモデルになってくれたおかげで、滅多に大絶賛を口にしない雪城先生に褒められたわけだし。


 いつものカフェのテラス席の方へ行こうかな、なんて考えていた時に、ぽんと肩を叩かれた。

「ねぇ、ちょっと」

 その人の顔は知らない。でも、恐らくは――、クロの取り巻きの一人であるだろうとは分かった。


 その女数人に押し込められるようにして、空いた教室の中に勢いよくどん、と突き飛ばされた。

「っあの、」

 流石に女相手にいきなり声を荒げるのも悪いかと思い、少し下手したてに出て見る事にした。

 背の高い茶髪を縦に巻いた女が仁王立ちして、尻餅をついている俺を見下ろしてくる。

「あんたさぁ...、最近清川くんと居すぎなんだけどー」

「独占しないでくれるー?あんたの清川くんじゃないんだけどさ!」


 独占とか、そう言うつもりないんだけど。

 モデルを頼んだからこうやってつるむ事になったわけで、独占したくてしているわけではない。むしろ、最近に至っては向こうから絡んできている気がしなくも。


「おいっ!何か言えよ!」


 風を切る音と、殴打の音。それと共に、じんと頬に痛みが走ったのが分かった。


 殴られた、のか。


『あの女!あの男!』


 ぞわりと、鳥肌が立った。瞼の裏には、母さんの顔。取り乱しわめき散らし、俺の言葉に耳を貸してくれず、手を上げてきた。


 苦しい。


「やり返そうともしないし、本っ当に気持ち悪いなぁ...」

「こういうプレイが逆に好きなのかもよー」

「うわ、ますますきもっ」

「なんでこんなのと付き合ってるんだろ、清川くん」


 言葉が、

 暴力が、

 視線が、


 痛い痛い。苦しい。辛い。


「っか、は...」


 息が、苦しい。






 誰かだれか。由良...........、クロ...。




 ばんとどこかで音が鳴った。女たちの焦った声が聞こえている気がする。


 上手く息が出来ていないからだろうか、周りの情報があまり入って来ない。

 ならばもう...、目を閉じてしまおう。そうすればきっと、どんな悪い事も目を向けなくて済むから。

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