第9話
「はぁー、ドキドキするなぁ」
県立の美術館の前。そこに建てられた噴水の前で、俺は彼を待っていた。
先日友達になった玲央さんである。
友達と出掛けるなんて、小学生のころから何回もある。でも、今回は少し意味合いが違う。様々な紆余曲折を経て、友達になった玲央さんと、俺をモチーフに描いてくれた絵を見に行くのだ。
なかなかない体験だと思う。
「クロっ」
「っ玲央さ、ん...」
声の方向へ顔を向けると、可愛い生き物が立っていた。
普段はジャージで済ませている(俺もそうだけど)姿しか見た事がなかっただけに、おしゃれな私服姿は少々きつい。可愛すぎる。
何、いつも隠してる目をなんでパッチン止めで髪の毛上げて見せてんの?!白い肌とか鎖骨とか丸見えだよ!
童顔で女顔な玲央さんがその格好だと、カップルに見えかねないよ!
「...クロ?」
「へぁい?何でござりましょうか!」
「なんだその言葉遣い...」
彼は不思議そうに眉を寄せたが、特に何か言及するつもりはないらしい。ほら行こう、と玲央さんは俺の手を取って、美術館の中へと向かう。
中には沢山の絵が飾られていた。
俺には絵の良しあしが分からないけれど、どの作品もすごく綺麗で上手いと思った。でも、下には佳作だとか優良だとか、そういう評価の書かれた紙が貼られているので、きちんとした判断基準があるんだろう。
「玲央さんの絵はどこ?」
「分かんない。どっかにあるのは分かってるけど」
不安げな顔。そりゃあ評価が付くんだから、緊張するのも頷ける。一人で来るならまだしも、俺がいるわけだし。
「あ、由良の」
ふと、玲央さんが足を止める。
そこには暗闇の中に小さく咲く、一輪の黄色い薔薇が描いてあった。可憐で儚くて、少し悲し気にそこに花はあった。
作品の下には優秀の文字が書いてある。
「いい賞、って事?」
「うん。...後で連絡しておこ」
玲央さんはそう言って、スマホの画面を見る。
それにしても...。
「玲央さんの、見つからないね」
「一番奥に、あるのかも...」
沢山の人が参加しているのか。これだけで十分広いのに、まだ奥があるのか。
二人でずんずん奥へ進んで行く。
「そろそろあってもおかしくない...のに、」
「玲央さん?」
不意に切られた言葉に、俺は首を傾げて彼の目の方向を向く。
「っあんの、先生は...っ!」
玲央さんは忌々しそうに、金色の綺麗な額縁に飾られていた絵を見ている。
にっこりと笑った、鏡の中でよく見る俺の顔。その手には赤色の美味しそうな林檎が握られている。その後ろには澄み渡った青空が広がっている。
その下には最優秀の文字が。
「綺麗...だ」
間違いなく、人の視線を奪う絵だ。
「俺...、こんなふうにしてって頼んだ覚えなんか...っ」
「凄く似合ってるな!先生、センスあるよ」
「そういう問題か...」
呆れたようにそう言う玲央さん。その頬は少し赤く染まっていた。
「ね、玲央さん」
「うん?」
「これからもよろしくね」
「......おう」
じっくりと俺の描かれた絵を見終わった後、美術館の中にあるカフェに二人で入った。
俺はココアを頼んで、玲央さんはコーヒーを頼んだ。
二人で席に座って、そこの窓から外の公園の様子を見る。外では子どもが遊んでいた。
「ねぇ、玲央さん。聞きたい事あるんだけど」
コーヒーカップに口を付けようとしていた玲央さんは、その手を止めて不思議そうに俺の方へ向いてくれた。
日の光が彼に当たり、綺麗な琥珀色の髪を美しく際立たせていた。
「何?」
「なんで、林檎なの?俺、別に林檎好きでもないし、そりゃ赤いピアスは付けてるけどさ。これも何となくだし?何でかなーって」
玲央さんは少し眉を寄せて、それから少しだけ口先をもごもごとさせた。言いにくい事、だったかな?
「何て言うか...少し言いにくいんだけど。林檎だって、思ったんだよ。お前を見て、その目を見て、林檎だって」
首を捻る。
俺の目は黒いし。日本人だからね。カラーコンタクトは怖くて入れてないし、そもそも視力は馬鹿みたいに良い方だ。
林檎を連想させるとしても赤いのは、ピアスだけだしなぁ。
「不思議な感覚だったけど、でもそうだって思うのが自然だった...。変な事言ってるだろ?」
「変かもね。でも、玲央さんがそう思うならいいよ」
そう言うと彼は目を丸くして、それから少しはにかんだ。
その日は、あったかい日だった。
林檎 本田玲臨 @Leiri0514
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