第8話
美術室にクロが連れて来てくれて、鞄を近くに置いてくれた。震える指先で何とか鞄を開けて、巾着袋から小さな丸い錠剤を取り出す。
「っは」
口の中に放り込む事は出来たが、水がないせいもあるのか上手く呑み込めない。
「玲央さん、大丈夫?」
「っふ、は、これくらい...っ」
水がなくても飲める、と言い切る前に、クロが自身の背負っていた鞄を下ろし、俺にお茶を差し出してきた。それを俺が受け取ろうとする前に、彼が口に当ててきた。
「んぐっ」
口の中に一気にお茶が入ってくる。飲み切れなかったものが口の中から溢れて首を伝って、下へ下へと伝っていく。
クロの視線が俺の顔に集まるのが恥ずかしい。
俺は急いでお茶の飲み口を口から離せと合図する。少し遅れてからサインに気付いたクロが口から離してくれる。
薬は飲めていた。
「っは、はぁ...っ。お前、俺を殺す気か...」
ぐいっと口元を拭うと、クロはごめんと眉を寄せた。その申し訳なさそうな顔に何も言えず、俺は静かに息を吐いた。
「......ね、ごめん、玲央さん。俺のせいで、玲央さんを危険な目に遭わせちゃった」
「そんなの別に...」
大丈夫だ、と口を動かそうとしたが、するりと頬を撫でられた。あの女に殴られた方だったようで、つきりと鈍い痛みが走った。
「傷、負わせちゃった...。俺の、せいで」
「これくらい、怪我の内に入らない。お前が気にする事じゃないから、いいんだよ」
年上の余裕というものを見せたい。一つしか変わらないわけだが、それなりにはプライドがあるわけだし。
「...でも、ごめん......」
ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられた。ぽすりと彼の胸に顔を埋めてしまう形になってしまう。
かあっと顔が赤くなっていくのを感じたが、幸いにもこの状態ならみられる事はないので、身体を強張らせたまま体温の高い身体に身を預ける。
「俺がもっと気を付けてたら、こんな酷い事になってなかった。...怖がらせて、ごめん........」
クロの身体に傷はないのに、傷があるみたいに痛そうな顔をした。
こいつにはそんな顔をさせたくない。こいつには屈託なく笑って欲しいんだ。
その原因が俺にあるのなら、
「なぁ、その...「でも!」」
俺の言葉を遮って、クロは俺の両肩をぐわっと掴んで俺の隠れた前髪の向こうの俺の目に視線を合わせてきた。
「俺と、友達になってほしいんだ!」
「........はぁ?」
彼の口から零れた言葉に、俺は思い切り眉を寄せて首を傾げた。
「も、勿論危険な目に遭わせた自覚はあるし、それが悪い事だってのは分かってるけど...、でも俺、玲央さんと友達になりたいんだ!」
きらきらとした瞳は真剣で、俺を捕らえて離さない。
いつもの俺なら、断っているんだろうけど...。
「なぁ、クロ。どうして俺が完成した絵を見せなかったと思う?」
「.........確かに!俺、完成したの聞いてないし見てない!」
今頃気付いたようで、彼はハッとした顔をしてそれから「なんで酷い!」と頬を膨らませた。
俺は鞄から、先日雪城先生にもらったものを取り出す。
「これ」
「ん?」
彼に渡したのは、美術部部員が出展するコンクールの無料チケットだ。参加する学生には無料配布されるそうで、前回の絵を渡しに行った時に一枚だけ渡されたものだ。
しかしあの後、クロと付き合うようになって雪城先生に頼み、余ったもう一枚をもらっていたのだ。
「これ......」
「...友達と、行きたいから...。もらったんだ。その日、空いてる?」
初めての友達と、初めてのお出かけ。
どうせ夢物語だと思っていた。
ろくでもない父親のもとに生まれて、大切だった姉さんに慰めの言葉も何も言えなくて、辛い思いをしてきただろう由良には支えられて。
どうしようもない俺だから、友達なんてって。でも、クロなら...、何となく安心できるんだ。
「勿論空いてる!絶対に行く!どこ集合?!」
「......落ち着けよ」
彼の落ち着きのない慌てた様子に、思わず口元が緩む。
「......玲央さん」
「あ、何?」
「...玲央さん、もしかしなくても天然タラシなの?」
「はぁ?」
時折よく分からないことを言い出す彼だが、俺にとっては大切な友達だ。
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