番外編 ライトニング・ビギンズ 前編
「待ってくれ! 本当にそんな旧式の銃で戦うつもりなのか!? みすみす殺されに行くようなものだッ!」
「るっせぇ! 元国防軍の言うことなんざ信用できるかってんだッ!」
死地に赴く命知らずの群れに、青年は制止の声を掛けた。だが、古びた野戦服に袖を通した彼らは聞く耳を持たず、錆び付いた銃を手に歩み出して行く。
「あぐッ……!? せ、せめてこれをッ……!」
「行くぜ皆! 俺達の覚悟を、国防軍の奴らに思い知らせてやるッ!」
「ま、待ってくれ……! これを、せめてこれをッ……!」
返答代わりの拳を貰った青年は、ただ尻餅をつきながら、彼らの背を見送り――犬死にと分かった上で出陣する男達の最期を、見届けるしかなかった。
「なん、でッ……どうしてッ……!」
国防軍から脱走し、
だが、戒人の開発にも携わってきた彼の作品に、手を出そうという兵士は1人も現れなかったのである。仲間の命を奪った元国防軍人の武器を使うくらいならばと、彼らは骨董品のような旧式の装備で出撃して行く。
無謀という他ない彼らの蛮勇を前に、
「悪りぃな。あいつらにも、あいつらなりの意地ってもんがある。……分かってくれなんて言わねぇが、ひとつ大目に見てやっちゃくれねぇか」
「……」
そんな彼の背に――ある1人の男の影が伸びる。顔を上げた楯輝の目には、赤い野戦服を纏う反乱軍兵士の、溌剌とした笑みが映されていた。
黒く長いもみあげと癖毛、そして濃ゆい顔付き。筋肉質で長身の体躯。その姿を、楯輝はよく知っている。
反乱軍の兵士達を率いるリーダーとして、日々彼らを鼓舞している隊長格――
「……しかし、このままでは彼らは……」
「だーから、オレがそいつを使いに来たんだよ。行こうぜ楯輝、お前が作ってくれた、このマシンでよ!」
「弾……!」
彼に手を引かれ、立ち上がった楯輝はその言葉に破顔すると共に、
そんな彼に暑苦しい笑顔を輝かせて、同じ得物を腰から引き抜いた弾は、楯輝が新たに開発したオートバイ――
――そして、先に出撃して行った同胞達を救うために動き出した、彼ら2人の働きによって。
反逆罪により処刑されかけていた
◇
――
その能力を解析したデータを基に、楯輝が新たに開発した3色の外骨格は、非常に高い性能を実現していた……のだが。
「誰が使うか、そんなもの!」
「俺達の貴重な予算で作り上げたのが、そのオモチャなのか! ふざけんな!」
「き、聞いてくれ皆! この外骨格の戦闘能力なら、国防軍の戒人にも対抗出来るんだ! 既存の銃器が老朽化しつつある今、奴らと対等に渡り合える装備は、これしかないッ!」
「うるせぇ脱走野郎がッ! 国に見捨てられた腹いせに、俺らをその棺桶に詰めようってんだろうッ!」
「てめぇが作ったスーツなんて着るくらいなら、ボロい銃で戦って死んだ方がマシってもんだぜ、なぁ皆ッ!」
反乱軍の潜伏先として利用されている
国防軍製、という彼らにとっては最悪の看板を掲げている外骨格の登場は、激しい反感を買うばかりであり。誰1人として、楯輝の説明に耳を貸す者はいなかったのである。
「違うんだ……頼む、私の話を聞いてくれ……! 奴らに勝てる武装を持たないと、反乱軍は……!」
「……もういい、葵。こんな奴らほっとこうぜ。スーツは3着あるんだ、ひとつは俺が使う」
「山吹……」
「もとより国防軍のクソ共とは、刺し違える覚悟でここに来てんだ。使い手が1人いようがいまいが、俺達のやることに変わりはねぇ。違うか?」
一方。無理解に苦しむ楯輝を一瞥し、プロモーションに協力していた洸は、兵士達の対応に匙を投げていた。
金髪を振り乱し、不遜な表情を浮かべて腕を組む彼の眼差しに、楯輝は僅かに逡巡した後――苦々しく頷く。やはり、反乱軍から志願者を募るのは不可能だったのかと、諦めて。
「バッ……キャロォオオォオッ! ワガママもいい加減にしやがれッ! てんめぇら揃いも揃って、なぁーにを情け無いこと抜かしてやがるッ! 命張って国防軍から抜けてきたこいつらの覚悟が、分かんねぇってのかぁッ!」
その時だった。突如、楯輝達を庇うように立ちはだかった弾の怒号が、この一帯に轟いたのである。
天を衝くかの如き、その雄叫びに反乱軍の兵士達はもちろん――近くにいた楯輝と洸も、耳を抑えて悶絶していた。
「ちょ……ちょっ、弾」
「昔の話とは言わねぇよ! オレも国防軍の戒人に、妻と娘を殺された! 黒焦げにされた両親を抱いて、ずうっと泣いてるガキも見た! 国防軍に残っていれば、こいつはずっとオレ達を苦しめてたに違いねぇ!」
「……」
「けどなぁ! こいつはテメェの安全をかなぐり捨てて、国防軍と戦う道を選んだんだ! 奴らの恐ろしさを1番近くで見てきて、オレ達よりも奴らを知ってるくせに、それでもだ! オレは、そんなこいつの蛮勇になら、賭けてもいいって思ってる!」
「……!」
だが、弾は全く止まる気配を見せず。怒号のような演説で、反乱軍の仲間達に訴え続けている。
彼の叫びに兵士達は怒りを忘れ、その表情に迷いを滲ませていた。弾の言葉に目を伏せる楯輝もまた、「リーダー」の演説に見入っている。
「で、でもよぅ、明月……!」
「俺達の家族は、そいつらの兵器で……!」
「おうおう、皆まで言うな。テメェらが出来ねぇってんなら、無理にとは言わねぇよ。だったらまず、このオレが反乱軍を代表して、見本を見せてやる! だからテメェらも無駄口叩いてねぇで、目ん玉開いてよーっく見とけよ! オレ達3人の――『
そして弾は、両隣にいた楯輝と洸の肩を抱き寄せ――大義閃隊の結成を宣言した。彼の発言とネーミングに、巻き込まれる格好となった2人は目を丸くする。
「大義閃隊、ライトニング……?」
「……おいおいオッサン、それはちょいとカッコつけ過ぎじゃねぇか……?」
「なーに言ってんだ洸ぃ! オレ達ゃこれから、反乱軍の
「……大義、か」
「おうよ! 国防軍の奴らが『正義』を掲げようってんなら、こっちはそれ以上の『大義』を引っさげねぇとな!」
臆面もなく大仰な名を与え、正義を穿つ一閃の大義を掲げる弾は。戸惑う仲間達の肩を抱き、豪快に笑う。
その姿に反乱軍の兵士達は、振り上げた拳の下ろす先を見失い、互いに顔を見合わせていた。自分達のリーダーが率先して引き受けてしまった以上、もはや彼らに石は投げられない。
「よーし、じゃあ誰がどれ使うか決めようぜ。オレ赤な!」
「……じゃ、俺は黄色だな」
「え……あ、あぁ、なら私は青で」
そして、この日を皮切りに。やがて国防軍をも穿つ反乱軍の切り札となる、特殊遊撃部隊「大義閃隊ライトニング」が結成された――。
◇
――の、だが。それからの日々は、順風満帆とは程遠いものであった。
「……おいオッサン、いい加減諦めて休めっての。戦場でギックリ腰なんてシャレにならねーぞ?」
「弾、山吹の言う通り少し休まないか? やはり民兵上がりのお前には、少しばかり荷が重い」
「へへっ……なぁーに言ってやがんだい2人とも。オレぁこれでも、反乱軍に入る前までは消防士だったんだぜ。体力だけなら反乱軍随一って言っても過言じゃねぇ」
砂漠の中に設けられた
――元消防士なだけあって、確かに民兵上がりとしてはかなりの体力がある。が、それは所詮、「民兵としては」という域に過ぎない。
国防軍の士官学校で高度な訓練を受け、プロの職業軍人としての経歴を持っている楯輝と洸の前では、他の民兵とも大差はない……というのが実情であった。憔悴し切っている弾に対して、元脱走兵の2人は一滴の汗もかいていない。
「まぁ、ちょーっと気長に待ってろや。すぐに追い付いて……一緒、にっ……!」
「……! 弾ッ!」
「あーもう、言わんこっちゃねぇ!」
気力だけでは、埋めようのない差というものがある。それを承知の上で、無理を通そうとしていた弾は――やがて膝から崩れ落ちてしまった。
そんな彼に慌てて駆け寄る楯輝達の前で、彼は次第に意識を手放していく。
「……ここ、は」
「医務室だ。……頼むからもう、無理はしないでくれよ」
――そして次に目覚めた時は、医務室のベッドに横たわっていた。傍らで看病していた楯輝に気づくと、弾は自嘲するように口元を緩める。
「へへ……なっさけないリーダーがいたもんだぜ。たかが訓練で、真っ先にノビちまうなんてよ」
「……そんな風に思ってるのは、お前だけだ。情け無いだなんて、誰も思ってはいない。私も、山吹も」
「そうかぁ? あいつ、いつもオレに呆れてんじゃねぇか」
「お前の無茶になら、私もあいつも呆れてる。……だがそれは、情け無いということではない」
濡れた布を額に乗せ、楯輝は僅かに逡巡した後――意を決したように顔を上げ、弾に問い掛けた。
「なぁ……弾。大義閃隊の結成が決まった時、言っていたよな。妻と娘が……って。それって、10年前の……?」
「……あぁ。10年前の世田谷区で起きた、戒人の暴走による大火災。オレはあの時、消防士でありながら……何も出来なかった」
その真剣な問いに、弾も剣呑な面持ちに変わる。痛ましい過去を振り返るその瞳は、堪え難い悲しみを帯びていた。
「街ごと焼いちまうような火の海から、親とはぐれたガキ1人を連れ出すのがやっとでな。……全部が終わった後の焼け跡から、ようやく見つかったんだよ。オレの妻と娘も、そのガキの両親も」
「……」
――あなたぁあ! 助け、助けてぇえ!
――お父さぁああん! 熱いよ、熱いよぉ!
脳裏を過るのはいつも、家族の断末魔。助けに行くにはあまりにも遠過ぎる、火の海の彼方から手を伸ばす、彼女達の最期。
それこそが反乱軍兵士としての、明月弾の原点であった。
「ガキはその後、国防軍に入るっつって東京に行ったきり、音沙汰がねぇ。どこで何してるか知らねぇが……無事だといいな。次に会う時は敵同士だとしても……せっかく、生き延びたんだしよ」
「……弾。その戒人を設計したのは……」
「言わなくていい。それを口にしたって、今更何も変わりゃしねぇよ。……だから、これからオレ達で戻してやろうぜ。このマイナスの時代を、ゼロにさ」
「……あぁ、そうだな」
やがてゆっくりと身を起こし、弾は優しげな瞳で楯輝を射抜く。その眼差しを受け、切なげな笑みを返す楯輝は――己の過去と向き合うためにも、戦い続ける決意を新たにしていた。
――その時。地下の格納庫で閃輪車を整備していた洸が、血相を変えて医務室まで駆け込んで来る。
「葵、
「……! 分かった、すぐに行く! 弾、ここで安静にしていろ! 早急に片付けて来るッ!」
その様子と発言の内容から事態を理解した楯輝は、弾の肩を軽く叩きながら洸と共に、医務室を飛び出して行った。一瞬のうちに、この空間を静寂が支配する。
「……悪りぃな、楯輝。耄碌してると思って、大目に見てくれや」
――だが。反乱軍のリーダーとして、誰よりも率先して戦場に立ち続けてきた男が。
この状況で、じっとしていられるはずがなかった。
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