番外編 ライトニング・ビギンズ 前編

「待ってくれ! 本当にそんな旧式の銃で戦うつもりなのか!? みすみす殺されに行くようなものだッ!」

「るっせぇ! 元国防軍の言うことなんざ信用できるかってんだッ!」


 死地に赴く命知らずの群れに、青年は制止の声を掛けた。だが、古びた野戦服に袖を通した彼らは聞く耳を持たず、錆び付いた銃を手に歩み出して行く。


「あぐッ……!? せ、せめてこれをッ……!」

「行くぜ皆! 俺達の覚悟を、国防軍の奴らに思い知らせてやるッ!」

「ま、待ってくれ……! これを、せめてこれをッ……!」


 返答代わりの拳を貰った青年は、ただ尻餅をつきながら、彼らの背を見送り――犬死にと分かった上で出陣する男達の最期を、見届けるしかなかった。


「なん、でッ……どうしてッ……!」


 国防軍から脱走し、反乱軍レジスタンスに流れ着いてから1ヶ月になる。せめて自身の頭脳を彼らの戦いに役立てることが出来ればと、彼らに向けた装備を造り続けてきた。

 だが、戒人の開発にも携わってきた彼の作品に、手を出そうという兵士は1人も現れなかったのである。仲間の命を奪った元国防軍人の武器を使うくらいならばと、彼らは骨董品のような旧式の装備で出撃して行く。


 無謀という他ない彼らの蛮勇を前に、葵楯輝アオイジュンキ元大尉は何も出来ず――投げ捨てられた最新式の大型拳銃ライトニングトリガーを見遣り、唇を噛み締めていた。


「悪りぃな。あいつらにも、あいつらなりの意地ってもんがある。……分かってくれなんて言わねぇが、ひとつ大目に見てやっちゃくれねぇか」

「……」


 そんな彼の背に――ある1人の男の影が伸びる。顔を上げた楯輝の目には、赤い野戦服を纏う反乱軍兵士の、溌剌とした笑みが映されていた。

 黒く長いもみあげと癖毛、そして濃ゆい顔付き。筋肉質で長身の体躯。その姿を、楯輝はよく知っている。


 反乱軍の兵士達を率いるリーダーとして、日々彼らを鼓舞している隊長格――明月弾アカツキダン。出自故に多くの兵達から疎まれている楯輝にとっては、数少ない理解者であった。


「……しかし、このままでは彼らは……」

「だーから、オレがそいつを使いに来たんだよ。行こうぜ楯輝、お前が作ってくれた、このマシンでよ!」

「弾……!」


 彼に手を引かれ、立ち上がった楯輝はその言葉に破顔すると共に、熱閃銃ライトニングトリガーを手に取る。

 そんな彼に暑苦しい笑顔を輝かせて、同じ得物を腰から引き抜いた弾は、楯輝が新たに開発したオートバイ――閃輪車オートライトニンガーへと跨るのだった。


 ――そして、先に出撃して行った同胞達を救うために動き出した、彼ら2人の働きによって。

 反逆罪により処刑されかけていた山吹洸ヤマブキタケシ元中尉が救出され、第2の脱走兵が反乱軍へと合流するのだった。


 ◇


 ――不動猛征フドウタケマサが所有する、無名の強化外骨格ネームレス

 その能力を解析したデータを基に、楯輝が新たに開発した3色の外骨格は、非常に高い性能を実現していた……のだが。


「誰が使うか、そんなもの!」

「俺達の貴重な予算で作り上げたのが、そのオモチャなのか! ふざけんな!」

「き、聞いてくれ皆! この外骨格の戦闘能力なら、国防軍の戒人にも対抗出来るんだ! 既存の銃器が老朽化しつつある今、奴らと対等に渡り合える装備は、これしかないッ!」

「うるせぇ脱走野郎がッ! 国に見捨てられた腹いせに、俺らをその棺桶に詰めようってんだろうッ!」

「てめぇが作ったスーツなんて着るくらいなら、ボロい銃で戦って死んだ方がマシってもんだぜ、なぁ皆ッ!」


 反乱軍の潜伏先として利用されている貧民街スラムで、プロモーションを行った楯輝を待っていたのは――反乱軍の兵達による投石であった。

 国防軍製、という彼らにとっては最悪の看板を掲げている外骨格の登場は、激しい反感を買うばかりであり。誰1人として、楯輝の説明に耳を貸す者はいなかったのである。


「違うんだ……頼む、私の話を聞いてくれ……! 奴らに勝てる武装を持たないと、反乱軍は……!」

「……もういい、葵。こんな奴らほっとこうぜ。スーツは3着あるんだ、ひとつは俺が使う」

「山吹……」

「もとより国防軍のクソ共とは、刺し違える覚悟でここに来てんだ。使い手が1人いようがいまいが、俺達のやることに変わりはねぇ。違うか?」


 一方。無理解に苦しむ楯輝を一瞥し、プロモーションに協力していた洸は、兵士達の対応に匙を投げていた。

 金髪を振り乱し、不遜な表情を浮かべて腕を組む彼の眼差しに、楯輝は僅かに逡巡した後――苦々しく頷く。やはり、反乱軍から志願者を募るのは不可能だったのかと、諦めて。


「バッ……キャロォオオォオッ! ワガママもいい加減にしやがれッ! てんめぇら揃いも揃って、なぁーにを情け無いこと抜かしてやがるッ! 命張って国防軍から抜けてきたこいつらの覚悟が、分かんねぇってのかぁッ!」


 その時だった。突如、楯輝達を庇うように立ちはだかった弾の怒号が、この一帯に轟いたのである。

 天を衝くかの如き、その雄叫びに反乱軍の兵士達はもちろん――近くにいた楯輝と洸も、耳を抑えて悶絶していた。


「ちょ……ちょっ、弾」

「昔の話とは言わねぇよ! オレも国防軍の戒人に、妻と娘を殺された! 黒焦げにされた両親を抱いて、ずうっと泣いてるガキも見た! 国防軍に残っていれば、こいつはずっとオレ達を苦しめてたに違いねぇ!」

「……」

「けどなぁ! こいつはテメェの安全をかなぐり捨てて、国防軍と戦う道を選んだんだ! 奴らの恐ろしさを1番近くで見てきて、オレ達よりも奴らを知ってるくせに、それでもだ! オレは、そんなこいつの蛮勇になら、賭けてもいいって思ってる!」

「……!」


 だが、弾は全く止まる気配を見せず。怒号のような演説で、反乱軍の仲間達に訴え続けている。

 彼の叫びに兵士達は怒りを忘れ、その表情に迷いを滲ませていた。弾の言葉に目を伏せる楯輝もまた、「リーダー」の演説に見入っている。


「で、でもよぅ、明月……!」

「俺達の家族は、そいつらの兵器で……!」

「おうおう、皆まで言うな。テメェらが出来ねぇってんなら、無理にとは言わねぇよ。だったらまず、このオレが反乱軍を代表して、見本を見せてやる! だからテメェらも無駄口叩いてねぇで、目ん玉開いてよーっく見とけよ! オレ達3人の――『大義閃隊たいぎせんたいライトニング』の結成をな!」


 そして弾は、両隣にいた楯輝と洸の肩を抱き寄せ――大義閃隊の結成を宣言した。彼の発言とネーミングに、巻き込まれる格好となった2人は目を丸くする。


「大義閃隊、ライトニング……?」

「……おいおいオッサン、それはちょいとカッコつけ過ぎじゃねぇか……?」

「なーに言ってんだ洸ぃ! オレ達ゃこれから、反乱軍の象徴シンボルになるんだぜ!? カッコつけねぇでどうするってんだ!」

「……大義、か」

「おうよ! 国防軍の奴らが『正義』を掲げようってんなら、こっちはそれ以上の『大義』を引っさげねぇとな!」


 臆面もなく大仰な名を与え、正義を穿つ一閃の大義を掲げる弾は。戸惑う仲間達の肩を抱き、豪快に笑う。

 その姿に反乱軍の兵士達は、振り上げた拳の下ろす先を見失い、互いに顔を見合わせていた。自分達のリーダーが率先して引き受けてしまった以上、もはや彼らに石は投げられない。


「よーし、じゃあ誰がどれ使うか決めようぜ。オレ赤な!」

「……じゃ、俺は黄色だな」

「え……あ、あぁ、なら私は青で」


 そして、この日を皮切りに。やがて国防軍をも穿つ反乱軍の切り札となる、特殊遊撃部隊「大義閃隊ライトニング」が結成された――。


 ◇


 ――の、だが。それからの日々は、順風満帆とは程遠いものであった。


「……おいオッサン、いい加減諦めて休めっての。戦場でギックリ腰なんてシャレにならねーぞ?」

「弾、山吹の言う通り少し休まないか? やはり民兵上がりのお前には、少しばかり荷が重い」

「へへっ……なぁーに言ってやがんだい2人とも。オレぁこれでも、反乱軍に入る前までは消防士だったんだぜ。体力だけなら反乱軍随一って言っても過言じゃねぇ」


 砂漠の中に設けられた秘密基地アジトでの戦闘訓練において、弾の能力不足が目立ち始めていたのである。弱音こそ全く口にはしないが、汗だくになった彼の表情からは、生気という生気が抜け落ちていた。


 ――元消防士なだけあって、確かに民兵上がりとしてはかなりの体力がある。が、それは所詮、「民兵としては」という域に過ぎない。

 国防軍の士官学校で高度な訓練を受け、プロの職業軍人としての経歴を持っている楯輝と洸の前では、他の民兵とも大差はない……というのが実情であった。憔悴し切っている弾に対して、元脱走兵の2人は一滴の汗もかいていない。


「まぁ、ちょーっと気長に待ってろや。すぐに追い付いて……一緒、にっ……!」

「……! 弾ッ!」

「あーもう、言わんこっちゃねぇ!」


 気力だけでは、埋めようのない差というものがある。それを承知の上で、無理を通そうとしていた弾は――やがて膝から崩れ落ちてしまった。

 そんな彼に慌てて駆け寄る楯輝達の前で、彼は次第に意識を手放していく。


「……ここ、は」

「医務室だ。……頼むからもう、無理はしないでくれよ」


 ――そして次に目覚めた時は、医務室のベッドに横たわっていた。傍らで看病していた楯輝に気づくと、弾は自嘲するように口元を緩める。


「へへ……なっさけないリーダーがいたもんだぜ。たかが訓練で、真っ先にノビちまうなんてよ」

「……そんな風に思ってるのは、お前だけだ。情け無いだなんて、誰も思ってはいない。私も、山吹も」

「そうかぁ? あいつ、いつもオレに呆れてんじゃねぇか」

「お前の無茶になら、私もあいつも呆れてる。……だがそれは、情け無いということではない」


 濡れた布を額に乗せ、楯輝は僅かに逡巡した後――意を決したように顔を上げ、弾に問い掛けた。


「なぁ……弾。大義閃隊の結成が決まった時、言っていたよな。妻と娘が……って。それって、10年前の……?」

「……あぁ。10年前の世田谷区で起きた、戒人の暴走による大火災。オレはあの時、消防士でありながら……何も出来なかった」


 その真剣な問いに、弾も剣呑な面持ちに変わる。痛ましい過去を振り返るその瞳は、堪え難い悲しみを帯びていた。


「街ごと焼いちまうような火の海から、親とはぐれたガキ1人を連れ出すのがやっとでな。……全部が終わった後の焼け跡から、ようやく見つかったんだよ。オレの妻と娘も、そのガキの両親も」

「……」


 ――あなたぁあ! 助け、助けてぇえ!


 ――お父さぁああん! 熱いよ、熱いよぉ!


 脳裏を過るのはいつも、家族の断末魔。助けに行くにはあまりにも遠過ぎる、火の海の彼方から手を伸ばす、彼女達の最期。

 それこそが反乱軍兵士としての、明月弾の原点であった。


「ガキはその後、国防軍に入るっつって東京に行ったきり、音沙汰がねぇ。どこで何してるか知らねぇが……無事だといいな。次に会う時は敵同士だとしても……せっかく、生き延びたんだしよ」

「……弾。その戒人を設計したのは……」

「言わなくていい。それを口にしたって、今更何も変わりゃしねぇよ。……だから、これからオレ達で戻してやろうぜ。このマイナスの時代を、ゼロにさ」

「……あぁ、そうだな」


 やがてゆっくりと身を起こし、弾は優しげな瞳で楯輝を射抜く。その眼差しを受け、切なげな笑みを返す楯輝は――己の過去と向き合うためにも、戦い続ける決意を新たにしていた。


 ――その時。地下の格納庫で閃輪車を整備していた洸が、血相を変えて医務室まで駆け込んで来る。


「葵、緊急出動スクランブルだ! 反乱軍の輸送隊が、国防軍の襲撃を受けてるらしい!」

「……! 分かった、すぐに行く! 弾、ここで安静にしていろ! 早急に片付けて来るッ!」


 その様子と発言の内容から事態を理解した楯輝は、弾の肩を軽く叩きながら洸と共に、医務室を飛び出して行った。一瞬のうちに、この空間を静寂が支配する。


「……悪りぃな、楯輝。耄碌してると思って、大目に見てくれや」


 ――だが。反乱軍のリーダーとして、誰よりも率先して戦場に立ち続けてきた男が。


 この状況で、じっとしていられるはずがなかった。

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