第5話 マイナスの時代を、ゼロに


 ――剣耀流が纏うレッドアインスの外骨格は、不動猛征が装着している名無しの鎧ネームレス原型プロトタイプとしている。

 故に外見や装備も、色を除けば瓜二つであり。手にした刀剣も、同規格のものであった。


「おぉおぉおッ!」

「ぬぅうぁあッ!」


 シャンバラの起動準備と外で始まった砲撃により、大災害の如き地響きが続く執務室。その中で激しく斬り結ぶ両者の炎熱剣グリューエンエッジ黒闇剣ダンケルハイトエッジが、絶えず火花を散らしている。


 性能まで同程度であったなら、体格と経験で勝る猛征に分があっただろう。だが、楯輝が平和への想いを込めて完成させた「大義閃隊」の鎧は、猛征のそれを出力の面で大きく上回っている。


 技の猛征。力の耀流。互いの長所を潰し合い、短所を突き合う彼らの剣戟は、互角の勝負となっていた。


「とぁァアッ!」

「ぐ、おッ……ぬぉあぁあッ!」


 だが、それも長くは続かない。長期戦になればなるほど、年齢によるスタミナの差が顕れていく。

 黒闇剣の一閃をかわした耀流の炎熱剣が、弧を描き――漆黒の胸に叩き付けられる。胸部装甲に走る亀裂が、その威力を物語っていた。

 だが、その猛攻を浴びながらも。猛征は黒闇剣を突き出し、耀流の首を狙う。紙一重のところで、耀流は身を翻し直撃を避けるが――黒闇剣の切っ先は、仮面の半分を斬り取ってしまった。


「あ……がッ……!」

「長きに渡る汚染の影響で、放射性物質そのものに成り果てた、この官邸の中で……マスクを失うことが、どういうことか。今更、考えるまでもないな」


 左半分が欠損している仮面からは、苦悶に歪む耀流の表情が露わになっている。すでに彼の全身には痺れと激痛が周り、吐血が始まっていた。

 マスクの防護効果を失ったことによる、急性被曝。その症状に苦しみ膝をつく耀流の顎に、猛征は容赦なく膝蹴りを叩き込む。


「ごッ……!」

「どうやら葵大尉は、黒闇剣に耐えるだけの装甲を造れなかったようだな。……いや、反乱軍がその程度の予算も寄越さなかったのか」


 どこか憐れむように呟き、猛征は自身が手にする漆黒の刀剣に視線を落とす。

 刃に超高熱を纏う機能を持つ炎熱剣とは違い、黒闇剣には一切の特殊機能が存在しない。が、その代わり刀身の内部に至るまでの全てが特殊合金によって固められており、単純な強度においては最も優れているのである。

 それこそ、同じ特殊合金製であるライトニングのマスクさえ破壊するほどに。


「が、がッ……ぐッ……!」

「……味方にさえ疎まれ、それでもなお『大義』と称して私に刃向かうか。……いい加減、疲れただろう? もう、眠りなさい」


 苦しみ、のたうつ耀流を見下ろし。猛征はせめて楽に逝けるよう、首元を狙い黒闇剣を振り上げる。


 ――だが、正義を穿つ大義の使者は。


「……、に」

「……!」

「勝手に……決めるな……って、言っただろうがッ!」


 閃光の如く、残された命を燃やして。不動猛征が差し伸べる、救いの刃を拒絶した。

 振り下ろされた黒闇剣を、左腕の氷水盾で受け止めながら――耀流は震える両脚に最期・・の力を込めて、一気に立ち上がる。


 ――大義閃隊の特殊兵装は敵に奪取された場合を想定し、その兵装の所有者でなければ使用できないようにロックされている。

 だが、例え特殊兵装ブロークンフローズが使えなくとも。この特殊合金製の盾さえあれば、戦況は覆せるのだ。


「……この痛みは、苦しみは、オレ達だけのものだッ! 戦いのない世界まで、巻き込んでたまるかよッ!」

「ぬぅあぁッ……!?」


 耀流は氷水盾の硬度で黒闇剣を受け止めながら、床を踏みしめ前進して行く。例え、盾の表面に亀裂が走ろうとも――恐れることなく。


「そんな、死に体でぇぇえッ!」

「ぉおぉおぉッ!」


 第2次世界大戦以降、戦争も起きていなければ核も落ちていない。そんな日本が在る世界は、彼らにとっては理想郷に等しい。

 だからこそ、耀流はそれを汚したくなかった。だからこそ、猛征はそこに行きたかった。

 戦いのない世界を尊ぶが故の死闘は、さらに熾烈さを増していき――ついに黒闇剣の威力が、氷水盾を打ち砕く。


 ――にいちゃん、おれもちゃんと生きるよ! だから、おれたちが暮らせる世界、ちゃんと守ってね!


「……だぁあぁあぁッ!」


 それでも。この混迷の時代を懸命に生きる、幼子の笑顔が。耀流をさらに焚き付け――その足を、前へと進ませていた。

 氷水盾の裏側に仕込んでいた、洸の雷光拳が唸り。すでに亀裂が走っていた胸板の装甲へと、突き刺さって行く。


「ぐぉあぁあッ!? おッ――のれぇあぁぁッ!」


 特殊合金同士の激突は強烈な衝撃音を発し、双方を一瞬のうちに破壊してしまった。猛征の胸部を保護していた鎧が砕け散り、その下が露わになる。

 だが、そこから露出した初老の身体を、放射能に侵されながらも。彼は黒闇剣を振るい、拳を突き刺している耀流の左腕を斬り落としてしまった。


「ぐ、ぅ、お、あぁあぁあッ!」


 それでも、彼は止まらない。断面から噴き出る鮮血の雨と、全神経を支配する激痛さえ、意に介さず。

 彼は本能が命じるままに、右手に握り締めた炎熱剣を、無防備な猛征の胸へと突き刺した。


「ごはッ……ぁあぁあッ!」

「は、がッ……!?」


 赤熱を帯びた刀身で胸を貫かれ、猛征は内側からの焼き尽くすような熱に絶叫する。しかし、その意識は途切れず――彼も最期の力を振り絞るかのように、黒闇剣を耀流の胸へと突き立てた。


 両者の身体が、互いの得物によって串刺しにされていながら。双方は倒れることなく、睨み合う。


「……ぐぁあ、ぁあぁッ!」

「……ごぉッ、ぉあぁッ!」


 だが。すでに猛征の背後では、シャンバラが発動しようとしていた。このまま起動実験が完了すれば、こちら側の世界から大量の放射能が流出してしまう。

 もはや、一刻の猶予もない。向こう側の世界にとっても、耀流達にとっても。


 故に耀流は、残された全ての力を解き放つように。両の脚で、この戦場の床を踏み締める。


 ――それでいい。お前はそんな、バカでいい。


 ――行け。……正義を穿つ一閃の大義ライトニング前進せよゴー・ア・ヘッド


 その瞳から、徐々に正気を失って行く中で。脳裏を過る仲間達の言葉が、最期の光を灯して行く。


 たったそれだけ。たったそれだけの言葉が。正義を穿つ一閃の大義に、それを成し得る力を授けていた。


 ――戻してやる。このマイナスの時代を、オレ達がゼロに――


「だあぁあぁッ!」


「おあぁああッ!」


 最期に託された、その力を頼りに。地を蹴り跳び上がる耀流と猛征は、互いに螺旋状の回転を描きながら――死力を尽くす飛び蹴りを放った。

 「号令」は、ない。彼らにはもう、巻き込むような仲間など、1人もいないのだから。


 トルネードバーン。トルネードパニッシュ。互いの特殊兵装が唸りを上げ、双方の胸に突き刺さった剣の――柄頭へと炸裂する。


「があぁあぁあぁあッ!」

「うごぉあぁあぁあッ!」


 両者の胸に突き刺さった刃は、さらに深く沈み込み。双方に死を齎す、とどめの一撃を決めていた。


 装甲を破り肉を裂き、骨を断ち内臓を潰す。そうして限界まで突き刺さった刃に、串刺しにされたまま。2人は互いの攻撃が生む反動により、吹き飛ばされてしまう。


「がァッ!」

「ごッ……!」


 耀流は壁に、猛征は「シャンバラ」に。胸を通して、背中から飛び出ていた刃が突き刺さり、彼らはそこから動けなくなってしまった。


「ぐぉッ、あ……!? シャ、シャンバラ、がッ……!?」


 刹那――猛征の後方に開いていた「門」が、活動を停止し。激しくこの執務室を揺らしていた振動が、収まってしまう。

 その意味を察した猛征は同様を露わにして、力任せに胸から炎熱剣を引き抜いた。だが、もはや何もかもが遅い。


 猛征ごと炎熱剣を突き刺された「シャンバラ」は、その直後に炎上し――瞬く間に崩壊してしまったのだ。

 灼熱に飲み込まれ、崩れ落ちて行く「門」に手を伸ばし、猛征はわなわなと震えるばかりであった。


「シャンバラが……暁音、暁音ぇえ……!」


 譫言のようにそう呟く猛征だったが、もはや「門」が崩壊が止まることはない。爆炎に飲まれ、消えゆく異世界への扉を見上げながら――猛征は、膝から崩れ落ちて行く。

 その一方で耀流は、自身の胸ごと壁に突き刺さった黒闇剣を、引き抜けるだけの余力もなく。ただ生気のない瞳で、足元だけを見下ろしていた。


 ――だから閃隊さんも、胸張って生きてくれよ。


「……しっかり……胸を……張っ、て……」


 脳裏を過る言葉を、思い出すことと。その呟きだけが、彼の限界であった。

 絶え間ない左腕からの出血と、彼の身を侵し続ける放射能が、彼の戦いに幕を下ろして行く。かつては白かった・・・・マフラーに染みる紅が、その最期を物語っていた。


「……これで、良かったというのか。本当に、これで」


 嗚咽混じりに振り返り、耀流の骸に問い掛ける猛征。だが、彼の問いに答えが返ってくることはない。

 やがて、激しい吐血と共に倒れ伏した彼も。その瞳から、生気を失って行く。


 希望の道を絶たれた上に、その是非を問う資格すらない。それが、彼の所業に対する罰であった。


「……アカ、ネ」


 そして、亡き娘・・・の名を呼びながら。「門」の向こうで会えるはずだった、最愛の娘の名を呼びながら。

 11年に渡り、この混迷の国にさらなる災厄を呼び込んだ独裁者は。正義をも穿つ大義と共に――閃光の如く、消え去るのだった。


 ――不動猛征、戦没。享年、54歳。


 ――剣耀流、戦没。享年、17歳。


 ◇


 戒人。それは国防軍を率いる不動猛征が、アメリカ陸軍で開発が進められていた生体改造兵士を元に設計した、生体兵器である。

 人間の肉体を素体とし、あらゆる生物の遺伝情報を利用した合成獣キメラ戦士。それは祖国の為に文字通り身命を差し出す覚悟がない者にしか、務まらない任務であった。


 だが、人間としての自意識を保持したまま異形の肉体を得て、改造前の精神を維持し続けることは並大抵の精神力では叶わない。

 戒人の研究が始まった当初は、被験体が怪物に成り果てた自分に耐え切れず、能力を暴走させる事故が多発していたのだ。その矛先が、無辜の市民に向けられたことも、少なくはない。


 ――11年前に世田谷区の市街地で起きた、戒人の暴走による大火災もその一つであった。


 己が化け物になったという事実を受け止め切れず、自我を崩壊させた被験者が千代田区の研究所から脱走。逃亡先の世田谷区で、街を襲い大火災を引き起こしたのである。


 この火災で、幼き日の剣耀流は両親を失った。

 放射能の影響が強い千代田区を避けて、世田谷区で平穏に暮らしていたはずの人々は。戒人を御することが出来なかった不動の不手際で、命を落とすことになったのである。


 その後、火災を引き起こした戒人は不動の手で処分された。だが、その事故は政府によって反政府勢力の仕業であると報道され、真相は闇に葬られてしまう。

 やがて耀流は戒人と、それを操る反乱軍を倒すと誓い――国防軍の門を叩いたのであった。彼の誤解が解かれ、真の戦いが幕を開けるまでには、10年もの月日を要したのである。


 そして、今日。彼の旅路はようやく、幕を下ろしたのだ。


 ◇


 アメリカで研究されていた、次元横断装置による異世界への渡航。11年前、不動猛征がその可能性を知った時にはすでに――彼の妻子は、放射能により帰らぬ人となっていた。

 並行世界への渡航による、新天地の開拓。資源の確保。領土の拡大。それがアメリカの狙いであったが――そんなものは、猛征にとっては取るに足らないものであった。


 ――家族に会える。


 科学が飛躍的に発展した現代においても、決して叶えられなかった願いに届く、一縷の望みが現れた。その可能性が、彼を独裁者としての道に誘ったのである。

 愛する妻に。そしてたった1人の娘である、不動暁音フドウアカネにもう一度会う。それが、不動猛征を突き動かした最大の動機であった。


 愛する家族がいない、こんな世界に用はない。「門」を抜けた先に待つ並行世界の日本で、今も生きているであろう家族が、自分を待っているはず。

 ――猛征はその一心で、アメリカの研究成果を根こそぎ奪い取り。自分が行かねばならない世界を侵略させないため、徹底的にラボを破壊した。


 そして首相として実権を握り、戒人を使って民衆を屈服させ、絞り集めた税を元手に「シャンバラ」の研究開発へと没頭したのである。全ては、国民の救済というお題目に乗じて、向こう側の世界で平和に暮らしているのであろう「家族」を手に入れるために。

 その過程で、反乱軍による叛逆が激化していき――「大義閃隊ライトニング」という、派手な邪魔者まで現れたが。彼は決して、「シャンバラ」の完成を目的とした圧政を緩めることはなく。逆に彼らを、来たるべき異世界侵攻に備えての「模擬戦相手」として、利用することに決めたのだった。


 だが。結局はその「模擬戦」のデータから生まれた近衛兵ジャッジメンターを倒された上に、望みをかけた「シャンバラ」まで破壊され、文字通り全てを失うことになったのである。


 失われたものを取り返す。恋も知らずに逝ってしまった娘との、再会を果たす。

 ただそれだけのために生きた男は――最期に積み上げてきたものを、まだ残されていたものさえも、失ったのだ。


 ――誰も信じず、周りを欺き。多くの命を踏み躙ってきた罪を、清算するために。


 ◇


 そして、この戦いの後。


 不動猛征という絶対の指導者を失った国防軍は急速に勢力を失い、戦線は崩壊。一方、大義閃隊という主力を失った反乱軍は、逆に勢いを増して国防軍を駆逐し、瞬く間に東京を制圧してしまうのだった。


 ――大義閃隊が不動猛征と共倒れしたことで、彼らを巡って分裂しかけていた反乱軍が結束したのが、主な勝因であった。

 元国防軍人が1人残らず死に絶えたことで、残された人々に渦巻いていた蟠りも消え去り――争いのない国へと、歩み出したのである。


 無論、誰もが大義閃隊の全滅を歓んでいるわけではない。民衆の中には毎日のように、彼らの墓前に華を添えている親子もいる。

 それでも大多数の人々にとっては――戦火に散った、3人の男達にとっては。この結末こそが、まごう事なき大団円なのだ。


 やがて民主主義が復活したこの国は、新政府を樹立して新たなスタートを切り。昭和しょうわ兵成へいせい零和れいわと、長きに渡り連綿と続いてきた戦争の歴史に、終止符を打った。


 ――その時から、ようやく。

 第3次世界大戦が起きた、この世界において。長きに渡る平和へと続く、真の「戦後」が始まったのである。


 そして、戦いの終わりから悠久の時が過ぎる頃。かつて暗く淀んでいた天の向こうには――透き通るような「青空」が広がっていた。

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