第3話 神輿は軽くて、バカがいい


 致死量の放射能が常に漂っている首相官邸は、完全に機械化された警備兵を除いて、全ての人間が立ち入れないようになっている。

 ――唯一の例外は、首相の座についている不動猛征のみ。


「……そうか、例の連中はすでにここまで……」

『現在、我が軍の総力を挙げて迎撃しております。ですが、戦況は芳しいものではなく……』

「1年以上もたった3人で、我が軍と渡り合うような連中だ。疲弊している現場の兵達では、もはや太刀打ち出来んな」


 その根城にも、ついに大義閃隊が迫ろうとしていた。迎撃部隊を率いる将軍は執務室のモニター越しに、切迫した様子で言外に「退去」を促している。


「……だが、作戦の中断はない。貴官らはそのまま、奴らの迎撃に専念せよ。こちらも『ジャッジメンター』を出す」

『し、しかし……!』

「構わん。……この内戦の勝敗の意味など、今に無くなる」


 だが。この国の指導者として君臨する屈強な男は、取り乱した様子もなく自軍の限界を感じ取っていた。その上で、官邸に留まることを選んでいる。

 彼は一方的に現場からの通信を切ると、椅子を回転させ――広大な執務室の後ろに広がる、「門」を仰いだ。


 謁見の間の如き大広間となっている、官邸の執務室。その最奥に設けられた、天井に迫るほどの巨大な「門」を見上げる不動の全身は――漆黒の鎧と仮面によって、完全に覆い尽くされている。

 大義閃隊で使われているものとは、似て非なる――黒一色の、十字クロスの仮面。その兜によって隠された貌は、歪な笑みを浮かべていた。


「……間も無く『シャンバラ』の門が開く。もうすぐだ、もうすぐだぞ……暁音アカネ


 ◇


 剣耀流が国防軍を抜けて反乱軍の側につき、「大義閃隊ライトニング」として戦い始めてから1年。彼を筆頭とする精鋭部隊の活躍によって、戦局は反乱軍側へと大きく傾いている。

 ――にも拘わらず。官邸に突入して不動猛征を討とうという、この一大作戦の只中でありながら。直接彼らを援護しようという反乱軍の兵は、ごく僅かであった。


 それは単に他の部隊では、大義閃隊の戦いにはついていけない、というだけの理由ではない。彼ら3人は、基本的には嫌われ者なのである。

 新入りである耀流だけでなく、古参隊員の楯輝と洸も。全員、国防軍からの脱走兵なのだ。


 かつて自分達を苦しめていた元国防軍人が、「大義閃隊」などという英雄を気取り、反乱軍の中心にいる。その現状を快く思わない派閥も、少なくはない。

 しかし。戦闘自体が不慣れな元市民が多数を占める反乱軍において、全員が正規の訓練を経験している彼ら3人は、なくてはならない存在であることも事実であり。大義閃隊の処遇を巡って、反乱軍は真っ二つに割れてしまっている。


 このままでは不動を倒し、新たな政府が樹立されたとしても、すぐに次の火種が生まれかねない。大義閃隊が新時代のための「捨て石」に徹しているのは、そういった将来の問題を回避するためでもあるのだ。


「とはいえ、だーれもここまで来てくれないってのも寂しいもんだねぇ。なぁ、剣」

「ブツクサ言ってる場合じゃないぞ、山吹! 次、0時の方向に榴弾砲1ッ!」

「あいよッ!」


 だからこそ今は、死力を尽くして戦わねばならない。共にその一心で戦場に立つ3人は、大義閃隊専用戦車「重閃車ライトニングパンツァー」に乗り、戦場となった千代田区の道路を駆け抜けていた。

 赤、青、黄。3色に塗装された派手な大型戦車は、アスファルトを踏み鳴らし首相官邸を目指す。その道を阻む国防軍の刺客に、武装合体トライデントブラスターの数倍にも及ぶ火力の熱砲弾を撃ち込みながら。


「……しかし、国防軍も随分と弱ったもんだ。国民から税を毟って、自軍まで痩せ細らせて。不動の奴、一体何がしたいんだか」

「そうまでして成し遂げねばならない何かがある……ということか。何にせよ、奴の好きにさせてやるつもりはない。先を急ぐぞ!」


 車長である耀流の指示に従い、砲手の洸が敵を撃ち。操縦士を務める楯輝の技量を頼りに、迷路のような市街地をキャタピラで踏破していく。


「山吹ッ! 2時の方向に自走砲1!」

「あいよッ! ――全く、なんでこの兄ちゃんが車長に収まってんだか。股間のマグナムでしか俺らに勝ってねえのによ」

「昔から言うだろう、神輿は軽くてバカがいいと」

「そうそう神輿は……って誰がバカだこの野郎!」


 そうして遥か遠距離から飛んでくる砲弾を、右へ左へとかわしながら。彼らを乗せる重閃車は、官邸を目指して走り続けている。

 車体の両側面に備わったマニピュレーターは行手を阻む瓦礫を退かし、彼らの進む道を切り開いていた。国防軍製の重機から流用されたアームは、数トンにも及ぶコンクリートであろうと容易く放り投げてしまう。


「……」


 その最中、耀流は。出撃前に立ち寄っていた貧民街で出会った、とある親子の言葉を思い返していた。


 ――なぁ、閃隊さん。この戦いが

終わったら、あんた達はどうすんだい?


 ――わからない。どこか、遠い国にでも行こうと思ってる。反乱軍が勝利して新政府が出来るなら、元国防軍のオレ達に居場所はないから……。


 ――えー、行っちゃうの?


 ――そうかぁ……。でもな、閃隊さん。わしらは、ちゃあんと分かっとるからよ。旅立つ時は、思いっきり胸張ってくれよな。あんた達が救ってくれるこの国で、わしらもちゃあんと生きていくから。


 ――おじさん……。


 ――どんなにクソッたれな世界でも、ここはわしらが生まれた世界だ。だからわしらも、この砂だらけの地面を踏みしめて、しっかり生きる。あんたらがくれた笑顔を、忘れずにな。だから閃隊さんも、胸張って生きてくれよ。


 ――にいちゃん、おれもちゃんと生きるよ! だから、おれたちが暮らせる世界、ちゃんと守ってね!


 ――わかった、約束するよ。絶対、この世界を投げ出したりなんかしない。


「……そう。投げ出さないさ、絶対に」


 反乱軍の同志達からも疎まれ、たった3人だけで戦ってきた大義閃隊にとって。耀流が出会った親子の言葉は、最後の決戦に向かう彼らの背を、強く押すものであった。

 彼らのためにもこれ以上、不動政権の好きにはさせない。その一心で、耀流は鋭い眼差しで官邸を睨み上げる。


「次ッ! 22時の方向に榴弾砲3――ッ!?」


 だが。マニピュレーターで瓦礫を退け、強靭なキャタピラで地を駆け抜け、その目的地まであと僅か――というところで。


「ぐぉぁッ……! くそッ、山吹ッ!」

「おいッ……山吹、山吹ッ!」

「……ヘッ。こりゃあ、とんだ出迎えが来てくれたもんだ――ゴハッ!」


 迎撃部隊が「待ち伏せ」していた地点ポイントに、重閃車が入り込む一瞬を狙って。撃ち出されていた榴弾砲が、直撃した。


 特殊合金によって固められた、重閃車の堅牢な装甲さえ破る最新鋭の榴弾。その攻撃をまともに浴びれば、1年間に渡り国防軍を苦しめてきた鋼の要塞でさえ、タダでは済まないのである。

 彼らとて、人間。何があっても必ず死なない、絵空事の「ヒーロー」ではないのだ。大義閃隊など所詮、ただ強いだけの「兵隊」に過ぎないのだから。


「剣、外に出るぞ! 重閃車はもう……!」

「山吹……山吹!」


 装甲ごとキャタピラを破壊され、路上で停止してしまった重閃車。漏れ出す燃料ガソリンを目にした楯輝がそこから脱するべく、動き始めた一方で――耀流は車内で動かなくなった洸の肩を叩いていた。


「あ……ッ!」

「……よせよぉ、動かしてどうにかなるもんじゃねぇって。光の速さで、くたばってた方が楽だったかもなぁ」


 だが、いつも軽口を叩いては楯輝の顰蹙を買っていた「兄貴分」は――柄にもなく、力無い笑みを浮かべている。


 衝撃によって、正面から飛び出してきた破片の圧力で――その身はすでに、下半身から切り離されていた。


 べとり、と掌に伝わった血の感触でそれを悟った耀流は、受け入れ難い現実を前に首を振る。そんな彼の胸に、洸は赤く染め上げられた手を押し当てた。

 その掌には、共に闘ってきた黄金の籠手が握られている。


「……剣。この期に及んで、いちいち他人の死を気にしてられるお前は……本物のバカだよ。戦争なんだぜ、これ」

「だけどさ……だけどさ!」

「でも、それでいい。お前はそんな、バカでいい。葵も言ってたろ、神輿は軽くてバカがいいってさ」

「……」


 振る舞いや仕草こそ、いつも通りのようだが。それが強がりであることは、表情から抜け落ちていく生気が証明していた。


「……賢い奴はさぁ、こんな損な役回り絶対やらねぇんだよ。大義閃隊は……バカにしか務まらねぇ」

「……」

「だからよ。あとは2人で、バカをやり通してくれ。……期待してるぜ」


 バカしか務まらないという、大義閃隊の一員でありながら。閃身もしないうちに、洸の眼から光が消えていく。

 譫言のような、一言と共に。


「……か、す……み」


 ヒーローにあるまじき、あまりにもあっけない、その最期を看取る耀流は。託された籠手を胸に抱きながら――瞳孔の開いた友の瞼に、掌を寄せる。


「……何回バカって言えば、気が済むんだ」


 漏れ出しそうな嗚咽を噛み殺し、歪みきった口元を震わせて。溢れ出そうな弱音を塗り潰そうと、耀流は瞼を閉じた亡骸に向かって、憎まれ口を叩く。

 ふと顔を上げれば、楯輝はすでに重閃車を降り、建物の陰に身を潜めていた。車体から上る黒煙を目眩しに使い、榴弾砲をやり過ごしながら官邸を目指そうというのだろう。


 ――本来なら、自分もああするべきだったのだろう。いちいち死にゆく兵士に構っている暇があるなら、命があるうちにやるべきことがある。

 だから耀流という男はバカであり、「神輿」に相応しい存在だったのだ。どんな状況であっても情を忘れない男だからこそ。彼は、選ばれた。


 洸の言葉を思い返し、その意図を汲み取った耀流は――名残惜しげに洸の骸から手を離すと、ホルスターから熱閃銃を引き抜き、重閃車の外へと飛び出していく。官邸を目指してひた走る、楯輝の後を追うように。


 ――山吹洸、戦没。享年、23歳。


 ◇


 モテたい。その男は口癖のように、そう言い続けていたという。

 国防軍に入ったのも、訓練で常に首位を独走していたのも。全てはモテたいがためであると、彼――山吹洸は言い切っていた。


 だが、それは「照れ隠し」のための方便であると、周囲の誰もが理解していた。願望そのものは嘘ではないが……その対象は、いわゆる「不特定多数」を指したものではなかったのである。

 彼には、愛してやまない女性がいたのだ。


 ――神門華純ミカドカスミ

 兵士達の指揮を取るオペレーターとして勤務していた彼女は、その美貌から国防軍においても高い人気を誇っていた。そんな彼女は同期である洸から、何度も言い寄られていたのである。


 だが、軟派な男を嫌う彼女は幾度となく彼を袖にしていた。それでも洸は諦めず、しきりに彼女を口説いていたのである。

 それは軟派と言い切るには、あまりにもひたむきであった。入隊当初は最下位の成績だった彼が、彼女を射止めるためだけに首位にまで上り詰めたのだから。


 そんな彼の、ある意味あまりにも愚直な姿に、華純は少しずつ気を許すようになっていく。やがて2人の距離は日を追うごとに縮まり、ついには――婚約するにまで至ったのである。


 そして。


 戒人としての高い適性を持っていた彼女が、被験体として選ばれたのが、その直後。改造手術を阻止しようとして暴れた洸が、反逆罪で囚われたのもその頃であった。

 ――結果、実験は失敗。洸と出会うまで、国防軍への忠誠を誓っていたはずの彼女は――人間の道から外れることを拒み、自ら死を選んだのだ。


 やがて洸は反逆だけでなく、優秀だったはずの被験体まで台無しにしたとして、銃殺刑に処せられることになり。

 兵達の銃口に晒される中で――乱入してきた葵楯輝との出会いを果たしたのである。


 ――スカウトに来た。反乱軍に来い、山吹中尉。


 ――いいけど、質問。華純の仇、ちゃんと取れる?


 ――無論だ。我々は、「壊す」ことが役目だからな。


 そんなやり取りから始まった関係は、最期まで続き。戦死した先代のレッドアインスに代わり、剣耀流が加入してからも、それが変わることはなかった。

 神経質で口うるさい命の恩人と共に、彼は最期の一瞬まで。二度と彼女と同じ悲劇を生まないため、戦い続けたのである。


 そして彼は今日、ようやく旅立ったのだ。愛する彼女が待つ、暗澹とした空の向こう側へと。


 ◇


「……奴はやるべきことを果たした。次は我々だ、剣」

「……あぁ。行こう、葵」


 重閃車が撃破されてから、約20分。建物の陰に隠れながら走り続けていた2人は、ついに首相官邸へと辿り着いたのであった。この一帯はすでに、高濃度の放射能によって汚染されている。

 その空間の中で、王宮の如く聳え立つ「指導者」の砦。それほどの巨大なスケールに息を呑みながらも、耀流と楯輝は熱閃銃を構え突入体勢を整えていた。


「……葵」

「あぁ。行くぞ、剣――ッ!?」


 ――そして、今まさに仇敵の根城へ踏み込もうという、その時。

 彼ら2人の前に、無数の「新手」が舞い降りる。黒い十字をあしらった槍を持つ、純白の装甲で身を固めた戦闘員達が、耀流達を一瞬のうちに包囲してしまった。


「葵、こいつら……!」

「……あぁ、普通の戦闘員ではない。不動直属の近衛兵か……!」


 2人はすぐさまホルスターから熱閃銃を引き抜き、熱線を連射する。だが、純白の近衛兵達は手にした槍を回転させ――その全てを打ち落としてしまった。


「……閃身ッ!」


 だが、外骨格を纏う隙を作る分には十分。耀流と盾輝は漆黒のレザージャケットを翻すと、素早く拳を構えて腕輪に音声を入力し――純白のマフラーを靡かせる、赤と青の兵士へと「閃身」する。


紅蓮の1号レッドアインス!」

紺碧の2号ブルーツヴァイ!」


 そんな彼らを見据える近衛兵達は、震える槍・・・・を敵兵に向け、ジリジリと近寄り始めていた。


 カーキ色の簡易装甲服を纏った、一般戦闘員とは全く違う風貌。それが見掛け倒しではないことは、装備を見れば明らかである。

 黒十字の槍から響く振動音。その切っ先に触れた瞬間、弾け飛ぶ砂塵。――国防軍で研究中であると噂されていた、高周波振動槍ヴァイブロスピアだ。


「……触れるだけでお陀仏、か。たぶん、オレ達の装甲でも……」

「剣、持っていけ」


 振動槍の刃の前には、氷水盾も歯が立たない。あの槍を振るわれては、水を浴びせて水蒸気爆発を誘うことも難しい。

 ならばただ重いだけの板など、無用の長物。それが、楯輝の下した決断であった。


「だけど……!」

「山吹を欠いた今、我々の装備では奴らを破ることは出来ん。……『司令塔』が生きているうちはな」

「……!」


 耀流に氷水盾を託し、再び熱閃銃を構えた楯輝は、遠距離戦で時間を稼ぐ・・・・・ことに決める。

 その意図を察した耀流は、暫し逡巡した後――自身の熱閃銃を隣に立つ楯輝へと投げ渡した。


「……じゃあ、行くぞ」

「あぁ、行け。……正義を穿つ一閃の大義ライトニング前進せよゴー・ア・ヘッド


 行って来る・・とは、行って来い・・とは、言わない。そんな約束は、出来ない。

 ――守れそうにない、約束など。


「……何人来ようと、私の科学は絶対だ」


 2丁の熱閃銃を手に、近衛兵達と相対する楯輝。乱れ飛ぶ熱線を掻い潜り――防御に徹する敵兵達の動きに乗じて、その脇をすり抜ける耀流。

 1人はこの場。1人は官邸。彼らはそれぞれの死に場所へと、赴いていく。


 かけがえのない仲間が、最期に遺した「大義」を果たすために。

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