第4話 剣よ征け、葵よ叫べ


 飛び道具を失おうと、すべきことに変わりはない。致死量の放射能が蔓延する首相官邸の奥へと、剣耀流は突き進む。

 迎え撃つ戦闘員達を次々と斬り伏せ、炎熱剣を振るい続ける修羅の化身。彼の者はやがて、この国を統べる僭王の間へと辿り着き――躊躇うことなく、巨大な扉を蹴破るのだった。


「作法がなっていないな。士官学校からやり直せ」

「そこなら今日で廃校だ。貴様ありきである限りはな」


 謁見の間、の如く広大な「執務室」。その最奥に座していた漆黒の鉄人は、漆黒の剣を手に重い腰を上げる。

 ――大義閃隊のものとは似て非なる、その十字・・の仮面を前に。逆十字・・・の仮面の下で、耀流は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「……紛い物が」

「戯けたことを言う。こちらが正規品オリジナルだ」

「知ってて言ってんだよ。葵から、全部聞いてる」


 日本において最も放射能汚染が深刻であるとされている、東京。その中で唯一、「致死量」の汚染に晒されている千代田区。

 核戦争が始まる前から今に至るまで、そこに設けられている官邸は――東京が死の街と化した後も、首相の玉座であり続けている。


 1962年のキューバ危機に端を発する第3次世界大戦の影響で、この世界は歪んだ科学に支配される混迷の時代を迎えていた。その余波を受け、かつては平和な日本の象徴でもあった東京は死んだ。

 にも拘らず、不動猛征は頑なに首都機能を移転させず、人が住めない街からの統治に拘っている。さらに当時のアメリカ陸軍で研究が進められていた、生身の兵士を遥かに凌ぐ生体改造兵士バイオソルジャーを基に――「戒人」という日本製の生物兵器まで生み出した。


 そして猛征自身は、戦闘用強化外骨格を兼ねた化学防護服で全身を固め、死の街に生きる唯一の為政者として、独裁の限りを尽くしている。その目的の一切を、誰にも明かさぬまま。


 だが。獅子身中の虫というものは、どこにでも沸くものである。

 猛征への不信を募らせていた元国防軍技術大尉・葵楯輝の裏切りによって、彼の外骨格に纏わる技術が反乱軍へと渡ってしまったのだ。


 その技術を手土産に反乱軍へ加わり、新たな外骨格を開発した楯輝は、2人の同志を見つけ「大義閃隊ライトニング」を編成し。国防軍に仇なす、一閃の大義を生み出した。

 彼の手で誕生した3色の外骨格は、猛征への反旗を表しているのである。


「戦闘用強化外骨格を兼ねた、化学防護服。そんなものを着込んで、ここでオレ達に圧政を敷いて……貴様は一体、何がしたいんだ!」

「私の後ろを見てもわからないか? 剣少尉」

「……!」


 漆黒の鎧を纏う猛征は、親指で自身の背後を指す。その先に聳え立つ巨大な「門」は、不穏な起動音と共に激しい振動を始めていた。

 「門」の向こうへと広がる、闇。見ているだけで吸い込まれてしまいそうな、その深淵を映し出している巨大な入り口は、ただならぬ引力・・でこの執務室を揺さぶっている。


「これは……!?」

「……機は熟した。シャンバラの『門』が、ついに開かれる」

「シャンバラ、だと……?」


 猛征の口から呟かれる得体の知れない文言に、耀流は警戒を露わに炎熱剣を構える。そんな叛逆者を他所に、彼に背を向ける僭王は、両手を広げ「門」を仰いでいた。


「曲がりなりにも、士官学校を卒業した程度には学のある君だ。並行世界パラレルワールド、というものを聞いたことはあるだろう」

「……量子力学の多世界解釈?」

「そう。何か一つが違えば、あり得たかもしれない世界。『分岐』したであろう未来。我々をその可能性へと導く方舟……それがこの『門』、次元横断装置『シャンバラ』だ」


 深淵の遥か彼方。その最奥で微かに窺える、曇りなき「青空」。

 それは核戦争によって何もかもが汚染され、硝煙と砂塵によって「空」を隠されてきた耀流にとっては、見たことのない景色であった。


「……!」

「11年前。諜報員として諸外国に潜入していた私は、アメリカで秘密裏に研究されていた『並行世界への渡航装置』を発見した。彼らはその装置を完成させ、異世界への侵攻による資源の確保を目指していたらしい」

「……まさか、その計画をまるごと……?」

「野蛮な侵略行為と一緒くたにしてくれるな。私はただ、6度も核を落とされたこの国に、光を灯したいだけだ。……そのために私は、渡航装置の研究を進めていたラボを破壊し、全てのデータを奪い……それを手土産に、この国へと帰ってきた。この荒み果てた世界を捨てて、争いのない異世界へと全国民を移住させるためにな」


 ――異世界への侵略による、自国の救済。その発想に端を発する「シャンバラ」の全貌を語り、猛征は万感の思いを込めて「門」を仰ぐ。

 人類史において、科学は常に「戦争」を通じて発展を遂げてきた。第3次世界大戦という最終戦争アルマゲドンは、次元さえ超越するほどの科学的発展ブレイクスルーを齎していたのである。


 一方、そんな彼の背を睨む耀流は、炎熱剣を握る手を激しく震わせていた。


「……そのために全てを力で押さえ付けてきたのか。ただでさえ疲れ果てたこの国に、さらに鞭打つような真似までして!」

「今は救済への過度期だ。今日の起動実験に成功すればいずれ、全ての国民が放射能に怯えることのない――晴れ渡る『青空』の下へと、移り住むことができる」

「起動実験って……待てよ! こんな大量の放射能に汚染された場所で、その『門』を開くつもりでいるのか!? そんなことをしたら……!」

「……汚染の影響がない安全な地域に『門』を移そうものなら、この装置は間違いなく諸外国の連中に嗅ぎつけられてしまう。我々が身に付けているような『高い戦闘力を備えた化学防護服』でもなければ、この場所には誰も踏み込めん」

「だから意地でも、官邸をここから動かさなかったのか……!」


 長きに渡る第3次大戦の中で、戦車や航空機に充てるべき予算も全て核兵器へと注ぎ込まれ。かつて空や陸を席巻していた兵器群は、そのほとんどが「骨董品」に成り果てた。

 それでも、核兵器に使い切れなかった予算の「余り」で、白兵戦兵器が造られることはある。そうして生まれてきた彼らの強化外骨格でなければ、致死量の放射能で汚染されているこの区域では活動できない。

 世界一放射能の汚染が深刻であるとされている、この千代田区でなければ。多数の機械化兵が常駐している、この官邸でなければ。猛征は、諸外国からの干渉を避けて「シャンバラ」を完成させることは出来ないと見ていたのだ。


「この『門』の向こうに広がっているのは、第2次大戦以降、一度も核が落ちていない平和な日本だ。すでに除染を諦めているこちら側の日本とは違い、汚染に抗する技術も発展しているに違いない。……確かに『門』を開けば、少なからずこの官邸や千代田区に充満している放射能が、向こうの世界に漏れ出すだろう。だが向こうの日本なら、その汚染にも対処出来るはずだ」

「……けど! それで何とかなったとしても、同じ日本だとしても! 日本人同士でも! その先に居る人達にとってのオレ達はもう、『侵略者』なんだぞ!」

「その時は分かり合える・・・・・・まで、何度でも戦う・・だけだ」

「……ッ! この国の人々を散々苦しめて、そうまでしてこの装置を完成させて、それでもまだ戦いを続ける気でいるのか!」

「それ以外に、この国が救われる道はない。平和というものを知らぬ、荒みきった時代に生まれ育った君には、よく分かっているはずだ」


 この世界にはもはや救いなどない。「門」の先に広がる異世界にしか、人々が生きる道はない。

 そう言い切る猛征の姿勢に――耀流は、この世界に生きる親子の言葉を思い返していた。


 ――どんなにクソッたれな世界でも、ここはわしらが生まれた世界だ。だからわしらも、この砂だらけの地面を踏みしめて、しっかり生きる。


「……勝手に決めるなよ! こんな時代でも、こんな世界でも、まだオレ達は生きていくことに疲れ切っちゃいない! 勝手にこの世界を投げ出して、勝手に戦いを始めようだなんて……大義閃隊としても国防軍少尉としても、許すわけには行かないッ!」


 核に汚染され尽くした世界を捨て、核の脅威が過去のものとなった世界に、新天地を見出す。それは一見すれば、人々に希望を齎す究極の救世かも知れない。

 だが、その実態は向こう側の世界に少なからず犠牲を強いる、「戦線の拡大」に他ならないのだ。仮に猛征の計画通りに事が運んだとしても、彼が思い描く「平和」に届く頃には、その安らぎを享受出来る国民は、恐らく1人も残ってはいない。

 今でさえ、長きに渡る核戦争や内戦で疲弊しきっているというのに。異世界にまで戦いを挑むような真似をして、国力が持つはずがない。猛征も、それは理解していた。


 ――だが。生まれながらに「平和」を知らず育ってきた彼には、銃を捨てて助けを求めるという選択肢など、初めから存在していない。

 「交渉」の場へと相手を引きずり出すまで、如何なる犠牲を払ってでも戦い続ける。それしか出来ないのだ。それしか、知らないのだ。


「……君達『大義閃隊』とのお遊びは、その異世界での戦いに向けた『模擬戦』にちょうど良かったのだが。君達のデータを基に完成させた『近衛兵ジャッジメンター』も好調のようだし……そろそろ、お役御免だな」

「……模擬戦で、人は死なねぇよ!」

「実験動物にも人権が必要かね」

「あぁそうかい……だったら動物らしく、その喉掻き切ってやる! ――正義を穿つ一閃の大義ライトニング前進せよゴー・ア・ヘッド!」

「……降伏せよウェザー・サレンダー


 それでも彼は、計画を止めようとはしない。あくまで「門」を開くために彼は、この官邸に踏み入って来た「侵入者」を討つべく、漆黒の剣を取る。

 彼の身を固める鎧も剣も、全ては「シャンバラ」を護る最後の砦になるためのものであった。


「戻してやる――このマイナスの時代を、オレ達がゼロにッ!」


 そして、耀流も。不動猛征の正義を穿つ、大義閃隊の代表として。

 この最凶の為政者を討つべく――炎熱剣を振るい、最期の戦いに挑む。


 ◇


 一対多数。接近戦は不可。さらに向こうは最新型。

 それだけの不利な条件が揃えば、例え反乱軍を代表するヒーローであろうと、容易く敗残兵へと成り下がる。ブルーツヴァイこと葵楯輝とて、例外ではない。


「……ちッ!」


 2丁の熱閃銃を交差するように構え、脇で締めて銃身のブレを抑えつつ――彼は自身を取り囲む近衛兵ジャッジメンター達への牽制射撃を続けていた。寸分の狂いなく飛ぶ熱線が、物言わぬ純白の機械兵達の足を止める。

 だが、振動槍を振るい熱線を弾くことも可能な彼らの前では、それすらも児戯に等しく――弾幕を掻い潜り迫り来る切っ先を、楯輝は間一髪のところでかわし続けていた。


「……アクション映画の類なら、そろそろ間に合うところなんだがな」


 横目で官邸を見遣る楯輝だが、当然ながら眼前に迫る近衛兵達に、異変の兆候は見られない。この人形達に指示を送っている猛征さえ斃れれば、助かる道はあるのだが……その線は、期待できそうになかった。


「……だが。私とて、曲がりなりにも大義閃隊の端くれだ。首の一つは貰っていくぞ!」


 それでも、諦める理由にはしない。楯輝は、エネルギー切れを起こした2丁の熱閃銃を投げ付け――その銃身を追うように走り出す。

 そして、銃身を切り払った近衛兵の、一瞬の隙を突き――散々自分を苦しめた振動槍を、奪い取るのだった。


「はァァッ!」


 その怒涛の反撃は、鬼気迫るものであり。今まで胸の内に閉じ込めていた憤怒の激情を、吐き出すかのようであった。

 ――最も長く、共に戦ってきた山吹洸を奪われた怒りを。その手で放つ一閃に、乗せて。


「ネジも中身もブチ撒けて――1体残らずくたばれ貴様らァアァッ!」


 柄にもなく口調を荒げて、楯輝は白マフラーを振り乱し――次々と近衛兵達を斬り伏せていく。データにない戦い方に翻弄されていく機械兵は、為す術もなく破壊されて行くのだった。


 そして、楯輝が振動槍を奪ってから僅か数分。不動猛征が大義閃隊のデータを基に完成させた、最新型の精鋭――近衛兵ジャッジメンターは、全滅する。


「……フン、言ったはずだ。私の科学は、絶対だとな」


 振動槍を肩に乗せ、鼻を鳴らす紺碧の戦士。その雄姿は、彼の完勝を物語っている――かのようだった。


「……来たか」


 だが。それは所詮、束の間の勝利に過ぎない。

 彼の眼前にはすでに――官邸を目指し集結しつつある、戦車隊の群れが迫っていた。


 洸の遺体と共に残されていた熱閃車からは、当然ながら残りの2人が見つかっていない。そこから「生き残り」の行き先を突き止めた残存部隊が、ついにこの官邸前にまで押し寄せて来たのだ。


 このまま接近を許せば、間違いなく自分が格好の的になる。ここで彼らの砲撃を受ければ、少なからず官邸で戦っているであろう耀流にも、影響があるはずだ。

 例え砲撃の嵐に飲まれようとも――自分が前に出て、注意を引きつけるしかない。


「……ようやく。作りたかったものが、作れた」


 絞り出すように呟かれた、その一言と共に。楯輝は振動槍を握り締め――雄叫びと共に、走り出して行く。


 そんな彼の、命知らずな生き様に。叛逆者を裁かんと集う戦車隊の砲口が。榴弾砲の狙いが。一斉に、向けられた。


 やがて火を噴き、舞い飛ぶ破壊の力が。この街を飲み込み、火の海を広げて行く。

 そして。その中で微笑む1人の男は、最期まで足を止めることはなかった。


 ――葵楯輝、戦没。享年、29歳。


 ◇


 どんな時代でも人々を救えるような、医療機器を作りたい。それが、葵楯輝の幼い頃からの夢であった。

 放射能に汚染され、早くに亡くなった家族の骸を抱いた瞬間。その夢は、始まっていたのだ。


 しかし時代は、核戦争によって文明の秩序が崩壊した混迷の最中。人々は暴力に斃れ、暴力に生き、力無き者を見捨て続けている。

 そして楯輝自身もまた、弱さ故に他者を見殺しにせざるを得ない日々を送っていた。人々を救いたいと願いながら、その理想に背き続ける矛盾に、幾度となく苛まれながら。


 ――やがて彼は、人々を救うに足る「力」を求め、国防軍に志願。傷病者の治療を目的とした機器の開発を目指し、勉学に励んでいた彼はその頭脳を見込まれ、技術部へと配属される。

 だが。国防軍随一の頭脳と称された彼を待っていたのは――「来るべき戦い」に向けた、新兵器の開発部門だったのだ。人を救うための機器を作りたかった彼は、10年に渡り人を殺すための兵器を作らされた。


 それでも彼は、いつか人々を救える医療機器を作れると信じて、全ての研究機関を牛耳る国防軍に従い続けてきた。

 しかし、10年を過ぎてもその思いが報われることはなく――不動猛征も、理由を明かすことはなかった。諸外国からの干渉を防ぐため、彼は部下達にも「シャンバラ」のことを秘匿していたのである。


 ――やがて、国防軍と彼への不信感を募らせた楯輝は。猛征が隠している「秘密」を解き明かすため、彼が装着している戦闘防護服のデータを奪い軍を脱走。それを手土産に反乱軍へと渡り、理想の為に戦う道を選ぶのだった。

 だが、長らく国防軍に苦しめられてきた反乱軍兵士達にとって彼は、10年に渡り国防軍に尽くしてきた悪鬼も同然。「手段や出自を問うている時ではない」と理解を示す勢力と、「元国防軍人の手など借りられない」と楯輝を疎む勢力の二つに、反乱軍が分かれる原因となってしまった。


 故に楯輝は、猛征のスーツから得たデータを基に――より派手な・・・・・強化外骨格を開発することに決める。反乱軍の新たな象徴シンボルとして矢面に立ち、せめて彼らの「盾」となれるように。人を救いたいと願いながら、その想いに背を向けてきた今までの罪を、贖うために。


 しかし。その責任は、独りで背負うには余りにも重く。新造された3色の得体の知れない・・・・・・・外骨格を着られる者も、僅か一握りであった。

 粒子化された防護戦闘服を腕輪型のデバイスに内蔵・展開することで、突発的な化学攻撃にも対応できる「閃身」機能を搭載した、最新型外骨格。その使用者として志願する者は、反乱軍の中からは1人しか現れなかったのである。

 国防軍人を嫌う反乱軍の中において唯一、楯輝に理解を示したその民兵――先代のレッドアインスも、戦闘に不慣れな自警団上がりであったために訓練にも戦いにも付いてこれず、約1年前に戦死した。


 結局楯輝は、国防軍からは裏切り者と糾弾され。反乱軍からも、元国防軍人と謗られ。何処にも居場所がないまま、孤独な戦いを強いられてしまった。

 そんな彼を救ったのが、近しい身の上である山吹洸との出会いであり。真実を知り、共に戦うと決めた剣耀流の存在だったのである。


 だが。反乱軍出身である先代レッドアインスがリーダーであったことで、辛うじて守られていた反乱軍の「面子」は――主力の大義閃隊が「全員元国防軍人」になったことで、大きく揺らぐこととなってしまった。

 結果として、元々危うい立場だった彼らの旗色は、さらに悪化の一途を辿ることになったのである。


 それでも。2人の同志と巡り合い、1年に渡って「大義閃隊ライトニング」として戦い続けてきた彼は。

 人々を救う、という自身の願いに。ようやく、沿うことが出来たのである。


 ――自身が願い続けた未来を。ようやく、作れたのである。

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