きつね君の嬉し涙

花岡 柊

きつね君の嬉し涙

 とある森のおくに、たくさんの動物たちが住んでいました。うさぎちゃんにたぬき君。ことりさんにクマさん。リスさんやふくろう君もいます。森の住人たちはなかよしで、ひらけた場所にある大きな大きな木の切り株をテーブルに、みんなでご飯を食べたり、お話をしたり、おやつの木の実を食べたりしていました。

 仲よしの動物たちでしたが、ある一匹だけがいつもみんなにイタズラをして困らせます。それがきつね君でした。

 きつね君はイタズラが大好きで、みんながくやしがったり、怒ったりしているのを見てよろこんでいるのです。

 ある日、うさぎちゃんが花かんむりを作ろうとお花畑に出かけると、さきまわりをしたきつね君が道のとちゅうに穴をほりました。それは、白くて小さなうさぎちゃんが、すっぽりとおさまってしまうほどの穴でした。

「うさぎちゃん、どこへいくの?」

 ピョンピョンとはずむ足どりのうさぎちゃんに、そ知らぬ顔のきつね君がたずねました。

「お花畑にいって、お花をつむのよ。かわいい花かんむりを作るの」

 これから作る花かんむりを想像したのか、うさぎちゃんはうっとりとしたかおをしています。

「いってらっしゃい」

 きつね君は、この先にほった穴のことを思うと顔がニヤニヤしてしまいそうでしたが、なにごともないかのように手をふりうさぎちゃんのせなかを見おくりました。

 ピョンッ ビョンッ ピョンッ

「きゃーーーっ」

 大きなひめいとともに、道をはねていたうさぎちゃんの姿が一瞬で消えてしまいました。そのしゅんかんをこっそり見ていたきつね君は、おかしくてたまりません。穴に落っこちたうさぎちゃんを上からのぞき見て、声を上げながら笑っています。

「わーい。うさぎちゃんがおっこちたー」

「もぉっ。きつね君、ひどいよっ」

 穴の中からうさぎちゃんが怒っても、きつね君はおかしそうに声を上げるばかりです。

 つぎは、リスさんです。朝からいっしょうけんめいに集めた木の実を、大きな葉のかげにかくしていたのですが、それをうかがい見ていたきつね君は、リスさんが木の実を探しにそこをはなれると、集めた木の実をそこいら中にばらまいてしまいまし。

 もどったリスさんは、あたりいちめんにばらまかれた木の実を見てガックリです。

「だれだい、こんなひどいことをしたのはっ」

 リスさんが怒ってじだんだをふんでいると、木のかげからきつね君があらわれてクスクスと笑いました。

「きつね君のしわざなのかい。せっかく集めてかくしておいたのに、ひどいじゃないかっ」

 リスさんがプンプンに怒っても、きつね君はおかしそうにするばかりです。

 きつね君はそのあとも、とうみんから目ざめたばかりのクマさんのねぐらを土でふさいでしまったり、ふくろう君が気いってとまっている枝を折ってしまったり、たぬき君が集めた葉っぱをビリビリにやぶいたりしていました。しまいにはことりさんの巣づくりをじゃまして、集めた小枝の巣をバラバラにしてしまったこともありました。

「あれはやりすぎだよ。ぼくがいつも止まっている枝を知ってて折るなんて」

「ぼくなんて、ねぐらをふさがれてしまったんだよ。掘り返すのにひとくろうだよ」

「きれいなままの葉っぱはなかなか見つけられないというのに、あんなふうにやぶいちゃうなんてイジワルすぎるよ」

「たまごをうむじゅんびができないよ」

 森の仲間たちは、口々にいって怒りました。それでもきつね君は、「だって、楽しいんだもん」とまったくイタズラをやめません。

 森のみんなはあきれるやら、怒るやら。

 ある日のこと。きつね君が切り株のある広場にやってくると、いつもは集まっているはずの動物たちの姿がありません。

「おーい」

 声をかけても返事もないのです。広場から少しはなれたさきの野いちご畑にも、少し小高くなった丘の上にも、小川のそばにもだれの姿もないのです。これではイタズラもできません。

「なんだい。つまんないのっ」

 きつね君は、一人とぼとぼと切り株のある広場にもどってきました。

 そこには、いつもならうさぎちゃんやリスさん。クマさんだってたぬき君だっています。近くの木の枝には、ことりさんたちがとまって歌を歌っているし、ふくろう君はいねむりをしているはずなのです。

 なのに、今日の広場はとてもしずかです。切り株のテーブルには、どんぐりひとつのっていません。

 きつね君は、誰もいないしずかな広場で、だんだんと心ぼそくなっていきました。

 ぼくがイタズラをしすぎたから、みんなイヤになっちゃったのかな。やめてっていってたのに面白がったから、どこかべつの森にみんなでひっこしてしまったのかな。ことりさんもふくろう君も、怒ってどこかとおくの森へとんでいっちゃったのかな。

 きつね君一人をこの広い森において、みんながいなくなってしまったと思うとかなしくてなりませんでした。

 きつね君はしっぽを力なくたれ下げて、ぽろぽろと涙をこぼしながら一人巣穴に帰りました。

 その夜は満月で、とてもしずかな夜となりました。

 みんなのいなくなってしまった森はさみしくて、しずかすぎて、きつね君の涙は止まりません。

 涙はぽろぽろと、次から次へとあふれてきます。

「ごめんよ、みんな……。ごめんよ……。帰って来てよ……」

 きつね君が元気をなくし、泣きつかれ、巣穴でおとなしく目をつぶっていると、コンコンと近くの木が音を立てました。

 風かな?

 だれもいなくなってしまった森ですから、たずねてくる人などいないと、きつね君はしっぽをクルンとまるめ、小さくなってまた目をとじました。

 すると、またコンコンと音がしました。

 だれかいるの?

 耳をピンッと立て小さくしていた体をのばし、丸めたしっぽをフルッとふると、きつね君は巣穴からたち上がりました。

 そおっと足音をしのばせて外のようすをうかがってみると、なんと月明かりの下に森のみんなのすがたがありました。

「うさぎちゃん。リスさん、ことりさん」

 きつね君は、とてもおどろきました。すると、かげからひょこっとクマさんも顔を出し、たぬき君も丸々としたしっぽをふってあらわれ、木の枝にとまったふくろう君は、ホウホウとおだやかになきました。

「みんなぼくに怒って、どこかへいってしまったのかと思ったよ」

 きつね君はみんなの姿があることに安心して、またぽろぽろと涙をながしました。

「かなしいかい、きつね君。ぼくたちも、きつね君のいたずらに、みんなかなしい思いをしたんだよ」

 だいひょうするように、クマさんがいいました。

「きつね君。きみのイタズラは、みんなをとても悲しませたんだよ」

 リスさんが目をうるませうったえました。

 森のみんなはきつね君を怒りながらも、それぞれに悲しいかおをしています。

「今きみがながしている涙とおなじくらい、みんなも悲しい思いをしたんだ。わかってくれるかい?」

 たぬき君にいわれてきつね君は、「ごめんなさい」となんどもみんなにあやまりました。

 それから涙にぬれた顔を上げると、さっきまで悲しそうだった森のみんながニコニコとほほえんでいました。

「……どうしたの?」

 みんながどうして笑顔なのかわからずにいると、ことりさんがきつね君のかたにのっていいました。

「きつね君。こっちへおいでよ」

「こっち、こっち」と、うさぎさんがはしゃぐようにきつね君の手をひきました。

 とまどうきつね君をみんなでさそい、「いいから、いいから、こっちへおいでよ」とつれていきます。

 みんなにつれられてむかったのは、あの大きな大きな切り株のある広場でした。そして、おどろくことに、ひるまはドングリ一つのっていなかった切り株のテーブルに、たくさんの食べものがのっているのです。まるで何日ぶんもの食べ物が、いっきに集まったくらいのりょうでした。

 クマさんつかまえてきた、たくさんのおさかな。

 リスさんがさがしてきた、木の実たち。

 うさぎちゃんが見つけてきた、たっぷりの野いちごの実。

 ことりさんがつんできた、花のみつ。

 たぬきさんが集めてきた、りんごやみかん。

 ちかくの木々には、お花畑に咲いていたきいろやしろのフリージア。うすももいろのストックがかざられています。

「どうしたのこれ?」

 きつね君は、はなやかになった切り株の広場におどろき、目をかがやかせました。まるでパーティみたいです。

 きつね君がおどろいていると、うさぎちゃんがかけ声をかけました。

「せーのっ」

「きつね君、おたんじょうび、おめでとう!」

 森のみんなが声をあわせて、きつね君においわいの言葉をプレゼントしました。

 きつね君は、とてもおどろきました。こんなにうれしいことがあるでしょうか。あんなにイタズラばかりしてきたきつね君のたんじょうびを、みんなが笑顔でいわってくれるのです。

「ありがとう、みんな。ありがとう」

 こんどは、うれし涙をぽろぽろとながすきつね君です。

 イタズラばかりしていたきつね君に、森のみんなはとてもやさしくしてくれます。

「どうしてこんなにやさしいの?」

 うれし涙を流しながらきつね君がたずねると、ふくろう君がおだやかにこたえてくれました。

「いのちがうまれた日は、とてもすてきでしあわせな日なんだよ。きつね君のいのちには、しあわせがいっぱいつまっているんだ。だから、きつね君のうまれたしあわせな今日を、おめでとうっていわうのさ」

 森のみんなのやさしさにふれて、きつね君のうれし涙はとまりません。

 パーティーのあいだじゅう、森のみんなからつぎつぎに「おめでとう」の言葉をもらい、きつね君はしあわせでなりませんでした。

 きつね君のおたんじょうび会は、春のにおいのする月明かりの下。みんなの広場で、あかるくたのしくつづきました。

 その夜、きつね君はたくさん笑いました。森のみんなも、たくさん笑いました。

 それはイタズラをした時の笑顔とはまったくちがい、とても気持ちのいい笑顔でした。

 この日から、きつね君はイタズラをしなくなりました。みんなで仲よく笑いあうほうが、ずっとたのしくてしあわせだと知ったからです。


おしまい


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