ラスト・クエスチョン

庵字

ラスト・クエスチョン

「次が十問目、本日の最終問題です。これまで王者チャンピオンは全問正解。対する挑戦者チャレンジャーは一問だけ外しています。ということは、王者が不正解で挑戦者が正解なら、サドンデスに突入いたします。……では、問題です。じっくりお聞き下さい」


 司会者の言葉が終わると、


「地球が存在する天の川銀河の中心部は、黄道十二星座のどれに属するでしょう。A:牡牛座、B:双子座、C:射手座、D:水瓶座」


 セットから離れたマイクブースにいる、女性アナウンサーによる問題読み上げ音声が続いた。

 司会者は王者と挑戦者、二人の解答者を向く。解答席の手元には、AからDに対応した四つのボタンが設置されている。ボタンの横には仕切り板が立てられているため、両者とも互いがどのボタンを押したかを覗き見ることは出来ない。


「王者が解答しました」


 司会者が言った。問題読み上げが終わってすぐのことだった。司会者席からは、両解答者がボタンを押したことと、その解答までが分かる。だが、まだ解答席前のパネルには、王者が選んだ選択肢は表示されていない。解答者が選んだ選択肢を開示するタイミングは、全て司会者に一任されているためだ。それから数秒遅れること、


「挑戦者もボタンを押しました。では、まず挑戦者から」


 司会者の宣言で、挑戦者のパネルに『A』が表示された。それを見た王者は、にやりとほくそ笑む。それを見逃さなかった司会者は、


「おっと、ここで王者に不敵な笑みが生まれました。では、その王者の解答を開けます」


 王者側のパネルには『C』が表示された。


「両者、解答が分かれました。ここで勝負が決するのか。さあ、正解は……」司会者はたっぷりと溜めを作り、「……『C』!」


 その瞬間、王者は拳を握り、挑戦者は項垂れ、観客席からは歓声と拍手が巻き起こった。


「おめでとうございます! 王者、渋森しぶもりべん、二週勝ち抜き! なんと、これで先週も含めて全問正解です! 番組始まって以来、こんなことは初めてだ!」


 スタジオ内にファンファーレが響く中、司会者と王者ががっしりと握手する様子を、カメラの死角から黙って見つめている二人がいた。


「どう思う?」

「凄いですね。僕なんて、全問題の半分も分かりませんでしたよ。でも警部、どうして突然、テレビ番組の見学に誘ってくれたんですか?」

「あの王者だがな……不正を働いている可能性がある」

「えっ?」


 探偵は改めて、手を振って歓声に応える王者、渋森を見つめた。


「この番組のプロデューサーが俺の大学の同期でな。先日相談されたんだ」

「証拠はあるんですか?」

「あったら、わざわざ君を連れてこないよ。どう考えてもおかしいのは確かだ。君も見ただろう。やっこさん、顔色ひとつ変えず、全問題に即答、正解している。問題のジャンル問わずだ」

「とんでもない物知りというだけなのでは?」

「あの渋森という男、元々は将来を期待されたピアニストだったそうなんだが、酒で身を持ち崩してな、千万単位の借金がある。で、借り主に『近いうちに大金を手に出来るから』と吹いて回っていたそうなんだ。それが、この番組に出演が決まった直後のことだった」

「賞金を得る確証があったから、ということですか? でも、どうやって?」

「あの司会者、渋森とは高校時代の同級生なんだ」

「司会者が何かしらの合図を送っているということですか?」

「もし不正を働くとしたら、それしか考えられん。解答者が問題を事前に入手することは絶対に不可能だからな。司会者にしても、その回の問題を手に出来るのは番組収録の直前だ。解答者が正解を知るとなれば、番組の収録が始まったのち、司会者から合図をもらう以外にない。だが、その手段が分からない」

「それを僕に暴けと」

「そういうことだ。どうだ? 見ていて何か怪しいところはなかったか?」

「いえ……別に」

「この番組は、獲得した賞金をすぐに受け取らず、次週に持ち越すことが出来る」

「らしいですね。そうして次週も勝ち抜いたら、さらに賞金が倍になるそうで」

「奴は間違いなく持ち越すだろう。そうして次週も勝ち抜いたら、賞金はなんと、三千万だ。借金を返してもまだお釣りが来る」


 警部の言葉どおり、王者は賞金の持ち越しを宣言し、観客からいっそうの拍手をもらっていた。


「来週の収録までに何とかしてほしい」

「うーん……そう言われましても……」探偵は頭を掻いて、「とりあえず、録画した番組を何度も見返してみますよ」



 そして、次の収録日がやってきた。


「どうだ? 君のことだから、トリックを見破ってくれたんだろ?」

「まあ、見ていて下さい」


 番組のスタジオ隅で、探偵は余裕ある表情で警部に向け片目をつむった。

 司会者に続き、解答席に新たな挑戦者と、王者、渋森が登場。三人がルールを確認し終えると、


「では、本日最初の問題……」

「短編小説の名手として知られるサキの本名は次のうちどれでしょう。A:ヘクター・ヒュー・マンロー、B:、マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー、C:フィリス・ドロシー・ジェイムズ、D:ウィリアム・シドニー・ポーター」


 問題が読み上げられた、が、


「どうしたことでしょう、王者、いつものように即答しておりません。おっと、先にボタンを押したのは挑戦者のほうだ」


 司会者の言葉が異変を伝えていた。王者は顔を青くして、明らかな動揺を見せており、その震える指がようやくボタンを押下したのは、制限時間直前のことだった。


「両者同時に開けます。挑戦者は『A』、王者は『D』……正解は……『A』!」


 場内は大きなどよめきに包まれた。「おお!」と声を発したのは警部も同じだった。


「おい! どういうことだ?」

「なに、王者が受けるはずだった〈合図〉を封じたまでのことですよ」

「やっぱり何かの合図が送られていたんだな? しかし、俺にはいつもと何も変わらないように見えたが……」

「ええ、僕もです」

「はあ?」

「ああ、いえ」と探偵は笑みを浮かべると、「警部、もし、この事件が〈小説に書かれたもの〉であったら、きっと読者は誰ひとりトリックを見破ることは出来なかったでしょうね」

「何を言ってるんだ?」

「『見破る』という表現自体、変なんですけれどね」

「何が何やら……」


 二人がそうこうしている間にも、司会者と解答者とのトークを交えつつ番組は進んでいく。そのトークパートでも、王者の口からはいつもの切れの良いコメントは全く飛び出さず、その挙動不審振りを司会者にからかわれていた。


「三問目、いきましょう。こちら……」

「元ブラジル代表サッカー選手ロナウドのあだ名〈フェノメノ〉とは、ポルトガル語で何という意味でしょう。A:芸術家、B:怪物、C:魔法使い、D:将軍」


 女性アナウンサーによる問題の読み上げが終わり、司会者が、


「……解答が出そろいました。さあ、同時に開けましょう。挑戦者『B』、王者『C』……正解は……『B』! 挑戦者、三問連続正解! 対して王者は、何と三問連続不正解! これはいったいどうしたというのか?」


「おい!」警部は探偵を見て、「どういうからくりなんだ?」

「確かに、王者には正解を教える合図が送られていました。でもですね、その合図を送っていたのは、司会者じゃなかったんです」

「なに?」

「問題とその正解を知り得る立場にいたのが、司会者の他にもうひとりいます」

「誰だ?」

「問題を読み上げるアナウンサーですよ。共犯者は彼女だったんです」

「なんだって?」

「王者の渋森は〈絶対音感〉の持ち主なんです。耳にした音の音高おんこうを正確に言い当てることが出来るという、極めて特殊な能力です。警部もご存じかと思いますが」

「ああ、聞いたことはある。だが、それで、どうやって正解の合図を送っていたというんだ?」

「アナウンサーの問題読み上げが鍵だったんです。彼女は正解の選択肢に当てはまる音高で、問題文の一番最初の音を読み上げていたんです。使われる音高は、ド、レ、ラ、シ、の四種類です。王者は、それを聞き分けるだけでよかったんです」

「まだ、よく分からんが……」

「警部、よく言う『ドレミファソラシ』の各音階は、アルファベットに言い換えることが出来るんです。『固定ド』というそうなんですが、それによると、『ドレミファソラシ』は、こうなります『CDEFGAB』つまり、アナウンサーが問題文の最初の音を『ド』で発声したら、その問題の正解は『C』ということになるんです。同じく『ラ』なら『A』という具合にね。この番組の問題読み上げを担当しているアナウンサーも音大の声楽学科を出ているそうです。正確な音高の発声もお手のものというわけです。現王者の渋森とも面識があるみたいですよ。まあ、今現在、彼女は警察に出頭してもらっているので、今日だけは声のよく似た別のアナウンサーの方に交代しています。そのことを知っているのは、僕の他にはプロデューサーだけですけれどね。――おっ、六問目が始まりますよ。これまで挑戦者は五問中四問の正解。対して王者は全問不正解ですから、ここで挑戦者が正解して王者が不正解なら、その時点で勝負は決してしまいますね」


 探偵と警部は収録の様子に目を戻す。


「では、運命を決める第六問は……こちら」

「警察が使う隠語で、『ロク』とは何を表しているでしょうか。A:詐欺事件、B:死体、C:暴力団員、D:容疑者」

「……両者、解答が出そろいました。同時に開けます……挑戦者『B』、王者『A』……正解は……『B』! この時点で新王者誕生です! 現王者渋森は、賞金の全額を失ってしまいました!」


 その瞬間、渋森は絶望の淵に落ちたかのように、解答席にがくりと沈み込んだ。


「正解が『A』だったら劇的な展開だったんですけどね。ところで警部、どうして死体のことを『ロク』って言うんです?」

「『南無阿弥陀仏』が六文字だから、だそうだ」

「勉強になります」探偵はこうべれてから、「では、玉座から陥落した王者にも、警察にご同行願うことにしましょうか」

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