二つの世界

田中貴美

第1話 二つの世界

 ここはこの世の楽園の世界、暖かい太陽の日差し、緑は繁り、小鳥は歌い、人々は笑顔を浮かべて暮らしている。

 突然、ある物体が何もない場所に出現した。中からは頭全体をおおったマスク、全身にも防護服をまとった奇妙な二つの人型のものがある物体から出てきた。

「ここが、私たちを救う世界なのか」頭全体におおったマスクに内蔵された通信機から男の声で相手に声をかけた。

「本当よ。私の計算は完璧にあっているはずよ。そのために私たちは選ばれて生まれたときから特殊教育を受けて、この機械に乗り込めるように訓練されたのだから。それにしても放射能で汚染された私たちの世界とはえらい違いだわ。それにここでは汚染値の数値が0になっているの。見てあの緑を、博物館で永遠に冷凍保管されて、よほどの許可申請をしないと見れないはずの植物が本来の姿を取り戻しているわ。ところで息はできるのかしら」男の声に反応して、頭全体におおったマスクに内臓された通信機から女の声で答えが返ってきた。

「おまえたちが来るのを長い間わしは待っていた」二つの人型の前に一人の老人が、ここにある物体が現れるのを知っていたかのように立っていた。

 二つの人型のものは突然現れた老人に狼狽したような様子を見せた。

 「怖がらなくてよい。おまえたちがここに来るのは以前から予言されておった。そんな邪魔なものは取り去ったほうがいいぞ。ここは健康にはまったく害のない安全な世界だ」

 二つの人型のものはお互い内臓された通信機で盛んに話しあい、やがて恐る恐る頭全体をおおったマスクと、全身に防護服をまとったものを脱ぎ捨てた。

 中からはあらゆる装飾品を排除されて非常にシンプルな人工的なものを着た二人の男女が現れた。

 身体を守るすべてのものを取り去った二人は生まれて始めて自然の息吹に感動した。日頃している性行為など問題にならないものだった。今まで感じたことのない充実感を得た。はじめて嗅いだ自然本来の甘い空気に酔いしれた。激しい快感に酔いしれ、心は激しく乱れたままこのままじゃ狂うのじゃないかと思いにとらわれた。しかし表面上は二人は長い間立ったままだった。長い間老人は文句を言わず待っていた。

 だけど二人は特殊教育を受けた効果の一つ感情の乱れも落ち着かす方法も学んでいた。その能力を使ってなんとか感情の乱れも治まった。二人は落ち着いて改めて老人を見た。老人は威厳を持って立っていた。だけども老人は二人の様子を見て、微笑みを浮かべていた。

「あなたは誰ですか」男は目の前の老人に不安そうに聞いた。

「わしはこの世界の代理人じゃ。ここの世界は始めてだろう。案内人がいなければおまえたち二人が困るだろう。私が案内人になってやろう」代理人の老人は威厳を持たせつつ二人に不安を持たせないように優しく笑って答えていた。

 その後二人はそこで働いている人々に出会った。人々は汗を流し、汗は太陽の光を浴びてきらきら光っていた。人々は代理人の老人とこの世界の人とはまったく違う衣装をまとった二人の姿に関係なく、みんな同じような反応をした。人々は忙しそうに枯れた茶色の植物らしい何かを刃物らしいもので根元から切っていた手を休め、かがめていた姿勢から立ち上がった。そして以前から決められていたようにみんな笑顔で出迎えた。

 人々はみんな競いあうように自分たちの家に招き入れようとした。老人は一組の夫婦を指差した。一組の夫婦は神から選ばれた者のようにあふれんばかりの笑顔を作った。夫婦は、自分たちの家に丁重に二人をもてなした。

 代理人の老人と夫婦が家屋の奥に引っ込んでから二人はお互いにこの世界の感想を言い合った。

 「ここはいいところだわ。放射能に包まれた地獄のような世界とは大違いだし、それに人々の態度も素朴で優しそうだわ。ここにずっと住みたい気持ちになってきたわ」

 「おいおい忘れてもらっては困る。私たちがここに来た本来の目的は死にかけている地球のために、この世界をたずね、地球を救う方法を教わるためにきたのだぞ」

「しかしこの世界があってよかったわ。私たちの世界がこのまま続くと草木も生えない放射能で汚染された地獄のような死んだ星になっているかと思ったの」

「この世界があるということは私たちの世界も助かるということだな」

 奥から代理人の老人と夫婦が出てきた。二人は会話をやめた。

 夫婦はなにやら得体の知れないものを二人の前にいくつか運び込んで出してきた。

 最初に何かを加工されたらしい白い無数の汚らしいつぶつぶが白い容器に入って出てきた。それには熱でも加えられたのか少しそれから白い煙が出ていた。それが何かわからなかった。次に加工された薄茶色のどろどろになった汚らしい液体が茶色い容器に入って出てきた。それにも熱が加えられたのか少し煙が出ていた。それも何かわからなかった。最後になんとか植物とわかるが、深い緑色の汚らしいものが白い容器に入って出てきた。それには熱が加えられていないらしく白い煙はまったく出ていなかった。それが何もわからなかった。黒い液体に透明の容器に入った汚らしいものが出てきた。その液体の出入り口は非常に小さいもので白い煙がでいているのかさえわからなかった。それも何かわからなかった。そして最後に更にわからないものが出てきた。なんと小さな白い容器に何も入っていないものまで出てきた。二人の世界では何かを入れるのに容器は必要だから、何も入れていない容器を出すには無駄としか思えない非常識そのものだった。出てきたものすべてが二人にはそれがなにかまったくわからなった。

 しばらくの間二人はそれらを前にして黙って眺めていた。

 「大丈夫だ。そのまま食べても何も起こらん」二人の様子を見ていた代理人の老人は笑顔で戸惑う二人に保障した。

 「これは食べられるものなのですか」二人はびっくりし、汚物を見るようにそれらを見た。

 二人は今まで人工的に作られたタブレットしか栄養を取ったことがなかったので、この世界でこれが食べ物とは思いもつかなかった。それにこれらをどんな食べ方をしたらいいのかすらわからなかった。

 二人は目の前に博物館でしか見たことのない貴重品の木材らしいものを見た。それも細くて長い二本の木材が置かれていた。どうやらこれを使って食べるのだろうと二人は思った。

 だが二人は二本の木材を見たものの手にとったもののどう扱えばいいかまったくわからなかった。

 それを見た代理人の老人は夫婦に二人に食べる方法を教えろと威厳を持って命令した。

 夫婦は労を惜しまず一生懸命二人に二本の木材で食物を食べる方法を教えた。

 二人は夫婦に教えられたとおりに貴重品を壊さないように注意深く手に握った。二人はぎこちない持ち方で二本の木材を手で目の前の食べ物を長い間掴もうと苦労したあげく、ようやく白いつぶつぶの一つ取り出すことに成功した。

 男は二つの木材を使って取り出すことに成功した食べ物と言われる物を、目的の物を受け取るとるために糞便を食べるつもりで我慢して精一杯の勇気をふりしぼって口に入れた。

 そのとたん、今まで食べたことのない自然のありのままの食べ物の味に全身が金縛りになるほど驚いた。

 その後二人は二本の木材を使い苦労しながらも自然のありのままの食物を長い時間をかけて全身が幸福に酔いしれ感動して食べ続けた。最後には二人は何も入っていない小さな白い容器のわけを理解した。なんと黒い液体が入った透明の容器から白い容器に注ぎ込み、それを深い緑色の植物らしいものにつけるのだ。何も入っていない小さな容器も非常識だったが、その容器から食べる深い緑色の植物の食べ方も、二つの食べ物を組み合わせるなど贅沢極まりない。二人の世界には非常識そのものだった。

 夫婦は神託を待つ信者のように長い時間何もせず二人を見つ続けた。

 「どれもこれも私の世界では非常識な食べ物ばかりだ。こんな食べ物は今まで食べた経験がない。それこそ神しか食べられないほど素晴らしいものばかりだった」この世界でいう食べ物を食べ終えた男は感情を抑えきれず大きな声で叫んだ。

 夫婦はその言葉を聞いて栄光に包まれたかのように笑みを浮かべて喜んだ。

 二人は代理人の老人に連れられて夫婦の家を後にした。二人は立ち去る前に今まで食べたことのない素晴らしい食べ物を与えてくれた夫婦に非常に丁寧にお礼を言った。夫婦は戸惑ったような笑顔で二人の言葉を受け入れた。代理人の老人と二人の姿が見えなくなるまで夫婦は玄関の前で動くこともせず立ちすんで見ていた。

 代理人と二人は長い道を歩き始めた。代理人の老人と二人の姿を見ると人々は枯れたような茶色い植物の刃物らしいもので根元を切る作業をやめて、かがみ込んだ体勢から立ち上がり、人々は笑顔を向けた。そして代理人の老人と二人の姿が見えなくまで人々は動くこともせず立ちすんで見ていた。

 やがて、灰色の四角い巨大な建物が二人の前に見えてきた。

 二人は代理人の老人の後について歩いてきていた。それは長い回廊で奇妙に入り乱れ、さながら永遠に続く迷宮のように二人は思えた。この目の前の代理人の老人が案内がなければ死ぬまでこの迷宮から出られないような気がした。だけど、代理人の老人は生まれたときなら訓練されたかのように迷うことなく迷宮の道を抜けていく。

 やがて、一つの部屋に代理人の老人と二人は辿りついた。

 そこの部屋の中央に黄金に輝く巨大なコンピューターが置かれていた。

 「これは、おまえたちにもわかるだろう。コンピューターというものじゃ。おまえたちをここに呼び寄せたのもコンピュータの力だ」代理人の老人は言った。

 「わしらの今はおまえたち二人にかかっておる。この設計図通りに作れば、放射能の除去方法や、滅びかけている植物や動物の再生の仕方も、おまえたちの世界で作られたこのコンピュータがすべて教えてくれるじゃろう」代理人の老人は言った。

 そして帰りも代理人の老人の案内でこの灰色の四角い巨大な建物から出た。そしてまた代理人の老人の案内で二人は元の道を同じ経路で帰って行った。男はある物質に乗り込む直前、老人から一本の容器を渡された。二人はそれより遙か昔のことは知らなかったが、21世紀の人がもしいれば蚊取りスプレーと間違えたに違いない。 

 二人は設計図と動植物の種や細胞を持って、自分たちが乗ってきたある物体の中に入っていった。男は老人から渡された容器から上のぼたんを押すと一斉に空気が圧縮されて、容器の成分がすべて出た。その後女は計器を見て、放射能の汚染値の数値が0と言った。そうして二人は自分たちの住む世界に帰って行った。

 ある物体がこの世界から消えたのを見届けた後、代理人の老人はすべての役目が終わったように長いため息をついた。

 

 「どうしてあの世界では代理人をのぞいて子供と老人の姿を見かねなかったのでしょう?」時間旅行中、ある物体の中で行きかけと違って帰りは身軽になった女が、手を盛んに動かして機械を操作中に、不思議そうに聞いた。

 「なあにそりゃあれだけ、幸せな世界だ。きっと子供や老人は更に快適な場所で暮らしているのだろう」男も女と同じように手を盛んに機械を操作しながら答えた。

 その後二人は互い無邪気に笑いあった。

 

 しばらくして老人は黄金に輝く巨大なコンピュータの前に立っていた。二人の男女の前にみせつけた威厳の仮面をはぎとり、無力そのものの老人の姿になっていた。そしてうやうやしく足を折り敬虔な信者のように祈るようにひざまついた。

「先ほどは貴方様のことをコンピュータと蔑んだ言葉を使い、私は永遠の罪人になる覚悟はできております」老人はすべての罪を償う罪人のようにコンピューターの前で謝罪した。

「気にすることはない。私のしもべよ。あれは一種の俗語にすぎん……それより過去の世界では老人が尊敬されていたらしい。そこでそなたの存在が必要だった。あの二人が帰った後はそなたの務めはもはやすんだ。これからそなたは安らかな長い眠りに落ち、また私のしもべとなり復活の時を待て」

 「ああ、偉大なる神よ。罪深い私のすべてを許してくれるのですね」老人は大粒の涙を大量に流して、神からすべての罪が許されたことを知った。

 老人はこの世界の決まりどおり、迷宮の回廊を抜けて、ある部屋に入り自ら進んでガラスの容器に入っていった。

「ああ、ようやくわたしも・・・」老人は恍惚におびた表情でそうつぶやくと全身にまぶしい光におおわれ身体中の細胞が分解されていった。かつて老人だったものはすべてあるチューブの中に流れ込まれていった。そのチューブの先には巨大な培養液があり、培養液の中から無数のチューブがはりめぐされて、その先には無数のガラスの容器があり、その中で羊水に似た液体の中で無数の子供たちが神に包まれたような安らかで幸福に満ちた顔で大人になって目覚めるまで眠り続けていた。

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