目覚めのKiss
100年の眠りから最悪な気分で目覚めたぼくだったが、最新技術の治療を受けて気分はともかく、体だけは健康を取り戻した。
メリーという名の担当者が100年前に言ったとおり、眠りの森商会のサポートは財産の管理や運用も完璧だった。眠りに
新しい担当者の名はウェザーといい、100年前の担当者と顔も体つきも双子のようにそっくりだった。ぼくはあえてたずねはしなかったが、彼女たちはアンドロイドだったのかもしれない。
アンドロイドやロボットを軽んじ偏見を持つ人間はどの時代にもいたが、オーロラのおかげで、ぼくは彼らも大切な仲間だと思っている。
未来社会への適応訓練と試験も合格し、ぼくは晴れて自分の家に戻ることができた。
外の風景や人々は変わってしまったが、家の中だけは100年前と同じだった。
そして、オーロラも、ぼくが留守の間いつもそうしていたように、リビングのソファーの上で横たわっていた。
ぼくは、ウェザーという名の彼女にお礼を言った。
オーロラを廃棄処分にして、新しい猫型ロボットを用意していなかったことは、最大の幸運だった。
そういうことは、よくあるらしい。きっと、昔のものを捨て新しいものに買い換えておくことで、気を利かせたつもりなのだろう。
聞けば、最初のメリーという担当者がオーロラの廃棄を反対し、クラウドサービスが終了した時は今のウェザーが反対をしてくれたらしい。
やはり、彼女たちはアンドロイドで、オーロラのことを理解してくれていたんだろう。ぼくは、そんな気がしてならなかった。
ウェザーが帰ると、ぼくはソファーに座り動かないオーロラの体をそっと撫でた。ふわふわの手触りは100年前と変わらず、少しも劣化していなかった。
ぼくは立ち上がり、隣の部屋に10歳の誕生日にプレゼントされた工具箱を取りに行った。これは父と母からのぼくへの最後の贈り物だった。ぼくの誕生日の一週間後、父と母は
父と母の死を知らされた時、ぼくは大きくなったら技術者になって事故を起こさない安全な宇宙船を作ろうと、心に固く誓った。
そして、おとなになるにつれ、悲しむ子どものために、花や小鳥や犬や猫の他にも、ロボットの友だちも加わるようにしたいと願うようになった。
人間の友だちには見せられない弱さ、口に出せない苦しみや寂しさを、それらの友だちはみんな受け止めてくれるんだ。
だけど、悲しみにくれる10歳の子どもには、生きた小鳥や犬や猫の世話は難しい。
少なくとも、あの時のぼくには、無理だった。オーロラが、もし生きた猫だったら、ぼくは世話をしきれず、彼女を死なせてしまっていただろう。
おとなになっていてさえ、冷凍睡眠や未来での治療や生活の不安で、ぼくはオーロラの不調に気付かなかったんだから。
ぼくは工具箱をオーロラの横に置いた。オーロラのメンテナンスに必要なものは、すべてこの中に揃えてある。今の技術者では、これを見ても何のチップか、どこの部品なのかわからないものばかりだ。100年前でさえそうだったんだ。
ぼくは、この100年後の世界で、消えた過去の技術の復活と継承の仕事をするつもりでいる。過去の技術が、必ずしも、今の技術より劣っているわけでないのだから。
ウェザーは、ぼくが治療を受けるために入院していた時、最新型だという猫型ロボットを何体も持ってきてくれた。
確かに、よくできていた。しかし、あまりにも完成されすぎていて、子どもたちのたわいもない空想や想像の入る余地がない。しばらくの間は興味を引いても、完璧すぎて子どもはすぐに飽きてしまう。それに複雑な仕組みゆえ壊れやすく、いったん不調が起こったら、簡単には修理が利かない。
オーロラのちょっとした不調なら、ぼくは10歳の時から直すことができた。オーロラはいわば、ぼくの教師でもあったんだ。ぼくはオーロラの仕組みから、最初の機械工学を学んだ。もちろん今のぼくなら、オーロラの部品を全て一から作ることができる。
30分後に、オーロラの瞳に、100年ぶりに光が灯った。
ぼくは、オーロラの額にキスをして言った。「ただいま、オーロラ。お留守番、ありがとう」と。
眠れる森の猫 水玉猫 @mizutamaneko
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