眠り猫

 こんなはずじゃない。

 こんなことが、あるわけはない。

 わたしは、オーロラ。猫の形をしたロボット。

 

 文明が滅んで人間がいなくなった地球に、他の銀河からやってきた宇宙船を出迎えるのは、ロボットじゃないの?

 遭難そうなんした宇宙船で人間の乗組員が死に絶えても、アンドロイドやロボットは生き残っているものじゃないの?


 彼の好きなSF映画は、みんなそうだった。

 わたしは、いつも彼のひざの上でいっしょに見ていたんだから。


 わたしは彼の5歳の時の誕生日プレゼントだったから、もう、30年も彼といっしょに暮らしている。いや、いただ。

 わたしの外見は少しも変わらなかったけれど、幼児だった彼はだんだん大きくなって、少年になり青年になった。

 わたしは、いつも、彼といっしょだった。

 彼の両親が惑星間定期宇宙船インタプラネタリスペースライナーの突然の事故で亡くなってしまった時も、28歳で彼が結婚して2年後に離婚した時も、わたしは彼に寄り添っていた。

 悲しい時も苦しい時も、もちろん楽しい時もうれしい時も、わたしはいつも彼といっしょにいた。

 

 でも、彼は不治の病に侵されてしまった。それで、治療法が確立されるまで冷凍睡眠コールドスリープに入ることになったんだ。


 当然、わたしは冷凍睡眠から目覚めた彼を出迎えるつもりでいた。わたしは猫型ロボットなんだもの。100年先だって、200年先だって、出迎えることができると信じていた。


 彼の病が発覚してから、実をいえば、わたしも不調極まりなかった。突然、電源が切れたり入ったりするようになったんだ。そして、徐々に電源が切れた時間が長くなっていった。

 いつもなら、メンテナンスランプにすぐに気付いてくれる彼も、冷凍睡眠前の検査や準備で、わたしに構っている心の余裕はないようだった。

 彼が眠りにつくのを見届けてから、わたしは眠りの森商会でメンテナンスを受けることになった。彼が眠っている間のことを、ちゃんと頼んでおいてくれたのだ。だから、わたしは安心していた。


 でも、でも!

 作業台の上で、わたしが聞いたのは信じられない言葉だった。


「なんだって、30年前の猫型ロボットのおもちゃ!? どこのメーカー? ああ、4年前に倒産したところか。倒産していなくたって、とっくの昔に製造中止だろ。部品なんて、どこを探したってあるわけないじゃないか。10年前だって、部品が残っていたかあやしいもんだ。今の世の中、おもちゃは使い捨てが常識なんだ。修繕できるのは、せいぜい1年か3年、長くて5年ってとこだぜ。冷凍睡眠の客の持ち物だって? それなら、目が覚めたら、新しいロボットを買うようにすすめるんだね。今でさえも、こんな旧式のガラクタより、ずっとマシなものが次々に発売されているんだ。100年後なら、はるかに性能がいい新製品が並んでいるだろうしさ。それかオプション付きなら、このガラクタを廃棄して、未来のピカピカの新製品で出迎えてやるんだね。その方が未来に来たって実感できて、客も喜ぶというもんだ」


 うそ、うそよね。そんなこと、あるはずがない。

 機械だって、ロボットだって、年月とともに古くなって老いていって、死んでしまうなんて。それも、人間よりも短い寿命だなんて!


 彼は眠りにつく前に、わたしを撫でて「またね。いいこにして待っているんだよ」と言った。だから、わたしも「はいミャウ」って答えた。


 それなのに、わたしは彼との約束を果たすことができないんだ。


 だったら、せめて、「さよなら」って言いたかった。それから「約束を守れなくて、ごめんなさい」って、言いたかった。


 わたしの瞳から、光が消える。

 わたしは、何もかもがわからなくなった。

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