第1話(8)

「だっ、大丈夫ですか名干さん!?」


 声に出るほど強烈な痛みに耐えかねている冬也は、小刻みに震えながら

頭を腕で覆っていた。


 この時は名干のことが苦手な蒔も、心配して名干に駆け寄った。

蒔が名干に顔を近づけ様子を窺うかがおうとすると、名干も同じ

タイミングで顔を上げた。蒔の顔が近くにあったせいだろうか、名干は

1、2秒程経つとすぐ顔を伏せた。


「いっ、依頼の件は受けてやるよ。だから今日はさっさと帰れ。目障りだ!」


 名干はそう叫ぶように声を上げた。普段なら怒りがMAXになる蒔も、

この時はなぜか怒りはこみ上げて来ず、別の感情が蒔の胸に広がっていた。

胸が締め付けられる、とでも言うのだろう。蒔はこんな感情になったのは

初めてだった。


「…依頼を受けてくださるのなら十分です。邪魔しちゃって

 すみませんでした…」


 蒔はそう言って、飛び出すように事務所を出た。


「俺、心配だから蒔ちゃんの後を追うよ。冬也は留守番頼む。」


 梅原も冬也に言いたいことを言うと、上着を羽織り事務所を後にした。




 ―バタン。




 「…あんなこと言いたかったわけじゃ、ねーのにな…」


 冬也は一人、ポツンとそんなことを呟いた。

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◇梅原探偵事務所◇ 天然水 @iizawakazuto12

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