最高の笑顔をのせて

亥BAR

思い出

 僕は日向のことがずっと気になっていた。いつからだったか……それは……分からない。でも……なんとなくずっと前から……きっとこの世界が出来た頃からずっと、彼女のことを見ていたと思う。



 窓から差す優しい太陽光を浴び、僕は目を覚ました。


 そして、教室の端に視線を向ける。

 麻畑日向(あさばたけひなた)。教室の一番端で、一度も席を立つことなくずっと窓の外を見ている。

 僕は彼女が誰かと喋っている姿を一度も見たことがない。


「ねえ、日向」

 僕はあるとき、意をけして声をかけた。しかも、いきなり呼び捨ての名前で読んでいた。なぜかこれが一番しっくりくる。


 日向はずっと視線を窓の外に向けていたが、虚ろな目でこちらに視線を寄せた。僕の顔をみてもはっきりとしない。


「日向はいつも窓の外を見てるよね。何を見てるの?」

 日向は虚ろな目をもう一度窓の外に向ける。

「……分からない……でも、外」


「外?」

「うん。外、この世界の……外。向こう側……」


 日向は虚ろな目から、遠くを見るような目に変わる。

「そこに……行きたいの」


 外に行きたいの? なら行けばいいじゃん。僕はそのセリフはなぜか吐けなかった。言ってはいけないと思った。

 代わりに疑問を投げかける。


「なんで? なんで外に行きたいの?」

 日向はしばらく間を置き、ゆっくり一言ずつ確かめるように口を動かす。

「あたしが求めているものが……そこに……あるから。そこで……あたしを待っててくれている人が……いるから」


 日向は外に向かって歩き始める。僕はそんな日向を眺めていた。

 だけど、すぐ気づく。このままじゃダメだ。


「待って、日向!」

 僕は外に向かって歩きだした日向を呼び止める。日向は僕の声を聞いて足を止める。だけど、教室に向かって振り向いてはくれない。


「日向……君は……本当にそれでいいの?」

 僕は教室の方を指さす。

「友だちみんなを、置いてっちゃうよ? 日向が教室から出て行ったら、みんなが心配するよ」


 だけど日向は本当に不思議そうに首をかしげた。

「友だち? どこにいるの?」

「……えっ……だって」


 僕は指差す教室の方に視線を向ける。でも、その教室はカラだった。僕はいつのまにか外に居て、日向もまた外に居て。それ以外の生徒は一人もいない。


「分かったでしょ? あそこには何もないもの。あたしが行くべき場所は向こう側なんだよ……ね? 君も一緒にいこうよ。向こう側へ」


 日向が僕の目の間で手を伸ばしてくる。反射的に手を伸ばそうとしたが、僕は寸のところでそれを止めた。そして首を横に振る。


「ダメだよ。僕にはそれはできない」

 日向はまた首をかしげる。

「なんで? だって君ももう、外にいるんだよ? あとは向こう側に行くだけ」


 僕はそれでも拒否をする。

 すると、日向は小さくため息をついた。そしてそっと笑みをこぼす。

「知ってるよ。本当は君も向こう側なんだよね? あたしと同じ、外。教室の外。だからあたしは、向こう側に行く」


 待って……!!


 ――


 僕は気が付けば雨の中にいた。

 そんな雨の向こうで、地面にうずくまり泣いている日向を見つける。


「……なんで……なんで、君なの……?」

 雨が降る中、傘も差さず、ずぶ濡れ。地面にうずくまり泣き続ける日向。


「日向……大丈夫?」

 そっと日向の側による。でも、日向は何も反応を示してくれない。

「う……っ、……うっ」

 ただ、ひたすらに泣き続ける。


 たまらず僕は日向の肩に手を乗せるが、日向の泣きは号泣へと変わっていった。雨降る空を見上げ、ただただ、ひたすらに泣き叫ぶ。


「日向!? 日向!?」

 必死に日向に声を掛けるが届かない。日向の体を必死に揺らしても何も変わらない。


「あたしは……あたしは……」

 前の音にかき消されるほど小さい声で日向は呟く。

「どうしたらいいの? あたしは……どうしたらいいの?」


 日向は僕の声を聞くことなく泣き続ける。


 ――


「日向! ほら、これだろ」

 僕は写真より一回り大きいとさえ感じたパフェをもって、日向の前に置いた。

「うぅわああ! おいっしそー!!」


 日向は本当に満面の笑みを浮かべ大きなパフェと向かい合う。もう、目が完全にハート。日向は「いっただきまーす」と元気よくスプーンをパフェに突っ込む。そのまま、一気に頬張った。


「う~ん、美味しい」

 頬に両手を当てる日向。


「……なんか、僕よりもパフェのほうに愛を感じているみたいだね」

「うん。おいしいもん!」

 清々しいくらいに首を縦に振った。


 僕はそんな日向の姿に少しこめかみを押さえてしまった。だけど、それに対して日向はパフェを頬張りつつ続ける。

「じゃ、逆に、……パフェなんかより、ずっと君のことを……愛しています!!」


 ふと、突然日向から放たれた言葉によって、僕の顔の温度が急上昇した。思わず、頬を掻きながらそっぽを向く。

「ね? なんて言ったらそれはそれで、ちょっとなんだかなぁ、でしょ。嬉しいかもだけど……あぁ、やだ! あたしまで熱くなる!!」

 まるで上がった熱を下げるようにパフェを食べる日向。


「でもさ……」

 日向の声に対し顔を上げると、スプーンが目の前にあった。


「あたし……本当に君のことが一番だから。はい、あーん」

「……あ、あーん」

 僕は本当に恥ずかしいながらも口をあけた。合わせて口の中に広がる甘い味。本当に甘くて恋しくて……そして……そして……切ない?


「あたしさ……」

 日向はスプーンでパフェをいじりながら呟く。

「本当に君だけなんだよ。君さえいればいい。いいや……あたしの中では君しかいないんだよ。だからさ……」


 日向は顔を上げて、本当に綺麗な笑みを浮かべた。

「ずっと、そばにいてよ」


 僕は当然、首を縦に振る。

「もちろん。僕だって、日向だけ居てくれれば……」


 そこまで言いかけて僕は口を止めた。代わりに別の言葉を口にする。

「ダメだ!」

「えっ!?」


 日向の笑顔が、一瞬にして困惑の表情へと変わったのが、目に焼き付いてしまった。


 ――


「あたしは麻畑日向です。よろしく」

 僕は麻畑さんがその時振りまいた笑顔に、一気に虜になっていた。


 その笑顔に惹かれ、僕はすぐに麻畑さんに近づいた。麻畑さんも、僕にすぐ気づいてくれたらしく、すぐに近づいてくる。

 僕と麻畑さんは、すぐ一緒になって、お互いに最っ高の笑顔を見せ合って……。


 ――


 はっ!?


 暗い……本当に暗い世界だった。暗いというより、闇。まるで光がない。

 でも、なぜか少し先にいる日向の姿ははっきりと見えた。そして、日向もまた僕の姿に気がついたのだろう。慌てて駆け寄ってくる。


 飛びついてくる日向。僕はそんな日向を受け止めようと手を伸ばそうとしたが、拒んだ。代わりにうしろに下がり、日向の手を避ける。

「……なんで? なんでよけるの?」

「……いや……その」


 なんて言っていいのか分からず声が籠もる。


「あたしは君のことが好き! 君だけが好きなの! だから!」

「ごめん!!」

 僕は暗闇の中で日向の言葉を遮った。


「もう、いいんだよ。……もう、僕のことは……」

「なに!? 忘れろって言うの!? 初めて会ったときから、ずっと君との思い出、すべてを忘れろっていうの!?」

「そうは言ってない! むしろ、忘れないで欲しい。僕は切実にそう思う。でも!」


 ぐっと心の奥から声を絞り出す。

「日向はひとりじゃない。ずっと、周りに……たくさんの人がいた。日向と一緒に笑って、泣いて、喜びあえる人たちがいっぱいいたはずだよ」


 日向は僕の言葉に対し、涙を流し始める。それを拭いもしない。

「なんでそんなこと言うの? あたしは君を見ていたい。君とずっと一緒にいたい」


 僕は大きく首を縦に振った。

「本当に嬉しい、そう思ってくれて。それでいいんだよ、それでいい。でもそれだけじゃ、ダメなんだよ。

 僕のことを忘れなくてもいい。忘れることがどれだけ難しいかもよく分かる。無理にする必要はない。でも、そのまま閉じちゃダメ」


 僕はそっと日向の顔に手を添える。

「お願いだよ、日向。もう一度思い出して。周りにいるたくさんの友だちを。君の笑顔は僕だけじゃなく、みんなを笑顔に出来るんだから」


 そっと日向の涙を拭う。

「もう一度、思いだして。僕が大好きだった、君の笑顔を。周りにいるみんなを幸せにできる、君だけの笑顔を」


 ――


「あたしは麻畑日向です。よろしく」

「よろしく! わたしは夏希。こっちはレイナ」

「夏希ちゃんに……レイナちゃん! うん、よろしく!!」



「ずっと、そばにいてよ」

「プッ、日向、アッツアツ~!」

「え!? って、夏希! あ、レイナまで、なんでっ!?」

 振り向き、二人につけられていたことに気づいた日向がバンっと席を立つ。


「キッシシ……どれくらいラブラブなのかなってね」

「もう、夏希ちゃん……こういうのは、黙って最後まで見届けるものだよ?」

「黙っても見るなっ!!」


 と言いつつも、頬を膨らませまんざらでもなさそうな日向。



 雨降るなか、日向が一人泣いていると、夏希とレイナが近づいてきた。傘の中に日向をいれて、二人で日向を囲む。

「……なんで……なんで、君なの……?」

 夏希とレイナ、ゆっくりと日向の肩に手を置く。

「本当に悲しいよね。たぶん、日向はもっとかな」

「大丈夫、日向ちゃん。好きなだけ……泣いたらいいよ」



「日向!」

「日向ちゃん」


「夏希……レイナ!!」


 ***


 窓から差す優しい太陽光を浴び、は目を覚ました。

 ピコン、ピコンというリズム的な電子音が耳に届く。なんか、周りに人の気配も……、あたしは……何をしてたっけ……。

 うっすらと目を開け、今の状況を把握しようと務める。


「日向……?」

「日向ちゃん?」


 聞こえてくる声……覚えがある……。なんか口にマスクみたいなものがついている。視界もまだぼやけているが、二人の姿が目に入る。


 その二人を見て、あたしは……口を開く。笑みを浮かべ彼女たちの名前を言う。

 すると、二人の顔にも素敵な笑みが浮かび上がった。

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