短編26話  数あるあなたへ真心込めて紡いで

帝王Tsuyamasama

短編26話

(あっ)

 カランカランと青いチャコペンが落ちて、私の足元に転がってきた。

(え、えっ、これって……)

 転がってきた方向……左を見ると、水上みずかみ 爽起そうきくんが右手でごめんなさいのポーズをしてる。明るくて輝いてる爽起くん。

 爽起くんが手を伸ばそうとしてきたけど、私はかがんで足元のチャコペンを拾っ

(ひ、拾っ……)

 ……って、爽起くんに……ぁああ爽起くんに、

(ひぁっ)

 ちょっと手が触れちゃった! でもなんとか渡すことができたっ。

「さんきゅ、雪上ゆきがみっ」

 授業中だから小声でそう言ってくれた爽起くん。私はうんうんとうなずくしかなかった。

 あ、心の中では爽起くんって呼んでるけど、実際には水上くんって呼んでる。そ、爽起くんだなんて呼べないよぉ……。

 も、もし私、雪上ゆきがみ 結々菜ゆゆなは爽起くんから結々菜なんて呼ばれちゃったら……

(無理ぃっ……)

 ああだめだめ、ちゃんと授業しなきゃっ。今は家庭の授業中。特別教室だと爽起くんと近くの席になることが多い気がする。今日もどきどき。

(なんでこんなにもどきどきしちゃうんだろう……)

 私はゆきがみで、爽起くんはみずかみ。かみかみつながりでなんだか不思議な感じ。

 そんなこんなでぼーっとしながらもちょっとだけ爽起くんを見てみると、頑張ってチャコペンで布に線を引いてる姿が微笑ましくもやっぱりかっこいい。

 爽起くんはクラスのムードメーカーな男の子。表情も明るくて、眺めているだけでこっちも元気になっちゃう。リーダーシップもあって運動も得意だから……かっこいい。

(ああっ、私ったらまたこんな……)


 今日の授業が終わって部活も終わり、げた箱に向かう私。

(今日も爽起くんのことばっかり考えちゃったなぁ……)

 気がついたら爽起くんのこと目で追っかけちゃってるもん。はーぁ。

 私は廊下からざら板に下り

「お、雪上じゃん」

「ひあぁーーー!!」

「ちょ! ちょまっ!」

 う、噂をすればなんとやら!? 爽起くんがそこにいます!

「あ、ご、ごめんなさいっ」

「い、いや、脅かせちまったかな」

「ううん! 私がぼーっとしてただけ!」

 び、びっくりしたぁ……。

「なぁ雪上」

「はい!」

 えっ、私今爽起くんとおしゃべりしてるよね!?

「よかったら一緒に帰んねーか?」

「え……えっ?」

「一人で帰るより、さ?」

(えーーーっ!!)

「い……いいの?」

「雪上さえよかったら」

 お名前のとおりさわやかな笑顔の爽起くん。

「お、お願いします!」

「そんなでかい声じゃなくても聞こえてるって。ははっ」

 爽起くんが笑ってます!

「うしっと。行こうぜ」

「あ、うんっ」

 私も急いで靴を履き替えましたっ。


(爽起くんと一緒に歩いてる……爽起くんと一緒に歩いてる……)

 今までのどのタイミングよりもどきどきしてると思う。爽起くんおっきぃなぁ……。

(話題話題っ)

「水上くんって、身長何cm?」

「172かな」

「おっきいねっ」

「女子で170あるやつってあんまり見かけないよな。雪上は?」

「私152cm」

「ちょうど20cm差か! 覚えやすいなっ」

 爽起くんは笑って私を眺めてくれている。爽起くんが今向けてくれている笑顔は、私だけに向けられていると思うと……もっとどきどきが……。

「雪上って手芸部だったよな。家庭の授業とか楽勝じゃね?」

「えっと……」

 ……自分で言うのもあれだけど……私は小さく小さく、ものすごーく小さくうなずいた。

「はっはっは! あーあ、俺もバスケの授業があったら楽勝なのになっ」

 爽起くんはバスケットボール部。部活してるところは見たことないなぁ。球技大会も見たことない。

「バスケットボール部って、どんなことしてるの?」

 私は見上げながら話しかけた。

「どんなことって、バスケ?」

 また爽起くんは笑ってる。

「練習しまくってるだけだよ。大会になったら全力で戦う。終わったらまた練習。それの繰り返しさっ」

「大変そう。私はボール投げても届かなさそう」

「練習すれば届くようになるさ。てかうちの女子バスケ部って結構強いんだぜ?」

「そうなの? 部活のお話ってあんまりしないから」

「そうだよな、俺も手芸部の話全然聞いたことねーもん。そうだいろいろ教えてくれよ! なあ雪上、どんなことやってんだ?」

「え、えっとね、えっとっ」


 私はどきどきしながらとても楽しい時間を過ごしました。爽起くんとおしゃべりするの楽しすぎるよぉ……。



 家に帰ってからもどきどきが収まらず、私はなぜか余った布をちくちくってうさぎさんを作り始めてた。落ち着いたら中断。


 次の日の朝。

 起きるとなんだか昨日の帰りのことが思い出されちゃって、朝から勝手にどきどきしちゃってた。朝はうさぎさん縫ってるひまないよぉ。

 朝教室であいさつしてくれてとってもうれしかった。授業中先生に当てられてしっかり答えてる爽起くんかっこよかった。友達に囲まれて楽しくおしゃべりしてる爽起くんもかっこいい。

 部活の時間になると、早くも帰りのことを考えちゃって、また爽起くんと帰りたいなぁって思いながら作業をしてたら、指にちくっと針当たって痛かった。

 部活の時間が終わると、私は気持ち早めに部室を出て廊下を歩いた。

(また会えるかなぁ……)


 さすがに早かったのか、爽起くんは見当たらなかった。ちょ、ちょっとだけ待ってみようかな。

 いろんな生徒が帰っていく中、私は柱にもたれて爽起くんを待ってる。友達の好実よしみちゃんが声をかけてくれたけど、つい待ち合わせしてるのって言っちゃった。もし「だれと?」って言われてたら危なかったけど、好実ちゃんはすぐに帰っていった。

(あっ)

 爽起くんが来た。

「あ、あっ、水上くん」

「うおわっ!?」

 あ、今度は私が水上くんを驚かせちゃったかも。

「そーっと現れんなよ雪上ーっ」

「ご、ごめんなさい」

「冗談だってっ」

 ああ、今日も笑ってる爽起くんが見られた。

「またここで会ったな。一緒に帰るか?」

「うんっ」

 よかった、私また爽起くんと一緒に帰ることができるっ。


 この二日間がきっかけとなって、私は爽起くんと一緒に帰る日がたくさん増えました。私は幸せいっぱいです。



 そんなある日のこと


「なぁ雪上」

 私は歩きながら爽起くんを見た。

「ずっと使ってたバッシュがボロボロでさー。今度買い換えようと思うんだ」

「ばっしゅ?」

「ああバスケットシューズのことさ。体育館シューズみたいなやつ」

「そうなんだ」

 バッシュって言うんだね。ばっしゅばっしゅ。

(今の忘れてっ)

「でさ。電車乗ってスポーツ屋見るつもりなんだけど……」

 うんうん。

「……雪上、ついてきてくれないか?」

「……え、ええっ?」

 い、今、なんて……?

「急だけどさ、明日土曜でしかも部活ないんだ。雪上、どうかな?」

(こ、これって、これってっ……!)

「はい!」

「ぅわっ、気合入ってんなー! ははっ、さんきゅ、じゃ明日朝九時に駅前の噴水のとこでどうだ?」

「はい、いきます!」

「決まりだなっ」

 う、うそっ。私、明日爽起くんと……お、お出かけできちゃうの……?

(そんなにも仲良くなれたなんて……なんか……なんかっ)

「おわっ! お、おい雪上、どうしたんだよ!」

「……なんでもないもんっ」

「なんでもないって、今のどこに泣くタイミングあったんだ!? 急に誘ったのがだめだったか!?」

 私は首を横に振った。ある意味では私のどきどきがだめだけど、全然だめじゃないっ。

「……うれしくて……爽起くんから誘われるなんて、夢みたいで……」

「めちゃくちゃ大げさだな……ん? おい、今俺のことを爽起くんって?」

「だって爽起くん……あっ!!」

 あああーーー!! やっちゃったぁ~っ!!

「……よ、よし! 俺も呼ぶぞ、結々菜って!」

「ええっ! そんな、急すぎて心の準備がっ」

「先に言い出したのはそっちなのに準備もなんもないだろっ?」

「あれはそのっ、そうじゃなくって、あああのあのあのっ」

「決定! おっとそうだ結々菜、あのーさっ」

 爽起く……ああもう水上くんったら~っ……! カバンに手を入れてるみたいだけど……

「これ……結々菜が手芸部って聞いたから、家庭の授業で余った布使ってやってみたんだ」

 差し出された物は……車? うん、ポケット付きナップザックを作るときに使った柄。私はピンクのお花のにしたけど、爽起くんは青色で飛行機の柄のを選んだんだね。

 飛行機の柄なのに形は車。縫われている糸も……その……が、頑張ってる!

「私が手芸部って言ったから、そ……水上くん、作ったの?」

「ああっ。どうだ、うまくできてるか!?」

(ああなんて言ったらいいのかな!)

「……うん! とても愛がこもってるね!」

「そ、そうか! 確かに気合は入れたからなっ。結々菜、それよかったら持っててくれよ」

「えっ?」

 これ、爽起くんが作った物だよね……?

「そんな、いいの……?」

「いや、むしろそんなのでよかったら。ほんとはただ持って帰るだけだったんだけどさ、まぁなんだ、結々菜と名前で呼び合うようになった記念にさ! だから結々菜も水上くん禁止!」

 ああだめ、私また泣いちゃうそう。ううん、が、我慢する……。

「……ありがとう。すっごく大切にする。おやすみするときに握り締めて寝るっ」

「お守りの効果はないと思うぞー?」

 爽起くん、笑ってる。私は……どきどきしすぎて笑えてないかも。わ、笑わなきゃっ。

「じゃ明日九時に駅前な! いいな、結々菜! ほら、俺の名前は?」

 男の子から下の名前で呼ばれるのがこんなにもどきどきすることなんて……。

「……わ、わかりました、爽起、くん」

「合格! じゃな!」

 いつもの別れ道に着くと、爽起くんは走り出した。私はその背中をずっと見つめていた。



 次の日の朝。

 誘ってくれたことと、手の中で握られていた爽起くんのぬくもりアップリケのおかげで、たぶん人生最高の目覚めだった。

 昨日の帰り道のことを思い返すと、またちょっとにぎにぎしたくなっちゃった。

(どの服を着たらいいのかなぁ……)

 とりあえず私は、爽起くんのアップリケを、昨日出来上がったうさぎさんと一緒にお出かけ用のカバンへ入れて、朝ごはんを食べることにした。

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短編26話  数あるあなたへ真心込めて紡いで 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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