第30話 オニキスのアンクレット

 曽根崎さんの足には、ヒビが入っていたらしい。退院してからもしばらくはギプスをつけていたが、いかんせん痛みに鈍い人なので、平気な顔でスタスタ歩いては僕や阿蘇さんに怒られていた。それでも、大体一ヶ月ぐらいで、完治したようであるが。


 阿蘇さんは、自分を刺した警官をみっちり問い詰めてやりたかったそうだが、できなかったという。なんでも、当の本人が自分の名前すら分からないほど幼児退行してしまったらしい。「あの黒い男に関わるというのは、そういうことだ」と阿蘇さんは吐き捨てるように言っていた。


 柊ちゃんは、曽根崎さんに新しい小説の連載を依頼しに来た。曰く、「スレンダーな絶世の美女が大活躍する物語を書きなさい」とのことである。僕をモデルとしたヒロインが小説の中で人気を博しているのが、実は羨ましかったそうだ。むしろ僕としては、あの小説を滅殺したいぐらいなのだが。


 藤田さんは、教団の後始末で色々と大変だったらしい。勘当状態だったとはいえ血縁なので、かなり法的な面でも苦労したという。僕も手伝おうかと申し出たが、行方不明になった教祖に押し付けられる所は押し付けるから問題無いと返されてしまった。それでも粘ると、思い出したように激辛ラーメンに連れて行かれ、完食させられた。食べ物を食べて泣いたのは初めてである。


 黒い男については、結局何がしたかったのかは不明なままである。アイツならば、阿蘇さんが治癒の呪文を使えることは知っていたはずだ。ならば、即死さえさせなければ阿蘇さんが生き残り、教団に攻め込むことも予測できたはずだが……。

「意外と、その辺りも含めてヤツの手のひらの上なのかもしれん。忌々しいがな」

 曽根崎さんは、そう言っていた。


 そして、僕は日常に帰ってきた。











「景清、お疲れか?」


 明るい声に、僕はまどろみから呼び戻される。顔を上げると、大きな目をまっすぐにこちらに向けた三条と視線が合った。

 暖かな日差しの中で、僕は思い切り伸びをする。


「……ちょっと寝てた」

「みてぇだな!やめろよー、いくら外が気持ちいいからってさ、泥棒とかもいるかもだぜ?」

「いるのかなぁ。だって大学構内だよ」

「その大学構内で、前ヤベェ事あったじゃん」

「あれは泥棒とはまた違うし」


 そう言いながら、僕は枕がわりにしていた参考書を鞄の中にしまう。それを目ざとく見つけた三条は、からかうようににんまりとした。


「お前も先生を目指すの?」

「どうだかな。いつまでもあのオッサンの世話になるわけにもいかないから、一応ね」

「曽根崎さんなら、このまま雇い続けてくれるんじゃね?」

「だとしてもだよ。あの人だって、何が起きるか分かんないんだから」

「しっかりしてんなー。オレなんて、また大江ちゃんに怒られたよ。いい加減、もっとまともな論文書けるようにならないと先生になれませんよって」

「……え?もしかしてお前、教員採用試験の論文対策を、受験控えてる女子高生に頼んでんの?嘘だろ?バカなの?」

「ちちち違うよ!うっかり見られたら最後、鬼のように添削されただけだよ!」

「大江ちゃんも苦労してんな……。お前、ちゃんと責任取れよ?」

「おう!頑張って先生になるよ!」


 そうじゃねぇ。

 だが、そんな事を僕の口から言うわけにはいかないので、黙ってカバンを背負った。


「今日も行くの?」


 三条は、ズボンのポケットに手を突っ込んでニヤリとした。僕は頷き、自転車に跨る。


「あのオッサン、僕が行かないとすぐ餓死すんだよ」


 アンクレットをつけた左足で、思い切り地面を蹴った。










「曽根崎さん、来ましたよ」


 相変わらず、埃っぽくて日の差し込まない不健康な事務所だ。そこに僕は頭を突っ込んで、彼の名を呼んだ。


「やぁ」


 それに応えて、曽根崎さんは事務所机の向こうで片手を振った。その周りには、阿蘇さんと柊ちゃん、藤田さんまでいる。


「ちょうど良かった。今ちょうど、発信機を返してもらっていた所だったんだ」

「発信機ですか?」

「そう。あれから皆忙しくしていたから、回収し忘れていてな」


 そう言い、曽根崎さんは赤色の石がついたネックレスを掲げる。あれは、確か柊ちゃんがつけていたものだ。

 ん?発信機?


「……まだ、話が飲み込めていないのですが」

「あら、アンタ案外鈍いのねー。ビーコンをつけてたらね、誰がどこにいるか専用のアプリですぐわかるのよ?」

「今回は居場所がすぐ把握できるように、特別に精密な発信機を作ってもらってたんだよ」

「まあ、ぶっちゃけゴリゴリの違法物だから、本来なら使い終わったら即回収しなきゃならなかったんだがな」


 皆それぞれ説明してくれている中で、僕はぽかんと口を開けていた。机の上には、阿蘇さんがつけていた紫のピアスと、藤田さんのブレスレット、そして曽根崎さんのアンクレットが置いてある。

 ようやく、僕はじわじわと理解した。


 ……あー、そういうこと?


 そういうことなの?


「……僕、聞いてませんでしたが」


 静かな怒りに拳を震わせながら、曽根崎さんを睨みつける。一方彼は、ケロリとのたまった。


「言ってないからな」

「なんで!言わないんだよ!!」

「危険だったからだよ。事実、君の精神に入り込んでくるような不気味なジイさんがいただろ。せっかく仕込んでも、バレてしまっては意味がない」

「でもそれ、みんなも一緒でしょ!」

「確かに、言われては無かったわねぇ。でも、あのシンジがタダで物をくれるわけないし、大体の察しはついてたけど」

「まだ景清君はクソ兄をわかってねぇな。こいつは基本、自分の利になる事しかしねぇぞ」

「ぐぐぐぐぐぐ」


 ちょっとでも嬉しかった僕の純粋な気持ちを返せよ!

 などという事は言えるはずもなく、僕はむしるようにアンクレットを外すと、机に叩きつけた。


「バーーーーーーカ!!!!」

「出た、景清名物捨てゼリフ」

「二度と!アンタからはお恵みを受けねぇ!」

「カッコいい乞食の言葉みてぇだ」

「ホント面白い子ねぇ」

「そこも黙らっしゃい!!」


 僕を愉快に観察する三人を叱り飛ばし、頭を抱える。プライバシーの侵害もいい所だ。訴えたら勝てるんじゃないだろうか。

 沸々と怒りを滾らせる僕に、曽根崎さんは机に肘をついたまま、淡々と声をかける。


「景清君」

「なんですか!」

「味噌汁はまだか」

「よくこの流れで言えたなアンタ!!」


 しかし、僕の仕事はそういうものである。三千万円の借金もある事だし、少しでも稼がねばならない。ズカズカと床を踏みしめながら、僕はキッチンの裏に姿を消した。










 それから、一時間。曽根崎さんの取り巻きはそれぞれ用事があるとかで帰ってしまい、残るは僕と曽根崎さんの二人だけである。

 といっても、あんな事実を知ってしまった後では、とても会話する気になどなれないが。僕はわざとキッチン裏に引っ込み続け、無意味にコップを拭いたりして時間を稼いでいた。


「景清君」


 曽根崎さんの声がする。無視をしようと思ったのに、つい条件反射で顔を出してしまった。

 もじゃもじゃ頭の彼は、意外と近くにいた。わざわざ、机から立ってここまで来ていたようだ。


「手を出せ」


 なんだなんだ。何かくれるのか。

 僕は少し前に宣言した内容をすっかり忘れ、思わず手のひらを上にし差し出した。

 軽い金属音と共に、見慣れたアクセサリーが落とされる。


「改めて、プレゼントだ」


 それは、オニキスのアンクレットだった。


「勿論、中の石に発信機は組み込まれていない。これは、正真正銘何の変哲も無いお守りだよ」

「……今更、何ですか」


 睨みつける僕に、曽根崎さんは珍しく言葉を選びながら、たどたどしく言った。


「……景清君。私の言葉を信用し、アクセサリーをずっとつけていてくれてありがとう。君のその信頼のお陰で、今回も無事に帰ってくることができた」

「……」

「……だが、これは、お礼でも何でもない、ただのプレゼントだ。奇妙なことに、私はそれを、君に持っていて欲しいと思ったんだ」


 それだけなんだが……と、曽根崎さんは呟いた。

 いつになく、自信のない声色である。僕は、自分が苛立っていた事も忘れて、彼の顔を見上げた。


 笑っても、泣いても、怒ってもいない。真剣な眼差しで、じっと僕が返す言葉を待っている。


「……貰っても、いいんですか」

「他でもない君だからこそ、貰ってほしい」

「……」


 彼の目の中には、全く同じ色をした瞳が入れ込まれている。夜の闇より深く、光を通さない漆黒の色。

 その中には、よく磨かれた鏡のように、僕の姿が映り込んでいた。


 ――仕方ないなぁ。


 僕はため息をつき、手にしたアンクレットを柔らかく握った。


「……今回だけですよ」

「ありがとう。本当にすまなかった」

「もしも次に僕を騙すような事をしたら、事務所内の品物を片っ端から売りさばいていきますからね。その辺り、よく心に留めておいてください」

「なんだそれ怖い」


 それでも、曽根崎さんはホッとしたように頬を緩めた。僕もつられて、微笑み返す。


「……まだ原稿の途中でしょう。お茶でも入れますから、机に戻っていてください」

「うむ、頼むよ」


 曽根崎さんは僕に背を向けて、机に向かって歩き出す。その間に僕はキッチンに戻り、コンロの火を点けた。

 ヤカンに入れた水が沸騰する間、なんとなく曽根崎さんの姿を窺い見る。彼は椅子に腰掛けて長い足を組み、プリントアウトした原稿を片手に取って眺めていた。


 その左足首には、僕と同じ色のアクセサリーが鈍く光っていた。




 怪異の掃除人 完

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怪異の掃除人 長埜 @ohagida

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