第29話 君の居場所

 次に目が覚めた時、僕は曽根崎さん家にいた――とは、ならなかった。今回は、順当に病院のベッドの上だった。


 教団の施設にいた時には全く時間感覚が無かったが、今はとりあえず太陽が出ているようである。なんだか久しぶりに見たようで、眩しくて目を細めた。

 腕を見ると、あの忌まわしい模様は消えていた。寝ている間に、誰かが消してくれたのだろうか。ありがたいような、体を見られて恥ずかしいような。


 ふと、隣を見ると、もう一台ベッドが設けられていた。そこに横たわっていたのは――。


「……曽根崎さん?」


 見慣れたもじゃもじゃが、グルグル巻きにされた包帯から覗いている。それだけじゃない、ギプスで固定された足やガーゼが当てられた腕、点滴に繋がれた体がなんとも痛々しかった。

 そんな大怪我した人がされるような処置を施された曽根崎さんは、驚いた事に目を閉じて眠っていた。


「曽根崎さん、寝てるんですか」


 点滴が一雫ずつ落ちていく。――曽根崎さんは答えない。

 そりゃそうだ、眠っているのだから。


 ……本当に寝てるだけだよな?

 少し不安になり、ベッドを降りて彼の鼻先に手を当てる。微かだが、確かな呼吸を感じた。

 そういえば、この人の寝顔を見たのは初めてかもしれない。それほどまでに過酷な案件だったのだろう。多方面からの依頼があったとはいえ、僕が誘拐されなければ負うこともなかった怪我もある。その事を思うと、胸が痛んだ。


「……だから、あのまま辞表を受け取ってくれてたら良かったんですよ」


 彼のベッドに腰掛け、つい弱気な事を言った。……聞こえなかっただろうな。いや、それが前提じゃないとこんな事言わないんだけど。


 ため息をつき、自分のベッドに戻ろうとした時、ぐいと着ている患者着を引っ張られた。

 振り返ると、包帯の隙間からぼんやりとこちらを睨む曽根崎さんと目が合った。


「……不眠症の怪我人を起こして楽しいか?」


 そして怒られた。

 いや、アンタが勝手に起きたんでしょうよ。


 僕は、再び彼のベッドに腰を下ろした。


「僕何もしてませんが」

「辞表と聞こえた」

「それは言いました」

「最悪の目覚まし音だな。何の為に私がここまで体張ってやったと思ってるんだ」

「金の為じゃないんですか?」

「まあそれもあるが。大きいが」

「大きいのかよ」


 そこは少しだけ否定しろよ。


「……怪異の掃除人であることは、私の本業だからな」


 怪我や包帯のせいか、いつもより億劫そうに曽根崎さんは話す。

 怪異の掃除人。

 もはや聞き慣れた単語だが、改めて並べてみるとつくづく奇妙な職業である。


「普通、オカルトハンターとか怪異探偵とかじゃないんですか?」

「何が」

「怪異の掃除人なんて名前ですよ。掃除てアンタ」

「ハンターだとガツガツしてるだろ。探偵だと、全く表面化していない案件まで首を突っ込まないといけない。私は、表面化しそうなギリギリの怪異だけを引き受けたいんだ」

「本当は?」

「……大体そういう事件には、黒い男だったり、得体の知れないモノが絡んでいる。どうせ私に仕掛けられたものかもしれないのだったら、存分に金に換えようと思った」

「最低じゃないですか」

「何とでも言え。実際、黒い男が絡んでいない事件も多く解決している。これも社会貢献活動の一つだよ」

「金取るのに?」

「金銭取引は解決の保証さ。無償でこんな事できるかよ」

「確かに」


 きっと、僕が曽根崎さんの立場でも同じ事を思いつくのだろう。ただし、実現できるかどうかは、交渉能力や図図しさなど別の力量次第だ。

 結局、能力は高いんだよな、この人。


「……見直したか?」


 心の声を聞いたかのように、曽根崎さんはムッとした顔で言った。笑いたかったのだろうな、多分。

 だから僕は、本来彼が作りたかったはずの表情で返してやる。


「見直すも何も、曽根崎さんならこれぐらい楽勝でしょう」

「まあな」


 大した自信である。半分ぐらい分けてもらえないだろうか。

 ここでようやくあの話題に触れる勇気が出てきた僕は、曽根崎さんに尋ねた。


「……教団はどうなったんですか?」

「君が気絶した後、忠助が手配していた警察が一気になだれ込んできた。あの施設にいた教団員は一人残らず呆けていたそうで、何の苦もなく保護できたよ。どうも高熱が発生したのはあの祭壇周りだけだったようだが、影は施設全体を覆っていたらしい。……一体どんなショッキングな光景だったんだろうな。ちなみに、地下三階だけでなく、二階も一階も同様だ。つまり、君のご両親も」


 何気無く付け加えられた一言に、僕は一瞬身を震わせた。それに気付かれたかどうかはわからないが、曽根崎さんは窓の外に目をやりながら言う。


「……父親の方は、神の器の模様に守られていたせいか比較的元気らしい。しかし母親は深刻な精神的ダメージを受けたとのことで、今後しばらく入院措置になるそうだ」

「そうなったら、母の入院費は……」

「考えなくていい。この先のやり取りは、全て私が雇う人間を間に入れることにする。君はその二人に殺されかけたんだ。たとえ血縁関係があろうと、守られなければならない」

「だけど……」

「三千万円の中には、そういう費用も入っている。君が君の人生を取り戻すのに必要ならば、当然それなりの処置をするよ」


 曽根崎さんは、こちらを向かない。恐らく、見られると都合の悪い表情をしているのだろう。


 彼はその後しばらく黙っていたが、やがて小さくため息をつくと、言った。


「……だから、君は自分の好きな場所に行き、できるだけ幸せに生きろ」


 それは、別れの言葉だった。


「もう君を縛るものは何も無いんだ。まあ借金はあるが、それはどこにいたって返せるだろ。大学を辞めてもいいし、旅に出てもいい。一時的に金が必要なら、援助だってする。でも、もうここにとどまらなくていいんだ」

「……曽根崎さん」

「そこに、私の口座番号が書かれた紙がある。半年に一回、千円の入金でも構わない。時々、君が生きている事を知らせてくれ。……私は、それだけでいい」

「……そう、ですか」

「うん」

「……」

「……」


 二人の間に、沈黙が落ちる。僕はベッドから立ち上がらず、曽根崎さんは窓の外を見たままだ。


 青空を横切るように、一羽の鳥が飛んで行った。


「……行かないのか?」


 曽根崎さんがぽつりと問いかける。それに僕は、逆に質問を返した。


「行ってもいいんですか?」

「大体出て行くもんだろ、こういう時は」

「いやだって僕、入院中ですし。勝手に出てっちゃマズイでしょ」

「一回出てまた帰ってくれば?」

「気まず過ぎません? 僕ら同室入院ですよ。こんな別れ方して、次どんな顔して戻ってくりゃいいんですか」

「お、今日はカレーか! って喜びながらドアを開ける」

「ただの食いしん坊じゃねぇか!」


 いつの間にやら、曽根崎さんはこちらを向いていた。……僕に顔を向けるタイミングだって、もっと感動的な瞬間を選べるだろ。なんでカレーのタイミングで見るんだよ。

 いや、タイミングといえば、そもそもなんで今そういう事を言うんだ。よりにもよって、僕に逃げ場が無く、他に答えようが無い時に……。


 ――あ。


「……アンタ、もしかして僕を自由にする気無いな?」


 恐る恐る言ったことだったが、曽根崎さんは我が意を得たりといった様子で僕を指差した。


「その通り!!」

「ウゼェーーーー!! 速やかに死んでくれ!!」

「あったり前だろ、誰が手放すか。君のようにお人好しで私の事情を理解し、金でつられてくれる人材が他にいるとは思えん」

「じゃあさっきの別れの言葉はなんだよ! 時間の無駄か!」

「半分本心だが、あとの半分は君からの言質を取る為だな」

「この人格破綻の利己主義人間が!!」

「君だって離れる気はないだろう。私が言うのもなんだが、うちの給料は破格だ。大学生の身であれだけ稼げる場所はなかなか無いぞ」

「それはそうですが!」


 だからってありえねぇだろ!

 他にどう罵倒してやろうかと頭をかきむしっていると、曽根崎さんは尊大に言い放った。


「いいか? 君の居場所は、あの事務所だ。君が張り紙を見て、私の元を自ら訪ねてきたあの日から、ずっとな」


 彼の顔には、珍しく自然な笑顔が広がっていた。貴重な瞬間であるが、それが一層腹立たしい。

 しかし相手は怪我人だ。行き場のない怒りを本人にぶつけることもできず、ぐいと曽根崎さんに寄って人差し指を突きつけた。


「……それなら、いいですか? アンタが退院したその日から、僕はあの事務所に行きますからね! 毎日ギリギリまで居座って、案件があれば仕方無しについていって、時間外とボーナスを請求します! そんでもって、一円残らず、アンタから金を搾り取ってやる!覚悟しろよ!!」

「おー、その意気だ。景清君なら、そうこなくちゃな」


 曽根崎さんは、怒り狂う僕を見て、心底嬉しそうに笑っている。だからなんで普通に笑えてるんだ、アンタ。それができない人じゃなかったのか。


 コイツ本当に腹立つな!


 苛々する僕の様子を見た曽根崎さんは、何がツボに入ったのか声を上げて笑っていたのだった。

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