俺が死ぬことになった三分間の勘違い

くろまりも

俺が死ぬことになった三分間の勘違い

 ――悪い夢でも見ているようだ。

 今、俺の眼前に銃口が突き付けられていた。

 俺はこのまま死ぬんだなとぼんやり考える。命の危機に恐怖を感じるべきなのだろうが、あまりに非現実的な事態に頭が追いついていない。

 なんでこんなことになってしまったのか。時間は三分前に遡る。


◆◆◆


「おい、起きろ」

 バケツ一杯の水を頭から浴びせられ、鳩也の意識は強制的に覚醒させられる。

 見覚えのない部屋。鳩也を取り囲むようにして立つ厳つい男たち。手錠で椅子に固定されている身体。状況が理解できずに目をしばたたかせる彼の頬を、男の一人が殴った。

「がっ!?い、いってぇ……。な、なにすんだよ!?あんたたち、いったい何者だ!?」

「俺たちは梟島組の者だ……と言えば、用件はわかるだろう?」

「いや、わかんないですけど……」

 梟島組と言えば、鳩也が働いているケーキ店の近くある暴力団事務所の組の名前だったはずだ。怖い見た目のおっさん連中がうろついているのを見たことはあるが、極力目を合わさないようにしていたし、恨みを買うようなことをした覚えもない。

 徐々に記憶が蘇ってくる。確か、バイト先の店に向かう途中、背後から組みつかれて口元に布を押し当てられたのだ。その直後、急激に意識を失い、目を覚ましたらこの状況だ。

 おろおろと戸惑った様子を見せる鳩也に、ヤクザの一人が舌打ちする。

「とぼけるつもりか?おまえが殺し屋『カッコウ』だということは割れているんだ。うちの組長を暗殺するつもりなんだろう?」

「……いや、本気で何の話かわからないんですけど」

 嘘偽りのない本音だったのだが、ヤクザの男は聞く耳を持たなかった。頭に血を登らせて、鳩也の顔をもう一度殴る。この人、短気すぎるだろうと少年は内心思った。

「正体はもう割れていると言っただろう!なんなら、その証拠を一つずつ上げてやろうか!?」

「しょ、証拠?」

 なんのことかわからない鳩也は、声を震わせながら聞き返す。殴った男は、犯人を追いつめる探偵のように芝居がかった様子で、少年に『証拠』を突き付けていく。

「おまえ、組長が好きなケーキ屋で二週間前からアルバイトしているな?組長を暗殺するために情報収集していたんだろう?」

「いや、時給がいいから普通に応募しただけなんですけど……」

「しかも、それ以来、組の事務所前をよく通る。組長暗殺の為に、下調べをしていたんだろう?」

「学校とバイト先の通り道なだけなんですけど……」

「おまけに組長の孫娘に当たる燕さんによく声をかけている。燕さんから組長の情報を聞き出そうとしていたんだろう?」

「……燕さんって、バイト先の先輩の?そりゃ、同僚なんだから話くらいするでしょ」

「そして、極めつけの証拠は――」

 こちら側の反論はいっさい受け付けていないようだ。さも名推理を披露しているかのような自慢げな様子で胸を張りながら、ヤクザの男は鳩也に指を突きつける。

「貴様の名前だ!烏丸鳩也だとぉ!?こんな鳥々した名前しやがって!おまえの正体がカッコウである決定的な証拠だ!」

「完全にこじつけじゃねえか!」

 刺激してはいけないとわかってはいても、思わず大声でつっこんでしまった。案の定、反抗的な態度に出た鳩也に対し、逆上したヤクザが再び拳を振り上げる。

「おいおい、そのあたりにしときにな。俺たちは別にカッコウと敵対したいわけじゃないんだぜ?」

 しかし、その拳が振り下ろされる前に、新しく部屋に入ってきた人物が声で制した。室内のヤクザたちの間に緊張が走る中、金髪に高そうなスーツを着たチャラチャラした男が鳩也の前にやってくる。

「わ、若頭!?」

 誰だよ、若頭。知らねえよ。と一人置いてけぼりを喰らっている鳩也だったが、周囲は彼の心中などおかまいなしに話を進める。

「あんたが伝説の殺し屋『カッコウ』さんかい?」

「いや、違います」

「くくく、大した演技じゃねえか。まるで一般人としか思えねえ。さすがは伝説の殺し屋ってところだな」

 あっ、この人も人の話を聞かないタイプの人だ。げんなりとする鳩也を無視して、若頭と呼ばれた男とヤクザたちは勝手に話を進める。

「俺たちはあんたの仕事を邪魔したいわけじゃない。むしろ、その逆だ。あんたにはぜひとも組長を殺してもらいたい。そのために、協力してやってもいいって話を持ちかけようとしただけなんだよ」

「……はぁ。そりゃまたなんで?」

「老害とその家族を排除して、梟島組をいただくためさ。あんたは仕事を無事終え、俺は梟島組を無事いただくことができる。ウィンウィンの関係さ。なんなら、俺が組長になった暁には、ボーナスをくれてやってもいい。悪い話じゃないだろ?」

 悪い話ではない。彼らが鳩也のことを勘違いしているという一点を除けば。どうやってこの場を切り抜けようかと鳩也の背中に嫌な汗が流れる。

「……ちなみに、断ったら?」

「気の毒だが、ここで死んでもらうことになる」

 即答だった。若頭は懐から取り出した拳銃を鳩也へと向けた。

 そして、冒頭の場面に戻る――











 ――まで残り七秒。

 最初の一秒で、若頭の腕が切断された。いつの間にか手錠を外していた鳩也の手には、隠し持っていたカランビットが握られており、それを一瞬で振り抜いたのだ。

 二秒。宙に浮いた若頭の腕から拳銃を奪う。呆気にとられるヤクザの一人の眉間を撃ち抜いた。

 三秒。標的を見極める。大半の人間は突然の事態を理解できずに棒立ちになるが、反応のいい者は懐に手を伸ばそうとしている。そういった者から順に撃ち殺す。

 四秒。反応がいい者を全員仕留めたら、次は体格のいい者を優先的に狙う。同時に弾数を数えるのも忘れない。弾切れと同時に銃を捨て、生き残りに肉薄する。残り三名。

 五秒。カランビットで的確に二人の喉を斬り裂く。最後の一人が拳銃を取り出すのを目の端で捉える。

 六秒。銃口がこちらに向けられる。射角から銃弾は頭の五ミリ横を通り抜けると判断。恐れずに突っ込む。見立て通りの位置を銃弾が通り抜けた時には、カランビットが命を刈り終えていた。

 七秒。崩れ落ちる男の手から銃を引き剥がす。銃を手に取った鳩也は、まだ生きていた若頭へと銃口を向けた。


 ――悪い夢でも見ているようだ。

 眼前に銃口を突き付けられながら、若頭はそう思った。

 油断しているつもりなど微塵もなかった。武装した十名以上の人間が、わずか七秒の間に殺されるなど誰に予想ができようか。非現実的な事態に頭が追いついていない。

「こ、これが伝説の殺し屋『カッコウ』……」

「……一つ勘違いを正してやる」

 先刻までの怯えた一般人の演技を捨て去り、感情の消えた表情で鳩也は淡々と告げる。

「俺の正体は確かに『カッコウ』だが、請け負った仕事は組長の暗殺じゃない。その孫娘である燕さんの護衛だ。依頼主は組長本人だよ」

 雇われの身であるので、若頭たちが組長の暗殺を企てていたとしても、鳩也は特別関知するつもりはなかった。

 しかし、『老害とその家族を排除して――』という言葉が、怪物を目覚めさせるトリガーとなった。護衛対象である燕が殺される可能性があるなら、カッコウはその障害を排除しなければならない。

 なんという茶番。なんという致命的ミス。若頭は自分の犯した過ちに気付き、血が吹き出る腕を抑えながら苦笑いを浮かべる。

「……仕方ねえなぁ。俺が所詮その程度の器だったってことか」

 土気色に変わっていく顔。恐怖で止まらない汗。それでもどこか子どものように目を輝かせながら、若頭は鳩也を見つめた。

「だが、最後の三分間。伝説の殺し屋『カッコウ』の技を見てから死ねるなら、冥土の土産にゃ悪くねえかもなぁ」

 それだけの価値がある見物だった。そう言う若頭に対して、カッコウは眉一つ動かさず指に力を込めた。

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