モテない僕がエセ関西弁を憎む女とカップ麺を分けるだけのおはなしです
綾坂キョウ
君の三分、僕の三分
「あ、カップ麺」
給湯室にやってきた山本が、鼻をひくつかせながら呟く。
「いいなぁ。それ、新商品?」
「うん、そう。ちょうど今、お湯いれたとこ」
「じゃああと三分だ」
笑って言いながら、山本は棚から黄色のマイカップを取り出し、ついでに引き戸にストックされている割り箸を一膳取り出した。そのまま当たり前の顔をして、僕の隣に腰をおろす。
「ご相伴にあずかります」
「なんでやねん」
「出た、エセ関西弁」
「いや、なんでやねんは最早、標準語と言っても過言ではないはず」
「だめ。認めません」
「じゃあ標準語ならなんて言うんだよ」
「……なんでですか? とか」
「なんでですか?」
「なんでですか」
「……重いなぁ」
「うん……」
こう考えると、「なんでやねん」の軽快さは標準語にない軽快さだ。いやまて、普通に「なんで?」って語尾のですますを取れば良いだけの話では? 危ない、騙されるところだった。
「三分って言えばさぁ」
提案し直そうと思った僕の口が開く前に、僅かに積もりかけた沈黙を払うように、山本が割り箸をもてあそびながら言った。
「この前、寝坊してさ。めっちゃ走って、そしたら駅の改札口の前に猫がいてさ。それがまためっちゃ可愛いわけよ」
「うん」
「毛とかももふもふしててさー。すっごい触りたかったんだけど」
「触れば良かったじゃん」
「でも電車来るまであと三分だったし、間もなく列車か参りますって放送流れ出したから、触れなくて」
「うん」
「あれは残念だったなー……」
「ふうん……」
「……ふうんて」
「オチは?」
「え?」
「だから、その話の、オチ」
「……違う。違うんだよ佐藤。てか、あー。だからモテないんだよ佐藤そういうの駄目、絶対」
「絶対か」
「絶対」
きっぱりと言いきられ、なんとなく心のやわっとした部分が傷つきながら、僕はなんと言うべきか悩んだ。
「山本」
「うん?」
「めっちゃ、って、関西弁だろ」
「え? 違うし。みんな使ってるじゃん」
「なんでやねんだってみんな使ってるだろ。おまえもエセだエセ。エセの仲間入りだ」
「えーやだぁ……もう使わない」
そこまでか。そこまでエセは嫌か。
そう思っていてると、山本は急にスマートフォンを指で弾くようにタップし始めた。
「え? エセって、漢字だったの!? 知ってた?」
「まぁ……なんだよ急に」
「だって、佐藤がエセエセ言うから、エセって
「なんだと思ってたんだよ」
「え、なんか。エッセンシャルなんちゃら的な」
「マジかー……」
「……あ、めっちゃも、ほんとに関西弁だった。へこむー」
「そんなんでへこむなよ……てか、信用してなかったのか」
「だって、佐藤だし」
なにが「だって」だ。なにが。
「ねぇねぇ、もう良いんじゃない?」
再度、右手に割り箸を手に持ちながら山本が言う。
「あぁ、もうそんな経ったか」
カップ麺のふたを開ける。もわっとた白い湯気と共に香ばしい匂いが、あたりいっぱいに広がる。
「ほれ」
「いただきまーす」
遠慮なく差し出されたカップを受けとる。その薬指に、きらりと光るものが見えた。
「あれ」
「ん?」
「それ……」
「あぁ、これ?」
湯気の熱気のせいか、それともチークの塗りすぎかは分からないが、山本の頬は赤かった。
「えへへ。入籍は、まだなんだけどね」
「ふぅん」
「で、オチは?」と言いたいのを堪え。
カップを受け取ったのとは反対の手に持った割り箸で麺をほぐしていた僕は、その手を止めた。
「……じゃ、これやるよ」
「え? なんで」
「結婚祝い」
「だから、入籍はまだだって。てか安いなぁ」
山本がくすくすと笑いながら、だが「でもいんない」とすげなく断ってくる。
「あたし、今週からお弁当作ってきてるから。やっぱりちょっとだけ分けて」
「……なるほどなるほど」
頷きながら、僕は言われた通り、改めて山本のカップに麺と、少量のスープを取り分けた。
「ほら」
「わーいありがとう! 佐藤だいすきー」
わざとらしく付け加えられた言葉に、「なんでやねん」と返し。
鼻唄まじりに山本が去ったあと、ほんのり寒くなった給湯室で、僕はほんのり冷めたカップ麺をずるずるとすすった。
「マジかー……」
めっちゃ、へこむ。
モテない僕がエセ関西弁を憎む女とカップ麺を分けるだけのおはなしです 綾坂キョウ @Ayasakakyo
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