あなたのルール

キロール

電車のボックス席に

 あなたは列車のボックス席に座っている。


 一人の男があなたが座るボックス席に近づいて来る。


 見れば、その男は恐ろしげな風貌をしている。


 あなたは、その姿がトレホに似ていると思った。


 腰に吊り下げた得物を握る時が来たのかと、あなたはそっと息を呑む。


 ここがメキシコであり、あなたがバンデラスであれば、得物はトレホ似の男の命を奪おうとしただろう。


 だが、ここはメキシコではなく、あなたはバンデラスではないので腰の銃だかバールらしきものの出番はまだ来ない。


 トレホ似の男はあろう事か、あなたに対面する席に座り、薄汚いカバンからコロナの瓶を取り出した。


 列車の中は公共の場である、そこで酒を飲むなどと言う行為はあなたのルールから外れているし、何より酒飲みのルールからも外れている。


 やはり、腰の銃だか約束された勝利のバールだかを振うしかないのか。


 あなたが決意を固めると、トレホ似の男は瓶を開けてコロナにしては少し緑がかった液体を飲みだした。


 そこであなたは気付いた。


 この匂いは……お茶。


 それはコロナに似せた瓶に入ったお茶であったのだ。


 あなたは瓶にそっと視線を送り商品名を確認する。


 「おい! 茶!」と言う商品名の書かれた瓶に入ったお茶は、見る見るとトレホ似の男の腹の中に消えていった。



 あなたは、それを見て落ち着く事にした。


 腹が減っているから、気が立っているのかも知れないと思い至ったからだ。


 考えてみれば、トレホに似ているからと言って、――顔立ちが悪役俳優に似ているだけでメキシコで暴れまわる強者である訳はないのだ。


 そう気付けば、あなたは前の駅で買った弁当を広げた。


 弁当のおかずを確認したあなたは、どのおかずから食べるのかを考える。


 弁当を食べるにも、あなたは己に課したルールがある。


 この弁当はボリュームフライ弁当と銘打った代物で、白身魚のフライ、アジフライ、イカリングが堂々の主役。


 それに付け合わせのポテトサラダにレタス、白米と梅干しと言う組み合わせだ。


 まずはレタスから食べるのがあなたの流儀ルールだ。


 フライなのだから千切りのキャベツを期待したいが、それは致し方ない。


 次に白米を一口食べ、更にポテトサラダを食べる。


 次はいよいよ、ソースをかける時だ。


 この時間が、あなたにとって一番気を使う時間だ。


 多くかかり過ぎれば、素材の味もへったくれも無いが、少なすぎてはつまらない。


 ソースと言う名の塩分を摂取せねば、何のために油にまみれたフライを食べると言うのか。


 あなたは慎重にソースの配分を行う。


 おっと、そこにアクシデントだ!


 列車が大きく揺れて、あなたの繊細な作業を邪魔した挙句に想定以上のソースが飛び散り、片田舎の冬の庭先を覆う雪化粧の様な米を汚した。


 何と言う理不尽か。


 あなたは激怒した。


 斯様な試練を与える神なる者を必ず滅さねばならない。


 腰の呪われた銃だか神殺しのバールが力を振う時だ。


 そう心に誓うも、まずは目の前の弁当を片付けねばならない。


 ソースに塗れた白米をあなたは見つめた。


 その時、あなたの背すじに電流が走った。


 そう言えば誰かが話していたことがある。


 白米にソースをかける事は給料日前のギリギリを生きるのに役立つと。


 確かに、今は給料日三日前に345円しかない程度には危機的状況だ。


 仕方なくあなたはソースの掛かった白米を食べた。


 食べずに捨てると言う行いこそが最大のルール違反だ。


 ソースのかかった白米は濃い味がした。



 さあ、あなたは神が与えた試練を乗り越えた。


 後は、残った白米と梅干とフライを黄金比で食べれば良いだけだ。


 アジフライ、ご飯、白身魚のフライ、ご飯。


 順調に事が進む。


 イカリ――。


 貴方はイカリングを口の中に放り込み時が止まるのを感じた。


 これは、これは――オニオンリングじゃないのか!


 ZAP! あなたは弁当屋の罠にまんまと嵌ったのだ。


 イカの身の弾力を期待していたのに、さっくりと食い千切られるオニオンリングの切なさは、大いなる敗北の味がした。


 

 あなたが敗者の如く弁当を食べ終えると、相席のトレホ似の男が薄汚いカバンからハンバーガーを取り出した。


 その大きさは佐世保辺りで買ったバーガーの様だ。


 ハンバーガーは良い、規範ルールに縛られにくい食べ物だとあなたはトレホ似の男のチョイスに羨ましさを感じながら、腰の得物と共に旅を続ける。


 次はイカリングとオニオンリングの違いを見極めてやると、心に決めながら。


<了>

 

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あなたのルール キロール @kiloul

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