紙とペンと海の星 vol.2
東洋 夏
神話の食卓
※この文章は異文化言語研究者アム・セパア博士によるコラム「紙とペンと海の星」から抜粋したものです。当コラムは掲載元の汎銀河系自然環境専門チャンネル《ポーラー》から転載許可を得ています。
「vol.2 神話の食卓」
エンダ(こんにちは)、皆様。
アルマナイマ星からの定期通信です。
今回のテーマはアルマナイマ星の神話について。
生物のお話はどうしたのって、仰っしゃりたくなりましたか?
そうですね、《ポーラー》をご覧の皆様のこと、アルマナイマの手付かずの自然について、興味を持たれているかと思います。
ですが自然環境を理解するには、その星に暮らす知性体の叡智に耳を傾けることが、大きな手助けになるものなのです。
そこで今回は、アルマナイマ星の海洋放浪民セムタム族の神話から、彼らが生き物と向き合うスタンスを探っていきましょう。
セムタム族は、世界の始まりを二枚貝が開く様子になぞらえています。
貝の中から世界が始まるという神話は、古代地球や、シックスパーフェクツ星(惑星序列:6)の諸民族でも語りつがれて来ました。
どうやら海辺の人々にはお馴染みのイマジネーションのようです。
少し脱線しますが、私は似たような神話が色々な海洋星に存在することを、セムタム族に話したことがあります。
彼らからは、非常に合理的な解釈が返ってきました。
セムタム族の神話世界では、貝殻が開くとともにアルマナイマ星を中心に世界が広がった、とされています。
アルマナイマ星の誕生と同じ過程で他の星々も生まれ、同じ創造の過程で生物があらわれたたのだから、共通する感覚を持っているのは当然だ、と彼らはいうのです。
トゥトゥという名前のセムタム族はこう説明してくれました。
「卵から魚が孵る。同じ卵の群れでも、大きかったり小さかったり、色形が違っていたり、生まれてくる子供は様々だ。でも、親は一緒なんだ。そういうことだろ」
彼は汎銀河系の遺伝学を知りませんが、一流の観察眼にかかれば、自然が学校の代わりになってくれるのです。
セムタム族は、宇宙の全ての命は兄弟だと思っています。
汎銀河系の私たちが同じ考えを持てば、きっと世界から外見や種族による差別は無くなることでしょう。
私はそれを願います。
では、セムタム族の創世神話をかいつまんで説明しましょう。
創造神である<唯一の者>が寝返りをうったとき、二枚貝の殻が開きました。
これが世界の始まりです。
殻の間から光が入ってきて、神様は眩しくて泣いてしまいました。
この時に涙から三匹の龍が生まれ、それぞれ天と海と島々(大地)の守り神に任命されます。
さて、海を担当する事になった龍は、海底から泥を持ち帰りました。
泥の中からは美しい女神が現れて、ふたりは結婚します。
アルマナイマ星で初めてのカップルになったわけです。
このふたりの産んだ卵から、龍たちやセムタム族を含むアルマナイマ星の命のすべてが誕生したとされています。
木や草ですら、セムタム族にとっては親戚なのです。
そして、強大な龍のことも、対等な家族だと思っています。
そんな彼らセムタム族の食事に対するこだわりは、興味深いものがあります。
もはや執着と言っても差し支えないレベルです。
セムタム族の社会には王制や首長制といった集権制度はありません。
その為、貨幣経済も発達しませんでした。
熱帯の気候は恵み豊かで、基本的には自給自足で生きていけます。
にも関わらず、彼らの人気職業は「料理人」です。
料理人は調理技術を売って商売をしています。
食材あるいは対価になる物品と、調理技術の交換により取引が行われるのです。
一番名のある料理人の、一番有名な料理を求めようとするならば、飛龍の肋骨を支払わなければならないとも言われています。
飛龍の肋骨はカヌーの船体に加工されるもので、たいそうな貴重品です。
私たちはついつい、安っぽい食材だとか、二級品だとか、食べ物に貴賤をつけてしまいます。
セムタム族の考え方は違います。
アルマナイマ星の命は全て対等である、また同じ親から生まれた兄弟である、とセムタム族がかたく信じていることは先ほど述べました。
つまり彼らが口に入れるものは、すべて彼らの分身みたいなものなのです。
兄弟に順位をつけるのは愚かなことだと、彼らは言います(このことは神話の中で何回も忠告されているのです)。
どの食材であろうと徹底的に美味しくいただこうという感覚は、神話のエッセンスから育まれたのでしょう。
高価値の食材というものは存在しますが、それは食材を得るための労働力(危険性)が上乗せされるからで、食材そのものに優劣をつけるための差異ではありません。
彼らの食卓は、非常に豊かです。
私は料理人に出会った時など、欲張って全種類食べてしまおうと奮闘するのが常です。
料理人はそれぞれに工夫を凝らし、得意分野があったり、オリジナルのスパイスを調合しています。
おかげで私が今いちばん怖いものは、体重計と言っても過言ではありません。
もちろんセムタム族の皆兄弟理論由来の研究心は食材だけでなく、道具やカヌーを作るときにもいかんなく発揮されます。
何しろ工芸品を集めたお祭りまで開催されるくらいなのですから。
そのあたりのお話は、また別の機会にさせていただきましょう。
《ポーラー》では、沢山の「知性体と自然の関係性」が取り上げられます。
アルマナイマ星ならずとも、その複雑なパワーバランスをより深く知るためには、文化面からのアプローチも必要です。
あなたの星の神話にも、きっと自然と正しく付き合うためのヒントが隠されています。
どうか、おとぎ話だと一蹴しないで。
そこには沢山の知恵が詰まっているのですから。
それでは今回のエッセイはここまで。
皆様、来月までエンダ・ルラ(さようなら)!
紙とペンと海の星 vol.2 東洋 夏 @summer_east
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