夜の闇

さち

第1話 スマホ

 日差しの入りが少ない部室。

ホワイトボードを囲んで話し合いが行われている。


「じゃあ、不思議の国のアリスをやるってことで。・・・どの場面をやろうか。」

「やっぱり、全部は難しいですもんね・・・。」

「配役とかも、どうしましょう。」

 この話し合いは、新入生への部活動紹介で行う演目の話をしている。

三年生の先輩が引退した今、二年生と一年生で作る初めての演目となる。

 悩みながらも積極的に意見が出てきた。

「お茶会は?あの、あれ、何でもない日バンザーイって、お茶会じゃなかったっけ?」

それぞれが、その場面を思いだそうと必死な顔になっていた。

これこれ。と見せてくれた動画を見た途端、霧が晴れる様に、スッキリとした表情になった。

「これなら、ほぼ全部のキャラクター出てない?」

「イケるんじゃない・・・?」

 一同が頷き合い、拍手で賛同した。

また一つ内容が決まり、話し合いも一段と盛り上がってきた。

「アリスと帽子屋、白ウサギ、あれ?茶色か?」

「ハートの女王も必要だよね!」

 あれだ、これだと色々話し合いの結果、演目名と配役まで決まった。

「じゃあ、今日はここまでにしようか。」

時計を見れば部活終了時刻を少し過ぎていた。それに伴い下校時刻も迫ってくる。

「少し、時間過ぎちゃった。ごめんね、お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした!」

 それぞれ帰宅準備をし、校舎を出て行く。

自分も自転車を引き校舎を出て最寄り駅まで歩いた。



「決まったね。アリスのティーパーティ。皆、すごく楽しそうに話してたよね。」

「うん。ここまで話が進むとは正直思わなかったな。」

「真優ちゃんのハートの女王も楽しみだな」

「そうか、期待に沿えるように頑張るよ。」

 良いも悪いも、今現在、演劇経験者はただ一人。真優ちゃんだけ。

「自分も、流れを考えてきてみるね。あんなにも楽しそうな話し合い、すごく、色んな考えが浮かんだ!」

「ありがとう栞里ちゃん!助かるー!」

「微力だろうけど、力になれるように頑張るね。」

 最寄り駅手前の横断歩道を渡り、お互いにまた明日と言い別れた。


 自転車に跨がり勢いよく漕ぎ出した。

楽しかった話し合いを思い出しながら、漠然と考えを巡らして家に帰った。



 腹が減っては戦は出来ないので、しっかりご飯を食べ、お風呂にも入り、一度頭を落ち着かせた。


 前髪を上げピンで留め、後ろ髪をヘアゴムで一つにまとめた。

「いざ、勝負!」

 ルーズリーフとシャーペンと消しゴム。

配役を思い出しながら、大まかな流れ、役に合ったセリフ、面白い掛け合い、動きなど思いついた内容を書き出した―。


―い所だが、中々思うように言葉で表現出来ず、頭の中と手元は決して一致しなかった。

 書き出している途中にも出てくる新しい閃き手を止め、消して、書き直した。



―暫くして書く手が止まった。

「・・・ふぅ・・・。」

 深い息を一つ吐き、時計に目をやれば日付が変わっていた。

 書き上げた内容を見直しながら、すごく集中して書いていたんだと改めて知った。だが、充実感・達成感に充ちていた。この際、睡眠時間なんてどうでもいい―。

―事もないので、書き上げたルーズリーフをファイルに入れ、鞄の中へ閉まった。

 頭がまだ興奮しているがベッドに入り、眼を閉じた。なお考え続ける頭に、流石に寝かせてよ。と思いながら硬く眼を閉じ、寝返りをうった。

 次の日。早速真優ちゃんに話を持ち掛けたら、彼女の熱量もすごく、考えてきた内容を話してくれた。

 明確な内容で、頭の中で役が動いたんだ。

「―そんな感じで考えたんだけど・・・どうかな?」

「うん!すごいよ!ちゃんと想像出来たもん!それで良いと思う!」

 自分の考えてきた内容が恥ずかしいくらいなのに、自分の口が可笑しな事を言い出した。

「自分もね、あれから考えてみたんだ。全然しっかりしてないし、ほぼ自己満足みたいなやつなんだけどね・・・」

可笑しな口の次は、手だ。

彼女に昨日書き上げたルーズリーフを渡してしまった。

寝不足のせいなのか?制止も効かない、誰の意思で動いているのかも分からない。考えたくもなかった。

 彼女はルーズリーフに目を通していた。


頭の片隅に色々な言い訳が聞こえてくる。

きっとこれが、自分の意思だろう。


「ね、経験者にこんなものを見せるのもどうかと思うんだけどさ。昨日、書いてくるって言っちゃったし、経験者だからって真優ちゃん一人で全てを負わせる訳にもいかないし、もちろん、勝るものなんて何も無いけどさ、微力でもいいから力になりたくて・・・」

恥ずかしすぎて目を見て言えなかった。

―バカだ。ホントバカだな自分は。

「ありがとう。栞里ちゃんは本当に優しいね。」

―優しいのはあなただ!

「いやいや、そんなこと無いから。本当に自己満足だし、また、皆に話ながら色々考えようよ!」

「・・・。」

「真優ちゃん?」

 再びルーズリーフに目を通した彼女の目は真剣で、時々小声で何かを呟いていた。

 程無くして、朝礼のチャイムが鳴った。

「これ、書き込んでもいい?ちょっと、借りるね。」

「!?うん、分かった・・・。」

 咄嗟に言われて返事をしてしまったが、自分の手元に無いのがとても不安だった。



 そして、昼休み。昼食を取りながら今朝の続きを話す事になった。

「それで、この掛け合いは面白いから使いたくって、ってなると、こうした方が良いんじゃないかなぁって思って。どうかな?」

「うん。もう、全然。言うこと無しです。使ってくれてありがとうございます。」

「いや、これは本当に面白い!」

「本当?なら、良かった。」

 きっと、気を使わせてしまったのだろう。でも、どこか、ホッとしている自分がいた。



 部活での話し合いもそこそこに、大方内容が決まり、今日の活動を終えた。

 彼女といつものように、最寄り駅まで歩いていく。









 開けたノートに書き出したコンテストの日付と要項。ノートに書き出した分だけ削除して、取り返しの付かない闇に放り投げた。

 シャーペン片手にスマホをため息を付きながら操作する。

先程から消えては付けてを繰り返す画面。

動かないカーソルはその場で点滅したまま。

一瞬でも思いついた文章や単語を打ってみるが、その先が浮かばない。また、消す。

エピソードを入力してくださいから変わらない。

「・・・。」

 とりあえず、未定と入力し、保存を掛けページを閉じた。





 あの語り合った出来事を鮮明に思い出せるのもすごいと思う。

でも、かれこれ、五年は経つ。


 彼女がどうしているのかも分からない。

夢を追っているのか、いないのか。

連絡先を知っているから連絡を取れない訳でもない。もし、番号が変わっていたら何て思うけど。連絡する勇気も無い。

相変わらず、日の目の日の字も見えないから。


 あの思いは偽りではないと誓う。

ノートも閉じ、机上に突っ伏した。

 諦める訳にもいかない。彼女と約束した。

密かに、楽しみにしているんだ。同じ舞台に立つことを。

 だから、自分も頑張らないといけない。


―あ、思っているだけだからか。

ムクリと上体を起こし大きく伸びをした。

「自分は、小説家か脚本家になって、真優ちゃんと同じ舞台に立つんだ。」

 再びスマホを手に取り、未定と入力されているページを開いた。


―変わるのに、遅いも早いも無い。そうでしょ?

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夜の闇 さち @k3t2mys

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