紙とペンと紙ペン

@sorikotsu

紙とペンと紙ペン

「まず、これが紙ね」

「うん」

「そして、これがペン」

「ですよね」

「そんでもってこれが、紙ペン」

「わかりません」


放課後、会長に生徒会室へ呼び出された僕。

机の上には、紙と、ペンと、それから、紙ペン。

いや、紙ペンってなんだ。


「その、僕が間違ってたら悪いんですけど、これは、ただの紙で作ったペンじゃないですか?」

「少し違う。紙ペンだよ」

「日本語で会話しませんか?」

「ごめんね。私、日本語は履修してないの」

「必修ですよ?」


会長は、その紙ペンを持つと、僕に手渡してきた。


「ほら、間違いなく紙ペンだよ」


受け取ってみると、なるほど。紛れもなく、ペンの形になっている紙だ。

そして、もっと言うなら、ノートの切れ端。


「ね?」

「会長。勉強のしすぎで、おかしくなっちゃったんですか?」

「そうかもしれない」

「認めるんですね」

「でも、それは君のせいでもあるんだからね?」

「……なんで急に僕が」


会長は、一週間後に、第一志望の大学の受験を控えている。

本来なら、こんなところで、僕と話している暇はないはずだ。


「会長、用が済んだなら、僕は帰りますよ」

「待って、待ちなさい。立ち上がらないで。両手を挙げて」

「犯罪者ですか……」

「あれは、昨日の夜の話なの」

「なんですかいきなり」


会長は、ペンを手に持ち、紙に何かを書き始める。

どうやら、昨日の夜を再現しているらしい。


「こんな風にして、方程式を解いていたの」

「はい」

「そしたらね、急に、君が浮かんできた」

「えっ?」

「受験なんて、どうでもいいの。私くらい頭が良ければ、受かっちゃうから」

「はぁ」

「でも……。卒業、するじゃない?」

「……はい」

「……そういうことなの」

「……えっと」


会長は、紙とペンを、元の位置へ戻す。

全く理解できなかった。

本当に、日本語を履修していないのかもしれない。

だとしたら、受験生として致命的だ。まず名前が書けない。即不合格だ。

しかし、どうやらそうじゃないらしい。

会長は、さっきから、頭を抱えながら、うまく自分の伝えたいことが、伝えられない苛立ちを表している。


「だからこそ、紙ペンなの」

「これですか?」

「そう、それ。それを、昨日気がついたら、作ってたの」

「だいぶ病んでますね……」

「違うの。紙ペンを作りたかったわけじゃなくて……、その……、開けてみて?」

「えっ」


僕は、会長の言った通り、ペンの形を保つためにつけられているテープを剥がし、開く。

中には……、


「……」


離れたくない。そう書いてあった。


……えぇ、なにこれ。

そういうことなのか?

僕は、期待半分。疑問半分の視線を、会長に送ってみる。


「……好き、です」


会長は、まっすぐ僕を見つめながら、はっきりそう言った。


「……いやほんと、なんで急に、こんな」

「急じゃない」

「えっ?」

「急じゃないよ。私は、ずっとその、うん。えっとね」

「だって、そんな前振り、全くなかったじゃないですか」


クリスマスだって、バレンタインだって、会長はなにも言わなかった。むしろ、ただの平日だって、変わらないって。

……僕の方が、むしろ、会長のことを、意識していたくらいなのに。


「前振り、できるくらいなら、もっと早く告白してる」

「……まぁ、それもそうか」


……お互い様、と言えなくもない。

会長と、副会長という関係性になった日から、もう一年近く経っている。

今は、とっくに会長は会長ではないし、僕は副会長ではなく、会長だ。

そんな風になっても、お互いの呼び方が変わっていなかったのは、どこかで、変化を恐れていたからかもしれない。


「ノートに、気づいたら書いてたの。だから、慌てて破って、丸めて……、でも、捨てるのは、気持ちを否定するみたいで……」

「だから、ペンにしたんですか?」

「おかしくなってたんだと思う」

「間違いないですね」


僕は思わず、笑ってしまった。


「会長、僕も、会長のこと好きですよ」

「……本当?」

「はい。本当です」

「本当に、本当?」

「本当ですって」

「じゃあ、名前で呼んで?」

「えっ」

「……いつまでも、会長じゃ、イヤ」


明確に、関係性が変わった瞬間だった。

……でも、いきなり名前で、なんて。


「じゃ、じゃあ。会長が、先に僕のことを、名前で呼んでくださいよ」

「……そんなの、無理。恥ずかしい」

「……」


……さすがに、色々まとめて進めすぎだ。

一回、落ち着こう。僕も会長も、変なテンションになっている。


僕は、気持ちを落ち着かせるため、机の上に置かれた、紙とペンを手に取り……、素直に、今の気持ちを書いてみた。

その後、紙を丸めて……、テープでとめて、先っぽを尖らせて……。


「はい、会長。紙ペンです」

「……開けてもいい?」

「家で開けてください」

「うん。うん。わかった……。楽しみ」

「それは良かったです」


会長は、僕の作った紙ペンを、嬉しそうに、カバンの中へしまった。

その様子を見て、僕まで嬉しくなってくる。

好きな人の笑顔ほど、幸せになれるものはない。

……どうしよう。言葉でも、文字でも、気持ちを表してしまったせいで、ますます目の前の会長が、可愛く見えてきた。


「……なに?」

「あっ、いや、なんでも」


思わず、じっと見つめてしまっていたらしい。

僕は、慌てて目を逸らした。


「会長、受験頑張ってくださいね」

「頑張るのは、君だよ」

「……えっと?」

「私が受けるところ、レベル高いから……。ちゃんと勉強しないと、入れないからね?」

「……そう、ですね」


……そうだった。

会長の、紙ペンに書かれていたのは、離れたくない。だもんな。

今日から、ちゃんと勉強しよう。


その日から僕は、勉強するとき、紙とペンと……会長がくれた、紙ペンを、机の上に用意するようになった。

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