1+1=3

亜済公

1+1=3

【ある新聞の特集面】


『3.14から15年。112世代から113世代へ  連載第一回』


 15年前の3月14日木曜日。

 その日、世界が変わった。

 どう変わったのかと聞かれても、残念なことに私達が説明することはできない。これは人類の知覚できる次元の出来事ではないのだから。

 日本で発生したその現象は、またたく間に世界中へ広がった。同心円状に、まるで地震のように。

 フォーカング教授は、この現象に「数学の反乱」というユニークな呼び名をつけ、月刊誌「ノーベル」で次のように語っている。



「あの日、我々が信じてきた……あらゆる理系の分野において、その根本的な部分を形成していた、「数学」というものの性質が、突如変わったのです。それまで我々は「1+1=2」だと考えていました。それは疑いようのない事実でした。ところがその日、私達は気づいたのです。「1+1」の答えが「3」であるということに」


 博士はそう言って、ポケットから卵を取り出した。


「これは1つです。ところがもう1つ並べると……いくつに見えますか?」


――3つ……ですね。信じがたいことに。


「そうです。実に信じがたいことです。どんなに考えても『1+1=2』のはずなのに、事実上『3』という数字が出てきてしまう。私は『数学の反乱』と呼んでいますが、もしかするとこれは、私達が正しい計算結果に『気づいていなかった』だけなのかもしれませんね」


――『気づいていなかった』とは……?


「私達は、集団催眠のような状態にあり、いかにコンピュータが『3』と表示しても、それを『2』と錯覚していたのではないか。それが私の中で最も有力であると考えている説です」


――なるほど。では、今後その『気づき』がどのような事態を引き起こすとお考えですか?


「今のところ不都合は起こっていません。あたかも世界は元からそうであったかのように。日常的な部分でコンピュータは何のエラーも起こさず、以前と同じように……むしろ以前より正確に動いています。しかし、その理由がわからない。今後その基礎であった分野……つまり巨大な数字を多用する、計算によって発展してきた分野は、大きな変革を余儀なくされるでしょう」


――それは例えば『宇宙』とか?


「そのとおりです。今まで『正しい』とされてきた理論はすべて否定されます。『古典力学』さえ完全なデマかもしれません。言ってみれば、私が宇宙に捧げてきた60年という歳月は、全くの無駄だったわけです」



 この対談は事件発生からわずか数週間後のものだ。フォーカング博士の発言は概ね正しく、これが事の全てを表している。少しひねくれた言い方をすれば、それから15年が過ぎた現在においても、これ以上のことが全く判明していないということだ。


 古典力学は完全なデマで、単なるこじつけに過ぎなかったし、目覚ましい発展を遂げてきた様々な研究は根こそぎ否定された。

 その影響は多岐にわたり、足し算掛け算から遺伝子工学まで。現状「なぜかうまく行く」ものの、計算ではデタラメな数値が溢れてくる。今まで信じられてきた「理論」が、全て「こじつけ」であると判明した――「判明」したのかそう「なった」のかは置いておいて――瞬間だった。


――視点を変えよう。

 日本の文部科学省は、指導要領を見直し、「算数」「数学」を廃止、古典数学に多少の改変をした「新算数」「新数学」に変更している。


「新算数だなんて言っても、所詮付け焼き刃ですからね」


 そう語るのは、教師歴20年の小学校教師、中田翔平さん(46)だ。


「突けばいくらだって矛盾が出てきますし、我々『112』世代にはなかなか理解が難しいんですよ」


「矛盾」という言葉が出てきた。

 例えば「1+1=3」なのに、「1+2=3」なのはなぜか。

 「新数学」は、現在発見されているものでも853もの矛盾をはらんでいる。これを学ばせることに意味があるのか。しかし、他に教えるものがないのもまた事実である。


 ある研究者は「1+1=3」という計算が成り立つことは、この宇宙の終焉を表しているという。

 我々からすれば単なるオカルトに過ぎないが、学会においてはかなり信頼性のある説として受け入れられつつある。

 考えれば考えるほどわけのわからない計算式。実際にその全容を把握している人間など、おそらく1人もいないに違いない。


 私はここに記録する。

「1+1=2」であった時代のことを。

 そして、同様の変革が再び訪れたとき……不運にもこの社会が破綻することのないよう、心に留め、常に注意すべきであると警告する。

 もし「1+1=4」になったら?

 もし10進法が成立しなくなったら?

 3.14から15年の月日が経った。

 私達は今後「数学」やその副産物に頼りすぎることなく、自分たちの力でこの文明を維持していかなければならない。(大橋)

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