名もなき恋の物語

ユメしばい

私の幼馴染は、恋の奴隷

 ここはミロク村。

 辺りに森と山が広がる、住民300人ほどが住んでいる、片田舎の小さな村である。


 そんな何の変哲もない平和な村に、ある掟があった。

 成人を迎える男子は、森の奥地にある宝玉を持って帰ることで、はじめて成人として認められる。

 村を守るために代々受け継がれてきた掟である。


 そしてここにひとり、明日で成人を迎える男子がいる。

 彼の名は、カトル。

 同世代の中でも飛びぬけて負けん気の強い17才である。


 ミロク村のちいさなお社で、老いぼれた巫女が護摩に木をくべながら、


「カトルや」


「はい、ルル様」


 ここでひとつ語り忘れたことがある。


「明日の旅は友を連れていくとよい」


「友、といいますと?」


「うむ、ずばり女ぢゃ。女子おなごの友を連れて旅に出ろと、神は申されておる」


「……は?」


 成人の儀式は、ただ宝玉を取りにいくだけではない。

 ルルが儀式の前日、このようにして神のお告げを聞き、個別に試練を課していくのだ。


「その友を守り、無事ふたりで帰郷することを課す。と、神は申しておるのぢゃ」


「お、お言葉ですがルル様、女といっても一体誰を連れていけば、」


「そなたの心に決めた女子ぢゃ」


 ――ミロク村広場。


「クッソー、無理難題吹っ掛けやがってあのババァ」


 カトルは村の広場でひとり頭を抱えて悩んでいた。


「心に決めた女って……ンなのどうやって誘えばいンだよ!」


 そこで、


「あ、カトルじゃん。あんた昼間っからこんなところで何してんのよ?」


 彼女の名は、ディア。

 カトルと同じように負けん気の強い瞳を携えた、見目麗しき幼馴染にして、彼の想いの人である。


「お、お前こそ何してンだよ。家の手伝いは? あ、そっか、またサボりかよ」


「はあ? あんたみたいなろくでなしと一緒にしないでよ! あたしはこれから夕飯の買い物に行くところなの」


「て……ちゃっかり座ってンじゃねえか」


「べ、別にあたしがどこで休憩しようが勝手じゃない!」


 負けん気の強いふたりは、昔からこんな感じであった。

 そしてディアもまた、カトルのことを密かに想っている。


「あ、あの俺さ、明日、宝玉を取りに出掛けンだ」


「へえ、あんたもやっと成人になるのね」


「それでさ、ルル婆が……お、女を同行させろって言ってンだよ。で、もしよかったら、お前一緒に来てく――」


「ルル様の占いは絶対だからねーそりゃ大変だわ、て、えええええッ!」


「でけー声出すなよみっともねえ」


「あ、あんたバカにしてるの? なんであたしがあんたと一緒に行かなきゃならないのよ!」


「今ルル婆の占いは絶対って言ったばっかじゃねえか!」


「だ、だったら他を当たればいいじゃない」


「いや……お、お前を連れてけって言ったンだよ、ルル婆が」


「嘘つき」


「う、嘘なわけねえだろ! 疑うならルル婆に聞いてみろよ」


「……はぁ、よりにもよってなんであたしなのよ。わかったわ、行けばいいんでしょ。仕方がないから行ってあげるわよ。その代わり、あんた荷物係ね」


「は? なんで俺がお前の荷物持たなきゃならねえ」


「あんたあたしのこと好きなんでしょ? だったら荷物持ちくらいしなさいよね!」


「か、勝手に決めつけンな!」


 ――翌日、コヤールの森


「ねえ、あんた一体どこまで歩かせる気よ。この道でほんとにあってるわけ?」


「うーん、地図通り進んでンだけどなー」


「ほっんと頼りないわね。あ、そういえば、あんたその腰の剣なかなか似合ってるじゃない。どうしたのよ?」


「親父のお古」


「へえ、ベスティアおじさんのお古か。てかあんたその剣扱えるの?」


「親父みてえにはいかねえけど、そこそこはな」


「ふーん、おじさんも大変ね、息子がなまくら剣士で」


「剣豪と比較すンな! 無駄口叩いてると置いてくぞ」


「はあ? あんたあたしのこと好きなんでしょ? だったら最後までエスコートしなさいよね!」


「だから勝手に好きって決めつけンな!」


 ――コヤールの森、夕刻。


「ワリィ、迷った」


「はあああ!? こんな所まで来てなに寝ぼけたこと言ってんのよ! もう日が暮れちゃうじゃない! どうするのよ!」


「だから悪いって言ってンじゃねえか」


「ごめんなさいで済んだら自警団はいらないのいよ! あんたがこんなにバカだとは思わなかった」


「クッ、なんでそこまで言われなきゃならねンだよ! 幼馴染のよしみで今まで言わなかったけどなあ、俺は口の悪い女は大嫌いなんだ!」


「バカにバカって言ってなにが悪いのよ! だいたい、あんたが道に迷わなければこんなことにならなかったの! 私だってねえ、言いたくなかったけど、あんたのことなんか昔っから大嫌いよ!」


「気が合うじゃねえか、俺も大嫌いだ!」


「か、完全に愛想が尽きたわ。もう頭にきた。あんたなんか絶交よ! 帰る! この森で勝手に野垂れ死んでなさい!」


「そりゃこっちのセリフだ! 勝手に帰れ! 二度と面見せんな!」


 お互い反対方向の道に歩きだしてから半刻ほどが経過した。

 カトルも最初のうちはディアの文句を垂れ流しながら歩いていたが、ようやく頭が冷えてきたのか、じわじわと後悔が宿りはじめる。


 そこで、


『きゃあああああっ』


 ディアの悲鳴だった。

 何かあったのだ、と彼女が向かっていった方角に走ろうとするが、思いとどまる。


「じ、自業自得じゃねえか。あんなこと言いやがったあいつが悪いんだ」


 しかし、次の悲鳴が聞こえた時には、体が勝手に動き出していた。


「クソ、クソ、クソ! あんな女、あんな女なんか」


 カトルは一心不乱に走りながらディアとの思い出を想起していた。


 村の祭りで遊んだこと。川に泳ぎに行ったこと。町に買い物に出かけたこと。


 素朴な思い出だが、今も昔も、ずっと彼女と一緒だった。

 その都度、減らず口を叩かれたりもした。

 けれど、ずっと一緒にいてくれたのは、彼女ただひとりだった。


「大っ嫌いだあああああ!」


 ディアの悲鳴が近くで聞こえた。

 思いのほか道を進んでいなかったことに胸を撫で下す。

 この先は森の広間。彼女は多分そこにいる。


 そして視界が広がった先に最初に見えたのは、背丈が2メートルはあると思われる胴長の巨人だった。

 禿頭に角を生やしたひとつ目のオークである。

 

 よく見ると、ディアは木を背にしながら、たいまつでその鬼を牽制していた。

 オークがなかなか手を出せないでいるのはそのためだった。


「ディア!」


 オークとディアは同時にカトルの方を見た。

 ディアは彼の存在を確認して、一瞬だけ顔を綻ばせるが、首を振って目の色を変え、


「な、なによ、何しに来たのよ」


「見りゃわかンだろ。お前を……いや、か、帰りがけにたまたま通りかかっただけだ」


「へ、へえ……そう。だったら、帰りなさいよ」


「い、言われなくても帰るさ。でもお前、そいつをどうする気だ?」


「あんたに関係ないじゃない。い、今から倒すところよ」


 オークは雄叫びをあげた。ディアは恐ろしさのあまり松明を落とし、オークはここぞとばかりに、丸太のような棒切れを彼女に向かって振り落とした。が、カトルがその間に入り、間一髪のところでその凶打を防いだ。


 カトルはお下がりの剣で必死なって持ち堪えながら、


「バカヤロウ……死にてえのかよ」


「バカなのはあんたじゃない。なんで余計なことするのよ……」


「バカなのはお前だろ! いつまでもくだらねえ意地張ってンじゃねえ!」


「さ、先にこっちの質問に答えなさいよ! なんでこんなマネするのよ……あんた、さっきあたしのこと嫌いって言ったじゃない……そんな相手を、なんで助ける必要があるのよ!」


「……ほんと口数の減らねえ女だな。そんなに理由が必要か? へっ、だったら教えてやる。いいか、一度しか言わねえから耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ……、俺は、お前のことが好きだ。だから、お前に告白させるために、今死なれちゃ困るンだよ!」


「……バ、バカじゃないの。それに、告白させるためにって、ぜんぜん意味わかんない」


「女に、告白されるのが、夢なんだよ。男ってもんは、みんなそうだ」


「やっぱりバカよ……」


「バカで結構。クッ……もうもたねえ。ディア、逃げ、ろ……」


「い、いやよ、そんなイヤ……」


 ディアが燃え尽きようとしていた松明を拾い上げる。


「なにしてる……なんで逃げない」


「そ、そんなの――」


 ディアがカトルの隙間を縫って入り、オークの土手腹に松明を突き刺し、


「あたしもあんたのことが好きだからに決まってるじゃない!」


 オークは悲鳴を上げると共に、張り手でディアをはたき飛ばす。

 ディアは、体を地面に強く打ち付けてしまい、それっきり動かなくなってしまう。


 カトルは剣の柄を潰さんとばかりに握りしめ、


「て、テメエ……」


 オークが火傷を負ったところを押さえながらカトルを睨んでいる。

 カトルは腰だめに剣を構え、負けじと睨み返し、


「俺の彼女に手え出してンじゃねえぞゴラアアアアアアアッ!」


 ――コヤールの森、帰り道。


「宝玉、取れなかったね」


 カトルはディアを背負いながら、すっかり暗くなった森を歩いている。


「ああ、玉なんかもう、どうだっていい」


「無理しちゃって。あ、そういえば、あんた、あたしのこと好きって言ったわよね」


「は、はずみだ……忘れろ」


「フフン、やっぱあたしの言ったとおりじゃない。ねえ、いつから好きだったの? 答えなさいよ。それに、あたしのこと好きだったら、お姫様だっこくらいしなさいよ」


「チッ、図に乗るな。てかお前だって、俺のこと好きって言ったじゃねえか」


「あれはその……、あー思い出した! あんたあたしのこと勝手に彼女にしてたでしょー!」


 カトルはため息をつき、


「既成事実じゃねえか。両想いってことで成立したンだよ」


 これは、


「勝手に決めないでよ。あんたはそう……奴隷よ。仕方がないから、奴隷として付き合ってあげる」


 世間ではあまり知られていない、ミロクという村で起こった、


「だからなんで奴隷だ」


 名もなき、恋の物語である。


「こ、恋の奴隷は、い、い、一生、側にいろってことなの!」

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