うちのクラスの風紀委員が秘密に勘付いた話

坂神京平

<本文>

 その日、俺は重大な秘密を抱えていた。


 こんなことは一年を通じても、そう何度だってあるわけじゃない。


 だがとにかく、その秘密は俺にとって特別な問題で――

 真相を易々やすやすと人前でさらすわけにはいかなかった。



 にもかかわらず。


 風紀委員の三咲みさき理子りこは、俺の隠し事に目敏めざとく勘付いたらしい。



吉川よしかわくん。ちょっと待ちなさい」


 放課後、教室の席を立つと呼び止められた。

 ぎくりとして、声が聞こえた方を振り返る。


「さっきかばんの中から何か取り出して、こっそりふところへ忍ばせたわよね?」


 三咲は、腰まで届く長い黒髪を揺らしながら、こちらへ足早に近付いてきた。


 学校指定のブレザーの上からでもそれとわかるほど豊かな胸部が、歩くたびに上下に揺れる。そのくせ手足はすらりと細い。

 でもって面立ちは、そのへんのアイドルより可愛らしいと来ている。


 三咲は、風紀委員であると同時に、二年一組の有名人だった。

 このすきがない容姿と、ある意味で隙はないが怪しい性格と、一見真面目そうなくせに意外と隙が多めの学業成績(一学期中間考査の数学と英語はギリギリで赤点回避)のせいである。


 余談だが風紀委員に選出されたのは、かなりうわつらの印象だけによるところが大きい。

 もっとも職務には忠実で、平時から無駄に校則違反の取り締まりにはげんでいた。


「学業に不要な私物を校内へ持ち込むのは、校則違反よ。わかってるわね吉川くん」


 三咲は、鋭い目つきで、じろりとにらんできた。思わずひるんでしまう。

 なぜなら指摘は正しくて、俺は懐に秘密の品を隠し持っていたからだ。


 しかしだからって、秘密の真相を知られるわけにはいかない。

 少なくとも今はまだ駄目だ。教室の中には人目がありすぎる。


「い、いったい何のことだ。そんなのまるで身に覚えがないぞ」


「嘘かないで。一瞬の動作だったけど、間違いなく見たから」


 俺は咄嗟とっさ誤魔化ごまかそうとしたが、三咲はあざむかれなかった。


「某国の殺し屋が自動式小型拳銃を抜く動作と同等の早業はやわざだったけど、間違いなく見たから」


「殺し屋と比較されてるの俺の動作!? ていうかなんで知ってるんだよ殺し屋の早業!?」


「学業に不要な自動式小型拳銃を殺し屋が校内へ持ち込むのは、校則違反だからよ吉川くん」


「俺は自動式小型拳銃を校内に持ち込む殺し屋じゃねぇよ!? ていうか校則以前にもっと法治国家の大切な規則を違反してるだろうが殺し屋は!!」


「ふむ。つまり、いさぎよく自らこれまでに犯した罪を認めるのね吉川くん」


「今の会話でどこに俺が罪を認める要素あったの!? 話聞けや!!」


 三咲が厳しい口調で、嫌疑けんぎを追及してきた。やばい。


 ちなみに風紀委員のくせして常識や倫理観がズレているのは、平常運転だった。

 このわりと頭がおかしい部分こそ、三咲を有名人たらしめている要因のひとつ。

 しかもこいつ、いったん食い付くとしつこいタイプの性格でもある。


 かくして困った事態なのだが、三咲はおかまいなしにやり取りを続けようとしてきた。


「落ち着きなさいよ吉川くん。お願いだから、風紀委員である私の立場もわかって欲しいの」


「……まあそりゃ、おまえが校則違反を見付けたら注意しなきゃいけないのはわかってるさ」


「風紀を見守る委員として、私は級友のあやまちを見過ごせないのよ」


「だから、それは気のせいだって。三咲は色々と勘ぐりすぎなんだよ」


「気のせいじゃないわ! 吉川くんを見守る委員として、私は見過ごせないのよ!」


「見守ってるの俺だけかよ!? 範囲せますぎない!? 実はマークされてるの!?」


「安心して吉川くん、節度を持って見守ってるから。主に平日休日問わず四六時中」


「持ってないよな節度!? しかも休日まで四六時中なの!? 安心できねぇ!!」


「まあ常時見守っていても、君が普段使ってるシャンプーの銘柄ぐらいしか知らないけど」


「なんで知ってるのシャンプーの銘柄!? のぞいたのか家まで来て入浴してる場面を!?」


「大丈夫よ吉川くん、私は節度を守る女だから。君の全裸を動画で撮る程度しかしていないわ」


「充分節度を逸脱しとるわ!! ていうかそれ盗撮だし、もはや校則違反どころじゃねぇ!!」


「心配するには及ばないわ。君が隠しているものを差し出せば、ネットで拡散したりしないし」


「差し出さなかったらネットで動画を拡散するつもりか!? それって完全に脅迫だよな!?」


「お願い、大人しく懐の品を差し出して……これ以上は無益な罪を重ねたりしないで……」


「明らかに犯罪者は俺じゃなくておまえだよ!! おまけにもう相当手遅れだからな!?」


 やっぱり、三咲は頭がおかしい。



 まあとはいえ、俺も徐々じょじょに秘密を隠し通すのが苦しくなってきた。

 いつの間にやら俺と三咲は、教室の中で注目を集めはじめていたからだ。


 ついつい三咲のボケに乗せられて、大声でツッコミを入れ続けてしまったせいだった。

 もう部活がはじまる時間なのに、こっちを見て「おいおい二人共どうしたんだ?」と興味津々に寄ってきたクラスメイトの面々。

 俺と三咲を中心にして、一〇人以上の取り巻きが輪を作りつつあった。


 ――こうなってしまってはいたかたない。


「あっ、あのさ三咲」


 俺は、思い切って一歩前に出ると、三咲だけに小声で持ち掛けた。


「もう何も隠したりしないから、ここじゃなくて――場所を変えて話を聞いてくれないか」


 本当は、もっと別の段取りを考えていたんだが、迷っている場合じゃない。

 これ以上無駄に悪目立ちするのは、正直好ましい状況だとは思えなかった。


 三咲は、提案を聞くと、探るように俺の顔を覗き込んでくる。


「つまり私を人気がない場所へ誘い込んでから、着衣の下に隠しているものを露出して私だけに何事かささやくつもりなのね。風紀を乱すエロ同人誌みたいに」


「言い方ァ!? あとエロ同人誌みたいなことはない!!」


 どこまでもツッコミどころしかないやつだった。


「とっ、とにかく、あっちに行くぞ。話はそれからだ」


「あん、意外と強引なのね吉川くん。でも悪くないわ」


 俺は、三咲の手を引いて、急いで教室から出た。



 校舎内を通用口付近の階段裏まで移動すると、俺は三咲の手を離した。

 周囲に他人の目がないことを確認してから、互いに真っ直ぐ向き合う。


 そうして、息を整え、決意を固めてから言った。


「えーっと。おまえさ、たしか今日が誕生日なんだよな」


 俺は、懐に隠していた包み(実はけっこう大きくて重い)を取り出してみせる。

 その品を三咲に手渡しながら、懸命に気恥ずかしさを堪えて秘密を打ち明けた。


「だからそれ、三咲にプレゼントしようと思ってさ。全然大したものじゃないんだけど……」


 そう、これこそが俺の抱えていた秘密の真相。

 こいつの誕生日を知ったのは、半月ほど前だ。

 メッセージアプリのグループトークで、友達からそれとなく聞かされた。

 それで折角の機会だし、三咲に何か贈り物しようと思い立ったんだ……


 ――俺は出会った頃から、三咲のことが好きだから。


 三咲は、色々と変なやつだけど、いつも会話していて楽しかった。

 クラスメイトの男子は「いやー三咲は可愛いけどちょっと……」なんて言うやつばかりだが、俺は全部が好きだった。変なやつだけど。

 可愛いし、おっぱいおっきいし、実はわりとえっちなところも好きなんだ。変なやつだけど。


 最近、ますます互いに気の置けない間柄になれたと思う。

 まだ本当に気持ちが通じ合った確信が持てなくて、告白はしていないけれど……

 だって三咲のやつ、どこまでボケててどこまで本気かよくわかんねぇんだよなあ。



 とにかく「何をプレゼントすれば喜ばれそうか」について、三咲の欲しがりそうなものを情報収集したのち、今日は万全の準備で学校へ登校していたのだ。


 事前の計画としては、まず放課後になってから先に教室を出る予定だった。

 それから、人目のない場所にメッセージで三咲を呼び出し、そこで贈り物を渡す――

 はずだったのだが、実際にはうっかり実行する前に三咲に呼び止められてしまった。

 それで、ここへ来る前に思い掛けなくひと騒ぎしてしまったわけだ。

 まあ結果的にはプレゼントを渡し、目的を果たせたからよかったが。



「これ、吉川くんが私にプレゼントしてくれるの!? ――ありがとう、本当に嬉しい……」


 プレゼントを受け取ると、三咲は声音を弾ませて喜んでくれた。

 すぐさま包装を開き、瞳をきらきらさせながら中身を取り出す。


「ずっと前から欲しかったのよ、吉川くんが普段使っているのと同じ銘柄のボディーソープ」


「お、おう。喜んでもらえて、俺も嬉しいよ……なぜか今、渡して少し怖くなったけど……」


 俺が普段使っているボディソープ(※どうして同じ銘柄だと知っているかは、今更訊くまい)なんか、大した値段の品じゃない。

 そんなに欲しかったなら、贈り物されずとも自分で買えばよかったんじゃないかとも思うが。

 もしかして三咲にとっては、プレゼントされたものであることに何か意味があるのだろうか。

 つまり、俺が使用しているものと同じ銘柄のボディーソープを、俺から贈られ、それを入浴時は全身に塗る行為に何かの意味が――いや、余計なことを考えるのはそう。うん。



 三咲は、ボディーソープのボトルを、愛おしそうに胸元で抱き締める。

 すっかり幸福にひたり切った面持ちになると、夢見るようにつぶやいた。


「実はこの日のために三週間前から、クラスメイト全員に裏で連絡を取っていたの。私の誕生日

と欲しい物を、こっそり吉川くんに吹き込んでくれるように根回ししておいて正解だったわ」


「全部おまえの仕込みだったのかよ」


 尚、あとから聞いた話によると、俺の隠し持っていた品が自分の誕生日プレゼントであること

も、三咲は最初から勘付いていたという。


 秘密が秘密だと思っていたのは、俺だけだったみたいだ。




     <うちのクラスの風紀委員が秘密に勘付いた話・了>

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うちのクラスの風紀委員が秘密に勘付いた話 坂神京平 @sakagami

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