スタイリッシュ・ラブコメ

肥前ロンズ

とあるレストランにて

 20××年、某日、20時ごろ。某ビルの一画にあるレストランにて、10人余りの客と従業員が人質にされた。立て籠もった犯人は三人。銀行強盗を行い、追われる途中に逃げ込んだらしい。一人は拳銃を、もう一人は何かのスイッチボタンを持っている。そして最後の一人は、人質の一人である女性を片腕で拘束し、首元にナイフを突きつけていた。



「動くんじゃない! 動いたらこの女の首掻っ捌いて、爆弾のスイッチを押すぞ!」



 犯人の声が、レストラン内に響く。

 抱えられた状態になった女性は、少女と見間違えるほど小柄で童顔だ。黒い髪と瞳、顔立ちからして東洋系だろう。ドレスから見える足は、床に届いていない。ものすごい力で拘束されているはずだから、かなりの圧迫感と恐怖を感じているだろうに、気丈にもうめき声一つ上げなかった。


 そこに、一人の男性が声を上げる。

「待ってください! その人の代わりに、僕が人質になります」

 背丈は高いが線が細く、穏やかで女性受けしそうな男性だ。赤い髪とハシバミ色の瞳は、秋の紅葉を連想させる。タキシード姿も相まって、手荒なことは出来そうにない青年だ。


「なんだお前は! 余計なことはするな!」

「お願いレッド、ここから離れて! 私のことはいいから!」

「お前も余計なことはしゃべるな!!」


 勇敢にも女性が声を上げた。だが、犯人により首を絞められる。


「どうやら、お前たち知り合いみたいだな?」拳銃を持った犯人は下衆な笑みを浮かべた。「どういう間柄だ?」

 人質たちが息をのんだ。

 恐らく今抱えられている女性は、男性の配偶者か恋人だろう。だが、それを正直に言えば、この下衆な笑みからしてどのような行為がなされるか。

「……僕の、妻です」

 レッドと呼ばれた男性は平淡な声で答えた。女性が息をのむ。






「服のセンスは壊滅的だし見た目幼いし割と中身もガキっぽいし無防備だし無謀なことばっかするし泣き虫の癖中身は割とSで朝食に僕の嫌いなチーズを入れる妻です」

「おいこら」





 ……あれ? と、その場にいた全員は思った。

 台詞なんかおかしくね? それに少女のような容貌の女性から、ものすごく低い声が出たんだけど。どこから声出した?


 混乱する大衆たちの前に、女性もまた男性に言い募る。


「それ言ったら君なんて壊滅的に朝起きないし上品ぶるわりには手癖足癖口癖悪いしすぐ拗ねるしすぐ危ないことするし親子ものとか動物もののドラマで泣くじゃないの尊いけど!! あと朝ごはんはしっかり食べなよね成人男性なんだから!! 何よ太りたくないとか! 体脂肪女の私より低いくせに何言ってんの!?」

「はあ⁉ お前が太ってるわけねーだろ寧ろ細すぎて心配になるわもっと食え!! 俺だってチーズさえなかったらお前の美味いメシ普通に食ってるっての!!」


 ……儚げな風貌とは一変、荒々しい口調でレッドが返した。

 


「お褒めいただきどうもありがとう! けどチーズ嫌いなアメリカ人ってなに⁉ そんなのケチャップがないナポリタンと一緒じゃない!!」

「日本人だって納豆嫌いな奴いんだろーが!! 個人の嗜好を勝手に国代表にすんじゃねー!!」



 果てしなくどうでもいい。

 全員の心が一つになった。

 さすがに我に返ったのか、犯人が改めてナイフを女性の首元につきつける。


「おい! いい加減に――「今大事な話してるから黙って!」……はい」

 が、女性の迫力に、犯人はつい了承してしまった。どうやら見た目に反して押しに弱かったらしい。

 いやそれ今話さないといけないこと? ――と、人質の中から口に出せる猛者はもちろんいない。



「って、何押されて黙ってんだ役立たず! どけ!」


 この状況シチュエーションに痺れを切らしたのは、拳銃を持った犯人だった。彼女に銃口を向けると、抱えていた犯人は慌てて離れる。

 解放されたものの、彼女が逃げるよりも引き金が引かれる方が早い。

 ああ、いけない――! 人質の誰もが、彼女の華奢な体に銃弾が埋め込まれ、血が噴き出すのを予感した。

 パアンと発砲音。反射的に人質が目を閉じる。


「なっ……!」


 だが、何故か犯人の動揺する声が聴こえた。それと同時に、何かが倒れる音も。


 変だと思った人質たちが、恐る恐る目を開くと。

 撃たれて倒れると思われた彼女は、依然と立ったまま、銀のトレイを前にかざしていた。血が滴ってないところを見ると無傷のようだ。恐らく持っているトレイは、後ろのテーブルの上にあったものだろう。


 え、まさかそれで銃弾弾いたの? 人質たちは思ったが、あまりにも非現実的すぎて口に出さなかった。多分犯人が外したんだよ、うん。それより人々の視線は、発砲した犯人に向けられる。

 発砲した犯人は、レッドにより床に伏せられていた。



「動くな!! 動いたら撃つ」



 わけがわからないまま急展開。レッドの手には、犯人から奪った拳銃が握られている。その構え方は、どう見ても素人ではない。

 人々が拳銃に目を奪われる最中、バチバチっと電気の流れる音が。一斉に振り向くと、バタ、とナイフを握った男が力なく倒れる。犯人の後ろには、いつの間にか彼女が。手元にはスタンガンが握られている。どうやらそれで気絶させたらしい。どこにあったスタンガン。

 あっという間に形勢逆転。残る犯人は、爆弾を持った犯人のみ。



「う、うう撃つんじゃない!!」犯人の中で誰よりも貧弱な体格の男は、震える腕を掲げた。手にはボタンを握っている。

「ぼ、僕の手には、爆弾のスイッチがあるんだっ。このレストラン含むビルが吹っ飛ぶぐらいの爆弾がな!」


 その言葉に、人質たちから小さな悲鳴が漏れる。



 だが、レッドはなんてことなく言った。



「その爆弾だったら、ついさっきタイマーと遠隔操作切って爆処に渡してきたぞ」

「……は?」


 落とし物あったから交番に届けに行った、というノリで告げられた事実に、犯人は「そんなばかな!」とボタンを押す。……が、爆発音は聴こえない。

 何度か押した後、ようやく犯人は現実を受け入れ、力なく座り込んだ。

 え、何あのイケメン、警察の人? 爆弾解体しちゃったの? とざわつく人質たち。一方、女性は冷静に納得していた。



「ああ、だから待ち合わせに遅刻してきたんだね……。――って、なんでそんな危険なことするの⁉ 爆弾見つけたんならとっとと通報して逃げなよ!」

「うるせー職業柄だ!! ってかお前もいるのに逃げられるかよ!!」



 掛け合い、再発。

 戦意喪失した最後の犯人を、店長と従業員が一斉に飛び掛かり拘束する。その間にも掛け合いは続いていた。しかし先ほどとは違い、危機的要素がゼロになってしまったため、人質の心は幾分か余裕を持って、生温かく二人を眺めていた。なんだこの空気。



「なんで爆処待たないで解体したの⁉ 間違えたら最初に死ぬのは自分なんだから! 私君が死ぬのなんて嫌だかんね! 何時もどれほど心配してると思ってんの⁉ 今日だってすっごく不安だったんだからぁ!」

「対冷却装置がついてて液体窒素が使えなかったんだよ! その場で解体しないといけない状況でちんたら爆処待ってられっかお前もいるんだぞ! ていうかお前もなんだ! なんでレストランでスタンガン持ってんだよ! 何処に隠して……まさかドレスの下か⁉」



 その言葉に、ぎくっとわかりやすく彼女が動揺した。



「じゃあお前、さっきスタンガン使う時ドレスを……」

「想像すんな! バカエッチ、変態!」

「はあ⁉ 聞き捨てならねえぞ⁉ 今更下着の中身だって見て――「うわああ黙ってもう! 信じられないこんな場所でそんなこと言うなんて! デリカシーないにも程がある!!」



 いや、この状況でこんな痴話喧嘩してるってのも中々恥ずかしいよ? その場にいた誰もがそう言いたかったが、馬に蹴られたくないので言わなかった。

 しかし困った。この惚気じみた痴話喧嘩は何時まで続くのか。そろそろ遮って止めさせたいが、彼らの勢いにさっきから呑まれまくっている。口に出せない。でも止めさせないと、今後どんな発言が出るかわからない。それ赤の他人は聴かない方がいいんじゃないの、という台詞が出る前に終わらせてあげたい。

 ――だがその願いむなしく、ついに、二人の口から衝撃的な事実が判明する。




「あと誰が君のspouseだ!! まだ結婚してないじゃん!! 好きだから別にいいけどさああ――!!」

「今日ここでプロポーズするつもりだったんだっつの――――っ!!」


 ……それ、ぶちまけてよかったの? プロポーズ台無しじゃない?

 やはり言えない観衆。しかし――。


「……あのぉ、お二人さん。その痴話喧嘩、今しないといけないかね?」


 通報によりたどり着いた警察官が、恐る恐る喋った。

 あとから来たためか、それとも空気読まないタイプか。

 いずれにしてもそれは、人質たちが言いたくても言えなかった、心からの叫び。


 ……よ、


「よく言ってくれたぁぁぁ! 刑事さぁぁぁん!!」

 その場にいた全員が、一斉に叫び、警察官を讃えた。

 スタンディングオベーション。






 某日、偶然居合わせた少年課の女性アオバ・オニヅカと、科学捜査課の男性アルフレッド・ゴンザレスにより事件は短時間で解決。その日アルフレッドはアオバにプロポーズしようとしてレストランに向かっていたところ、うっかり爆弾を見つけてしまったという。

 なお、このような状況は今回が初めてではない。何度も挑戦しようとしてはテロに巻き込まれたり人命救助に向かったりしているとか。

 失敗談を聞かされる度、もう結婚していいんじゃないの、と周囲は思っているが、本人たちは意地でも平和にプロポーズしたいされたい、らしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スタイリッシュ・ラブコメ 肥前ロンズ @misora2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ