ワンダーグランド

深川 七草

第1話 ワンダーグランド

 こんなに北上させられるとは思わなかったが、どこでもそこそこの街はあるものだ。そしてこんな北の街でも廃墟になっている。

 俺たちの部隊は潜伏しているかも知れない敵を恐れ、列を成して壁に背を沿わせ進んでいる。

 隊長殿が後ろから指示を出し、先輩殿が先導しながらである。

 新参者の俺は先輩に続き列の二番目に配置されている。それは、新人がかわいいからではなく、指導しやすいという理由からである。

 だがここは、動きが予測されやすく狙撃される可能性が高い場所だ。つまり、おいしくない立ち位置である。

 ビルが立ち並ぶ市街地ではガラスのない枠がたくさんあるわけで、狙撃兵の存在を確認しようもない。

 上ばかり気にし、足がグニャリと何かを踏む。

 犬の糞ではない。もっと踏みなれた人の手である。黒ずんだそれの回りを見ても、金は落ちていない。

「やはりもぬけの殻か」

 隊長がそう言うと、何の根拠もないのに皆ため息をつく。

 危なくないかって? どこでも危ないから、そう思いたいだけだ。

 実際のところは、こんなところでは暮らせないのだから住民は逃げたと高をくくっていたのだが。


 陽が落ち、寒さに拍車がかかる。

 火を囲みながら話す部隊の連中を、俺は冷めた横目で見ていた。

「壁があるぶんマシだな」

 今日の野営は、建物の残骸が風を遮っているからか幾分楽であり、その分気も緩む。

「そうだが、まだ北上を続けるのは無理があると思う」

「相変わらず真面目なやつだな。そんなことはお偉方が決めることだ。考えてもしょうがねえ」

「そうそう。ああー。人肌が恋しいなー」

 先輩殿、そんな昔を思い出すみたいな言い方をされても、無理がありますよ。話していたお二人も、同意できないじゃないですか。

「おい、こんなもんみつけたぞ」

「なんだそれ?」

「敵さんが置いていってくれた物みたいだな」

「罠でもあったらどうするんだ?」

「その時はその時よ。それよりお前いらないのか?」

「ふざけるな。せこいこと言ってないで分けろよ」

「おらよ!」

「だぶりゅー、れい、けい、れい、えぬ、えい、えい……読めねーな」

 罠かと恐れながらも食い物となれば分けろとは、どちらがせこいんだか。




 バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!!

 村の連中が汽車を見送るなか、俺の乗った列車は都会に向けて出発する。

 父はただ立ち、母さんは泣いている。

 優秀な兄ばかりでなく、俺まで連れて行くのかと。


 目的地である都会の横にある陸軍演習場に着く。ここで銃を持ば、後は船に乗るだけだ。

 大陸に渡ると、今度は鉄道で移動である。

 コトン  コトン  コトン  コトン

 見送られた田舎の駅で乗った汽車が、いかに立派であったか思い知らされる。

 俺たちは牛や豚じゃないと溢す奴を見て、皆笑う。

 そう俺たちはそれ以下だ。

 別に前線で戦わないやつらを非難しているんじゃない。どこにいようと食う物は必要だと言うだけだ。




 俺はバカ話を聞きながら寝入ってしまっていた。何事もなかったが、靴を抱えずに寝入るとはもっとも危険である。


 翌日、朝、待機である。

 まだ出ないのか?

 どうやら指示待ちのようである。できれば西進にしてほしいが。

 そして、なかなか来なかった指示の内容は、西南西への進軍であった。

 ついてるのか?

 しかし現場に着けば、なかなか命令が下されなかった理由は想像がついた。

 何なんだ、この数は。

 各地の連隊が見本市のように集結している。


 突撃ー!! 突撃ー!!

 果てしなく掘られた壕から敵陣に突っ込んで行く。

 ドーン! ドーン!

 味方の大砲の音は聞こえるが、数が少ない。

 どこを撃っていやがるんだ。

 ドッドッドッドドッドッドッドドッドッドッド

 それに比べ、地味だが機関銃を揃えている敵の守りは堅い。

 これが死体の山を土嚢代わりにして進もうとする見掛け倒しの我が二等国と、シャァカラートを置いて逃げる本物の一等国の差なのか。






 コトンコトン コトンコトン

 終戦から十年。

 やっと取れた二等客車の指定席に座り、仏壇に手を合わせている年老いた両親に会いに行く。尻は痛いが、一等客車に乗せろとまでは言わないは窓側の席でついているからではない。

 俺が、この国の人間だからである。

 やっぱり、一番じゃなければダメだ。

 だが、俺は生きている。


終わり

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ワンダーグランド 深川 七草 @fukagawa-nanakusa

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