2人でスーパー、何買おう?

六畳のえる

初めて、泊まりに来てくれた

「みんな前から二番目取るんだねー」

「んあ? 変か?」


 スーパーのチーズ売り場で、ゆうの腕を引っ張った。


 20時を過ぎて惣菜が3割引になりだす時間帯。主婦や家族連れはほとんどおらず、私達みたいな大学生や若いスーツ姿の人がちらほら見える。


「一番前のってみんな手に取ってるだろ? 綺麗なヤツ買いたいじゃん」

「ふふんっ、私が店員ならそれを見越して二番目に箱が潰れてるヤツとか置いておくね」

「由梨、意地が悪いな!」


 カゴにチーズとクラッカーを放り込みながらケタケタと笑う。


「いやあ、ご覧、この牛肉の塊! バイトした甲斐があるぜ。必殺技『ビーフストロガノフ』!」

「何それ」

「必殺技の名前っぽいだろ?」

「あーあ、男子って幼稚ねえ。20歳の女子が『ビーフストロガノフ』って聞いたら、美しいモルディブの湖の名前とか想像するわよ」

「お前の妄想力も大概だな」


 妄想力なんて失礼な! 確かに「思いこみ激しすぎ!」とか友達に窘められるけどさ!


「肉だから赤でいいよな。オススメの買ってこうぜ」

「ワイン2本買うなんてオトナですな私達」


「あんまり飲みすぎないようにしないとな。お前の家で騒いだら迷惑だろうし……夜は長くなりそうだし」

「わー、セクハラ! この人セクハラー!」


「うっさいっての。大体、ほら、初めて、なんだからよ……緊張紛らわしてるんだぞ?」

 ブツブツ言う、その口を尖らせ方が漫画みたいで思わず吹き出した。


「でも、調理とか普段やらないよ? ちょっと心配」

「大丈夫だって。由梨ならうまくやれるよ」

「えへへ、ありがとっ」



 ***



「くはーっ! 飲んだー! 結構飲んだなー!」

「もー、祐君ペース早いよー」

「ぐむむ、マズいぞ、眠くなってきた……」

「あー、やっぱりねー」


 トングも包丁もミートハンマーも、ようやく洗い終わった。ふう、疲れたあ。


 すっかりキレイにしたシンクに空のワインボトルを置いて、祐を見る。

 子どもみたいな眠そうな顔。へへ、こういう顔、なんか好きだなあ。


 さあて。


「あのね、祐君。謝らなきゃいけないことがあって」

「んー? 何だあ?」


「私ね、これが初カレみたいな言い方してたけど、実は前に2人とお付き合いしてるの。長くは続かなかったんだけど、その、一通りのことはしてて……ごめんね」

「ああ、うん……べつにおれぇあ気にひないぞ……」

「ううん、気にしてるよ、きっと」


 酔った勢いでビリビリに破ったチーズの箱に目を遣る。


「他の人が触ったの、嫌なんでしょ?」

 みんな、同じこと言うんだなあ。


「でも安心して。初めて触られたことも、その次のことも、頑張って”無かった”ことにしたから」

「……ん……」


「祐君もね」

「……んん…………」




 あーあ、半寝だあ。私の話より薬の方が強いなんて、ちょっぴり悔しいなあ。




「今日も不安だったけど、祐君が励ましてくれたから、頑張ってみるよ」



 水切りかごに並べた、その"一番前"の、調理器具を、取る。



「私なら、うまくやれるよねっ!」



 夜は、長くなりそう。

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2人でスーパー、何買おう? 六畳のえる @rokujo_noel

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