Lyric11:積み上げろ特訓 言わせねぇぜ億劫
アイラが吠える。
玉の汗を散らし、食らいつくように前へ。前へ。
『これで何戦目? あんたも大変ね!
ライム丁寧 に刻み 完全で
アタシ大先生 けどアンタは反省
今日は開戦デー それが大前提
つまり歴史の授業 今日も明日も教科書
どうだろ? なんて疑問は全部放課後!
ブン投げて今日はショー 打ちっぱなし猛打賞
それがアタシの歴史だこのヤロー!』
それを、リヒャルトが受ける。
彼もまた汗を流し、けれど相も変わらず泰然と。
『これで十四本目だ しっかり数えておけ
戦績は私が四勝で九敗
このままでいくなら五勝で九敗
今日が開戦デー? 開戦は私と貴様の出会いの日だろう
歴史とは過去のこと 今日と明日の土台
わかるか? 足元注意だ小娘
前と上ばかり見るとこうして転ぶ』
見下すような視線に――――アイラがギリ、と歯噛みした。
ふいと切るように、視線を横へ。
その先には――――
アイラの視線が、無言で答えを求める。
一拍、聴衆たちは視線を交わしてタイミングを合わせ――――
「リヒャルトだな」
「リヒャルトだろ」
「リヒャルト様かと……」
……リヒャルトの勝利と、アイラの敗北を通告した。
「キーッ!!! 三連敗!!!」
「まだまだ負け越しているがな」
ほぞを噛むアイラ、静かに汗を拭い水を飲むリヒャルト。
彼ら彼女らの特訓は、これで連続十四本目を記録していた。
日に十四本、同じ相手と
「ネタ切れもあっけどよ。攻め筋に芯が通ってなかったし、リヒャルトの旦那のアンサー力が高かったと思うぜ」
「はい。事実を淡々と重ねていく旦那様のスタイルが、疲れでブレた
「ぐぬぬ」
講評。
……およそ事実なので、反論もできない。
連戦による疲労とネタ切れは、熱い
もちろん、大会などで同じ相手と何度も戦うことなど普通は無いのだが……それでも、違う相手と連戦はすることになる。勝ち続ける以上は。
ワンパターンな戦術は観衆を飽きさせ、熱量を冷まし、容易な対策を許してしまう。
それでも自分のスタイルを突き抜けるだけの地力を鍛えるか、別の戦術を身に着けるか――――今アイラがしているのは、そういう特訓だった。
「……ところで、ひとついいか?」
と、控えめに挙手したのはモルフェ。
「わからない単語がいくつか出て来たんだが……モーダショー? というのはなんだ?」
「あー……」
そういえば、知らなくて当然の単語。
どう説明したものかと、アイラの視線が僅かに泳ぎ……
「――――勇者イトーがもたらした異界由来の言葉だな。野球っつースポーツがあるんだが、それで活躍した選手に贈られる賞のひとつなんだと」
「む、ルシオ。戻ってきたのか」
解説を、ひょいと出てきたルシオが引き継いだ。
「ああ、ヤキュー……それは知っているぞ。旅の途中で見かけたことがある。あの、こん棒で球を飛ばす競技だろう」
「ざっくり言うとそう。こっちに根付いた異界文化のひとつだなー」
かつて異世界より召喚された勇者イトーは、己の世界の文化をいくつかこちらにもたらした。
異界の物語、異界の宗教、異界の音楽、異界のスポーツ、異界の学問、異界の技術……所詮は一個人に過ぎない勇者が提供できる知識には限りがあったが、彼の知識量はすさまじく、彼の発案で一般化した技術や、民間に浸透したスポーツの数は多い。
野球はそうして広まった競技のひとつであり、実際のところ本物の野球と比べるとルールに差異はあるのだろうが、ともあれ帝都では大会が開かれる程度には人気がある。
そして、こういった異界由来の文化を背景込みで理解しておくのは貴族に必要な教養とされており――――異界の言葉をラップに乗せるのは、己の教養を示す行為となる。異界のラップを引用して使う
「…………ってとこ。やりすぎると誰にも伝わらないラップになっちまうし、塩梅が大事なんだがね。結局は自分の言葉をビートに乗せねぇと」
「なるほどな……しかし、アイラは貴族ではないだろう? 随分詳しいんだな」
「ルシオに散々仕込まれたのよ……ああ、忌まわしき勉強漬けの日々……思い出したくもないわ」
「ガハハ! ルシオのやつ、こう見えて学生の頃は本の虫だったからなァ」
「ヒヒ、伊達で眼鏡かけてねーのよ」
ルシオがクイ、と眼鏡を軽く押し上げる。
「んで、今はアイラが負けたとこか?」
「そうよ!」
「無い胸張って偉そうに言ってんじゃねぇ」
「よしマイク握りなさいボコボコにしてやるわ」
「まぁまぁ……十四本やって五回目の負けなんだ、戦績としては悪くないだろう。ルシオはどこに行っていたんだ?」
「俺? ちょっとリサーチ。決闘試合大会に出る奴のリスト作って来た。旦那にも聞いたんだが一応な」
そう言って取り出された
どこを攻められると弱いのか、どう投げかければ会話が成立させやすいのか……もちろん相手に合わせ過ぎれば己のスタイルをブレさせることにもなりかねないが、ラップは相互にマイクをリレーする対話の儀式でもある。相手のことは、知っておくに越したことはない。
「普通にやればアイラが負けるとは思わねーけどな。ま、参考程度に目ぇ通しといてくれ」
「フン、とーぜんよ! ………ってこれ……ライミオの奴じゃない。あいつも出るワケ?」
ライミオ・モンタルグ。
蝋板に記されたその名は、記憶に新しい。
先日、モルフェとパンジーとの出会いの切っ掛けとなった悪徳貴族。
意識を失うレベルで負かしてやったはずだが、まだ決闘試合大会に出るだけの気力があったのか。
「モンタルグ卿か。あまり評判のいい人物ではないが……このところ女遊びも控えるようになり、急激にラップの腕を上げていると聞くな」
「……心を入れ替えた、という話ならいいんだがな」
モルフェが眉をひそめる。
……あまり、いい印象のある相手ではない。
できれば顔も合わせたくないというのが、彼女としては本音だろう。
「その辺りはわかんねぇな。妙な因縁つけてきたら、正々堂々マイクで殴り返してやるだけさ」
「殴り合いの喧嘩でも、モルフェがいるなら大丈夫そーだケド」
「それは確かに、そうだが……」
「……一応言っとくけど冗談だからね? マジに殴っちゃダメよ?」
「わ、わかっている。リヒャルトに迷惑がかかってしまうしな……」
今のアイラたちは、リヒャルトの決闘代理人……その行動の責任は、リヒャルトが負うこととなる。
それを幸いと好き勝手に振舞うほど、アイラたちは悪辣な人種であるつもりはなかった。
だいたい、言葉で売られた喧嘩は言葉で返す――――それがラッパーの流儀だ。
「うし、じゃあ休憩終わり! もっかいやるわよリヒャルト!」
「……もうやるのか。構わんが……」
「ル、ルシオ。ビート役を代わってくれ……流石に指が痛くなってきた」
アイラは元気だが、リヒャルトとモルフェはやや辟易気味である。
……無理もあるまい。
どちらかといえば、アイラが元気すぎるのである。
この底抜けの体力とモチベーションは、間違いなくひとつの才能ではあるのだろう……と、ルシオが僅かに思案顔を見せる。
「……モルフェはさ。魔法使えるんだよな? 妖精との親和性とか、高いんだよな?」
「ん? まぁ……種族柄な。得手ではあるが。どうした?」
に、とルシオが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ならよ。ちょっとDJやってみねぇ? いや、やろうぜ。やろう。うしちょっとこっち来いこっち。アイラはちょっと待っててくれ」
がっしとモルフェの腕を引く。
「えっ、ま、え!?」
「あー、始まった」
「ガハハ! 好きだなァテメーも!」
有無は言わせぬ、とばかりにぐいぐい、とんとん拍子に。
あれよあれよとタンテシールドを持たされて、基礎をかみ砕いて解説される。いやいや。
「ちょ、ちょっと待て。い、いいのか!?」
「うん? 何が?」
「いや、だから……DJはルシオ、お前の技術だろう? それをこんな安売りしていいのか……?」
モルフェからすれば。
DJは、ルシオの
それをモルフェに教えてしまうのは――――彼の役割を奪うことになってはしまわないか、と。
そういう危惧が、真っ先に来るわけである。
エルフの族長の娘として、周囲を競争相手と見て育ったモルフェらしい観点と言えよう。
……が、それを聞いたルシオはきょとんとした顔をして、それからげらげらと笑い始める。
「ダハハハハっ!! んなこと気にしてんのかよ!」
「なっ、わ、私は真剣に……」
「あのな。そりゃ、俺はこの
そっ、とタンテの表面を撫でる。
オーバーに
ペドリバント家の紋章を崩したもの。
担うルシオと、描いた無茶髭の誇り。きっとアイラの誇りでもあるもの。
その重さを――――モルフェに預ける。
「――――楽しいんだよ、DJは。音を繋げて、組み合わせて、奏でる! ……俺はこの
誇らしげに。
嬉しげに。
「
眼鏡をクイッと持ち上げて、はにかまれれば――――モルフェの方も、ぐぅの音が出るばかり。
「安心しとけって。人にモノ教えんのは得意なんだぜ。なぁアイラ! 我が弟子!」
「ノーコメント」
「ちぇっ、もっと師匠孝行しろよー」
「……まぁ、そういうことなら……やってみよう。できるかはわからんが」
「おっしゃ! ……DJできる奴がもう一人いると俺が楽できるしなー」
「今の本音でしょアンタ」
「ガッハッハ! 不良DJめ!」
「はーい聞こえませーん。よーしモルフェ、まずはタンテを起動してだな……おっ、疑いの眼差し!」
「………………つくづく軽口の絶えない男だよ、お前は」
「ったく……リヒャルト! こいつらほっといてやるわよ! アンタのとこの
「構わんが。……部屋は分けるか……」
……そういうわけで、特訓の日々は経過していく。
彼らの日常と研鑽が、積み重なっていく。
――――――――決闘試合大会までの時間は、残り僅かである。
サキュバス・ザ・ラッパー ~フリースタイル下克上~ 斧寺鮮魚 @siniuo
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