だからその眼で追いかけて
放睨風我
「フクロウが逃げた?」
「フクロウが逃げた?」
大学の退屈な講義が終わったあと。ユキは私に怪訝な眼を向けながらそう尋ねる。
「だってヒトミ、こないだ買ったばかりじゃない?」
「そう……昨日、家に帰ったらキューちゃんがいなくなってて」
キューちゃんというのは、私が先週ペットショップで買ったばかりのメンフクロウの名前だ。
私がメンフクロウの白くて清潔な顔と黒い大きな瞳に心を奪われたのは、もうずいぶんと昔、小学生の頃になる。その神秘的な佇まいにドキドキして、いつか飼いたいと心に決めていた。
お金を貯めてようやくキューちゃんを買ったのは、つい先週。私はうれしくなって、ユキにもこのことを話していた。ユキは、それ九官鳥に付ける名前じゃない? と笑った。
「張り紙とかもしようと思うけど……見つからなかったらどうしよう、って」
「じゃあさ、
「折鶴さん?」
私は初めて聞く名前に、頭に疑問符を浮かべる。
ユキが語るところによると、なんでも占い師だか探偵だかよくわからない女性で、相談をすると悩みが解決するとかで、口コミで広がっているのだそうだ。
胡散臭い。
「でも……」
「――ほら、予約取ったげたからさ。行ってきなよ」
と、ユキはスマフォの画面を私に見せる。その【折鶴さん】と思しき相手とのチャットには、友達が飼ってたフクロウが逃げたから相談に乗って欲しい、というメッセージと、即座に帰ってきた「わかりました」という淡白な返答が映っている。時刻は一時間後。
「がんばってね〜。アタシはバイトあるから」
「えっ、ちょっと、一緒に来てくれるんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫、初回はお代はいらないし!」
「そうじゃなくて……」
本当にこの友人は、人の話を聞かない。
◆◆◆◆◆
カラン、と音を立てる金属に導かれ、私は古びた純喫茶のドアをくぐる。
時代の流れから取り残された、テレビドラマで見る昭和をそのまま持ってきたような店内。私は白髪のウェイターに迎えられる。
「いらっしゃいませ」
「あの、折鶴さん……に相談に来たんですが」
「ああ、彼女の……あちらです」
私は奥の席に導かれ、黒い着物を着た女性の前に座り、こんにちは、と声を掛ける。
本を読んでいた彼女は眼を上げて私を見る。黒い着物と調和するような、長い黒髪。女性というよりも、少女と読んだ方がいいような幼い顔立ち。それでも彼女から漂う雰囲気は、静かな大人のそれだった。
「こんにちは。ヒトミさん、ですね」
「はい。あの……ええと」
「飼っていたフクロウがいなくなったということ、お伺いしています。詳しい話をお聞かせ頂けますか」
折鶴さんは、まるで医者のように私を質問攻めにする。
「そのフクロウを飼ったのは、いつどこで?」
「先週の……土曜日です。隣駅の小さなペットショップで」
「つい最近なんですね。そのペットショップは以前からご存知でしたか?」
「はい。メンフクロウを置いているところがあまりなくて。小さなペットショップなんですけど、店員さんが良くしてくれて……私がお金を貯めるまで何度も通っても、嫌な顔もしないで飼い方を色々と教えてくれました」
ぱたん、と折鶴さんは持っていた本を閉じる。
「そのフクロウがいなくなったのは?」
「昨日です。帰ったらキューちゃん……あ、名前なんですけど、キューちゃんがいなくなっていたんです」
「籠には鍵がかかっていなかったんですか? 部屋の方は?」
「籠には鍵はかかっていません。部屋の鍵も……すみません、田舎育ちで、鍵をかける習慣がなくて」
「部屋の扉は空いていなかった。窓も空いていなかったんですね」
「はい。でも鍵はかかってませんでしたし……」
折鶴さんは思案するように目を細めた。
「そのキューちゃんは、どんなフクロウでしたか?」
「えっと、メンフクロウっていう種類で、白い平面的な顔と、おっきな黒い眼が特徴です。大人しい子で、餌もあまり食べていないみたいでした」
「ずっとペットショップに通って、その子を見ていたんですよね」
「はい」
「店でも大人しかったのですか?」
「いえ、店だともっと元気に動き回ってました。でも、店員さんが家までキューちゃんを届けてくれたときに聞いたんですけど、環境が変わるとしばらくは緊張して大人しくしてるかも知れない、って。私も……嬉しくて、写真撮りすぎてたかも」
あ、でも、と私は付け加える。
「私が部屋の中で歩いたら、首を回して追いかけてくるんです。じーっと私を見てて、たまに首を傾げたりして。それがすっごく可愛いんです」
「追いかける?」
「はい。フクロウの首って、機械みたいに水平にすーって動きますよね。あれで私が部屋のどこにいても追いかけてくるんです」
「……大人しいのに、ずっと眼であなたを見ていた、と」
「そうなんです。懐いてくれてるのかなぁとか、きっと時間が経てば元気になってくれるかなぁ、と思ってました。それにまたお金が溜まったら、広い部屋に引っ越して、ケージも大きくしてあげるつもりでした」
その白い手でコーヒーカップを持ち上げて、折鶴さんは静かに黒い液体を啜る。
静かなジャズが流れる空間に、私たち以外の客はいない。そこはまるで折鶴さんのために生み出された、時間から切り離された空間のように感じられた。
「鍵がかかっていなかったから、窓から逃げたんだと思います。フクロウって賢いし、けっこう力も強いから」
「その子がいなくなった日、あなたが帰宅したときに窓は閉まっていましたか?」
「はい」
「籠はともかく。フクロウは逃げたあと窓を閉めませんよ」
黒い着物の少女、折鶴さんは淡々と告げる。
それは……。私は絶句する。当たり前だ。たとえフクロウが賢くて、力が強くて窓を開けられたとしても――そのあと丁寧に窓を閉めて出ていくはずがない。
ということは、中からフクロウが逃げたのではなくて、誰かに盗まれた――?
「……あ、え、でも……」
「フクロウは、ペットショップの人が自宅まで届けて来てくれたんですよね」
「は、はい……」
「ペットショップの店員はあなたの家を知っていた。だから回収したんでしょう」
占い師? 探偵? ――彼女の空気は、そういったものとは一線を画する。まるで見てきたかのように、折鶴さんは私に語りかける。
「か、回収、って……、もう私が買った子なのに、なんで……?」
「あなたがフクロウだと思っていたものは、監視カメラです」
「え……?」
「だからそのフクロウは、あなたを眼で追いかけていたんじゃありませんか」
◆◆◆◆◆
ペットショップを経営する男は逮捕された。
男は動物を剥製にしてカメラを埋め込み、若い女性に売る。しばらく撮影をしたあと、ペットの脱走を装ってデータを回収していたという。
男は警察の調べに対し、色々な動物で試したが、おとなしくても不自然さがなく、追尾機能を付けてカメラを埋め込めるフクロウが最適だった、と語った。
だからその眼で追いかけて 放睨風我 @__hogefuga__
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