空からの一撃

くれそん

第1話

 アディショナルタイム4分経過。審判もそろそろ腕時計に視線が向かう。

 点数は1-0。試合終了が見えたからか、敵の焦りが手に取るようにわかる。もうチャンスは少ない。

 あっ……バカ。

 トラップミスでゴールラインを割るボール。90分出ずっぱりのキャプテンの疲労は馬鹿にならないか。でもここでのミスは……。

 どう考えても最後のセットプレイ。コーナーキックからの同点。最終節も近い。ここでの勝ち点3か1かは最終順位に響きかねない。ショートコーナーかダイレクトか。どっちで来る?

 ダイレクトでヘッド。右隅ギリギリ。届くか? いや届かせる。

 中指でギリギリかすらせたボールは、ポテポテと転がり、相手の足元。まずい。左コースが空いている。ここからでは届かない。

 強力なシュート。ゴールネットが揺れるのが見えた気がした。

 しかし、キャプテンの体がコースをふさぐ。いや届いていない。でも、ボールは大きく上へ。外した? まさか。

 ホイッスル。キャプテンの伸ばした腕にボールが当たったらしい。ビデオ判定を要求する監督。わかっている。キャプテンの気迫がすごかろうと体が大きくなることはない。ハンドだ。間違いない。

 やはりハンド。だが、あそこで手を出さなければ同点だった。キャプテンのとっさの行動は間違っていない。PKを止めればそれで終わり。簡単なことだ。

 誰もがわかっている。これが本当に最後の1プレイ。蹴るのはもちろん10番の奴だ。奴のチャンスはこの90分すべて潰してきた。ここにきて最後の見せ場。

 さらに後ろに目を向けると、両チームとも今にも走り出しそうに見える。奴が外そうとも押し込んでやろうと目が言っている。いや、俺が触れれば蹴り出してくれるとも言っている。

 静まり返る会場、心臓の鼓動すらうるさく聞こえる。ゴール裏のサポーターの視線が背中に刺さる。

 ここが正念場。一呼吸。右か左か、上か下か。走り出す。見えた左上。

「あっ」

 小さい声が聞こえた気がした。それは俺の声か、奴の声か、あるいは他の誰かか。構うものか。思い切り手を伸ばす。

 ボールは読み通り。だが、ワンテンポ遅れたか。届くか届かない。いや、かするだけでも外に出る。これは勝ちだ。

 だが、無情にも指先をボールがすぎる。同点か。頭をよぎるはキャプテンの顔。あのコンディションでは延長など無理だ。ここの1点は負けにつながる1点だ。やっぱりダメか。

 振り返ると、ゴールポストの中には丸い何か。ボールか? いや、ボールじゃない。どこだ。

 俺と奴の真ん中あたりで転がる。直後にキャプテンが蹴り出した。

 長い長いホイッスル。勝った。勝ったのか?


 翌日、スポーツ紙に小さな記事が載った。

 J1転落間近のチームを救ったのはぽっちゃりフクロウのミミちゃん。

 ゴールポスト裏で観戦していた飼い主の手元を離れ、ゴールキーパーの手袋へ一直線。

 ちらちら揺れる白黒の何かがネズミにでも見えたのでしょうとは飼い主談。

 ゴールへ突き刺さるボールをその脂肪で跳ね返し、見事に危機を救ったのだった。

 この一戦によって、J2降格を免れたのだからミミちゃんには感謝してもしきれない。

 ありがとう。ミミちゃん。

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空からの一撃 くれそん @kurezoul

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