恋の手品にフクロウは向かない

千住

恋の手品にフクロウは向かない

「森さん、フクロウ好きなんだよね。うちフクロウ飼ってるんだけど、見にこない?」


 森さんは制服のスカートを揺らして振り向いた。よかった。とりあえず声をかけることには成功したぞ。

 森さんと一緒に歩いていたクラスメートたちは、怪訝な顔でこちらを見ている。それも無理はない。俺が森さんに話しかけるのは、これが初めてなのだから。

 そんな友達の視線など目に入らないと言うように、森さんはがっつり食いついてきた。


「ほんと? なに飼ってるの?」


「ベンガルワシミミズク、だけど」


 森さんはそのロングヘアの上に両手をあて、ミミズクの頭の羽を真似てみせた。かわいい。


「行きたい」


「ちょっと待ちなよ森、男の部屋にひとりで行くなんてダメだって」


 ぐいと森さんを押しのけ、ショートヘアの女子が俺の前に割りこんできた。誰だっけこいつ。ああ、陸上部の川上か。


「あたしもついて行く。いいでしょ?」


「知らない人が来るとフクロウおびえるから……」


「森だって知らない人でしょ」


 めんどくせぇ。


 でもここで森さん一人に固執して、警戒されては計画が台無しだ。今日は初めてなんだ、二人でも仕方ないだろう。俺はしぶしぶ頷いた。


「じゃあ、放課後に校門でねー!」


 森さんがニコニコ笑いながら手を振る。立ち去るそのハーフアップには、フクロウ柄のバレッタが留めてある。「こんなご近所に無料のフクロウカフェ!」なんて言って、川上にたしなめられているのも聞こえた。




 放課後、校門で森さん、川上と合流し、歩いてうちまで行くことにした。

 森さんは始終ご機嫌でおしゃべりしていた。川上は無難に会話しているように見せかけながら、俺を最大限警戒している。俺は黙って森さんの隣を歩いていた。


 俺はイケメンでも陽気でもない。だから正攻法の恋なんて最初から諦めていた。一年半かけて準備した。お小遣いを貯めては毎月都内のフクロウカフェに通っている、森さんのために。


「ここ」


 家の前で立ち止まり、俺は学生鞄から鍵を引っ張りだす。


「今日、親、いないから。ゆっくりして」


 俺が言うと、川上が不愉快そうに眉を動かした。やっぱりじゃない、とでも言いたげだ。俺と川上の無言の攻防など気にもとめず、森さんは俺の家を見上げた。


「お金持ちなんだねー、おうちおっきいねー」


「仕事仕事で放っておかれてるよ」


 まあ、そのおかげで、さみしいからフクロウを飼いたい、余ってる部屋をフクロウ部屋にしたいなんて無茶が通ったわけだが。


 鍵を開け、ドアノブを握った瞬間、汗で少し滑った。


「どうぞ。フクロウの部屋は廊下の突き当たりだから」


 靴を脱ぎ、スリッパに履きかえるときも手が震えてしまった。森さんが問う。


「フクロウちゃん、なんて名前なの?」


「ジョーカーだよ」


 廊下を先導する俺を追い抜かんばかりの森さん。本当にフクロウが好きなんだな、と思わず頬が緩んだ。川上は押し黙ったまま距離を置いてついてくる。


「さあ、どうぞ」


 ドアを開ける。その瞬間。フクロウ独特の脂羽のにおいとともに。


「ホッホー、キュッキュッキュウー!」


 止まり木でジョーカーが嬉しそうに大きく体を揺すった。


「かわいいー!」


 ぱたぱたと止まり木に近づく森さん。ジョーカーは逃げない。威嚇もしない。それどころか、さらに激しくホッホー、キュッキュッキュウーを繰り返している。


「ジョーカーは森さんのこと気に入ったみたいだね」


「ほんと?! うれしいー!」


 森さんは「ふわふわ!」「かわいい!」などと連呼しながらジョーカーを眺めまわしている。ジョーカーもジョーカーでそわそわと落ち着きない。


「腕にとまらせて餌あげてみる?」


 言いながら棚から厚手の皮手袋を取る。と、そのとき落ちてしまった布を俺はスリッパで踏んで隠す。森さんは気づかなかったようだ。


「いいの? ごはんあげたい!その前にトイレ借りていい?」


「うん。玄関の近くの右の扉だから」


「ありがと!」


 森さんは鼻歌を歌いながらフクロウ部屋から出て行った。


 俺は足をどかして、落とした布を拾おうとした。


「ねえ」


 壁際で腕を組んでいた川上が、急に声をかけてきた。


「それ、森のハンカチだろ?」


 俺は思わず手をとめる。


 一度だけ静かに深呼吸し、俺はハンカチを拾い上げた。


「いや、違うよ。似てた?」


「似てたもなにも。森が去年なくして大泣きしてたやつそのものじゃんか」


「偶然じゃないかな」


「しらばっくれんな。そのハンカチはな、入学祝いに森のお母さんが手ずから刺繍したんだよ。世界にひとつとして同じのなんてない」


 なるほど。さて、どうしたもんかな。


 ジョーカーが餌はまだかと首を傾げている。俺はとりあえずヒヨコを解体して作った肉を小型冷蔵庫から取り出した。


「おおかた」


 川上が大げさにため息を吐いた。


「ハンカチ盗んで、餌をあげるたびに森のにおいを嗅がせてたんだろ。フクロウが森に懐くように。森がそれで大喜びして、あわよくば自分のことも好いてくれるように。しょーもな。三文手品以下じゃん。なんで正攻法で森を射止めようとしないかね」


「……陽キャに何がわかんだよ」


「ほーら、本性が出た」


 がちゃん、と扉が開き、髪とスカートを揺らして森さんが戻ってきた。


「おまたせー! って、あれ? なんか空気が……? 喧嘩?」


「なんでもないよ」


 俺は言い、肉の入ったタッパーを開こうとした。


「え? それ私のハンカチ……?」


 しまったな。頭に血が上ってハンカチを隠しそびれてしまった。


 重い空気がフクロウ部屋に充満する。時が止まってしまったように、誰も動かない。何も言わない。


 ジョーカーがゆっくり首を傾げた。俺の気も知らず呑気なやつめ。フクロウは、手品のタネには向いてなかったな。

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恋の手品にフクロウは向かない 千住 @Senju

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