窓を締め切った組長室

「オヤジ、振込を見逃していたってのはどういうことですか」


 アニキ、横浜の事務所でオヤジに詰め寄るの巻。

 静岡の債権者は、実際に振込をしていた。だがその報告を受けていないアニキとヒロは、命令どおりにその債権者を駿河湾へ沈めたのだった。見逃してました、ごめんねで済む問題ではない。

 その事実を始めて知ったヒロ、部屋の隅っこで落ち着きなく立ったり座ったりしている。


「まあお前ら落ち着けや。ご苦労だったな」

「落ち着いています。繰り返しますがオヤジ、振込を見逃すことって有りうるんですか。間違いで一人沈めたことになるんですよ」

「せやから悪かった言うとるやろが!」


 オヤジはガラスの灰皿でアニキの前頭葉あたりをぶっ叩いた。灰皿は割れず、ヒビだけが入った。アニキの額に鮮血が流れ落ちる。


「おんどれこんどれ、誰が拾ってやったか忘れたんか。どないや」


 アニキは黙って立ち尽くす。


「ユキとかいうたかお前の妹。そいつの為にカネいるんちゃうんか。文句あるなら妹連れてこいや」


 黙って立ち尽くすアニキの前に、腰をかがめながらヒロが割って入る。


「オヤジすんません、そのへんでどうか。この後も集金ありますんで」


 オヤジ、舌打ちと共に部屋を出る。ヒロ、アニキの流血を止めんと、ポケットから取り出したピンクのハンカチを傷口にあてた。


「なんや、随分かわいらしいハンカチやのう」


 アニキ、顔面の筋肉だけで作った笑顔でヒロに礼を言う。ヒロ、少し慌てて血を吹く手を速めた。血まみれのハンカチを折りたたんでポケットにしまう。


「大丈夫でっか。不条理にもほどがあるキレ方でしたが」

「せやな。オヤジは悪かったなんて全然思ってないやろな。まあ、それはええわ。間違えで沈めてもうたが、返却遅れるのもどうかと思うしな」


 アニキ、けどな、と呼吸を一つ。表情を消した。


「ユキ連れてこいってのは違うわな」

「はい。なんというか、オヤジはアニキに罪をなすりつけ」

「言うな。考えがある」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 翌日、事務所でオヤジと再び対面したアニキは、土下座をしていた。サシである。周囲には誰もいない。オヤジの激昂はいまだとどまることを知らず。


「おんどれごときの土下座で済むと思うとるんけ。誰に偉そうな口聞いたんか、わからせたろか」


 アニキ、顔を上げない。そのまま黙っている。

 オヤジ、茶を飲み終わり、湯呑をアニキに投げつける。空っぽの湯呑を確認したアニキ、やにわに立ち上がった。


「オヤジ、静岡土産の茶です。味はどないですか」

「土産だあ? てめえそんなもんで許してもらえると」


 オヤジ、急にそそくさと扉へ向かう。開かない。何度ガチャガチャやっても開かない。それもそのはず、扉の外ではオヤジの茶に下剤を仕掛けたヒロが、つっかえ棒で扉を固定していたのである。


 アニキ、ゆっくりとオヤジの方へ向かっていく。

 オヤジ、扉をすごい勢いで叩きながら甲高い声で叫ぶ。


「ァケンカィ! ァカン!」

「小鳥かよ」

「ァカン! ンンンァカンテホンマ!」

「さえずんな」


 言いながらアニキ、会長のケツを蹴り上げた。ごついおっさんの口からキャンという子犬のような悲鳴が漏れる。


「ォマエコラ! ンンァケンカィ!」

「おらとっとと漏らせ。それ撮ってネットにアップしたる」

「ヤメンカィ! ァケエヤ!」

「潰れますな、組。長が組のメンツにクソぶっかけたようなもんですわ」


 アニキ、笑う。言葉のアヤと現実の行動とが、まさかのリンクを果たしていることに気づいたのだ。

 動けなくなって四つん這いになっているオヤジのケツを踏みつけながら更に言葉を重ねる。


「オヤジ、そろそろ扉開けて差し上げましょうか」

「ホンマヵ! ンンァ!」

「なんで最近、おれを潰そうとしてはるのか、教えてもらえたら、ですが」

「ヵ、カシラガ、ォマエ、ンァ! クーデターシカケル」

「口もケツもゆるゆるでんな」


 アニキ、四つん這いになっているオヤジを蹴り転がし、腹を天井に向けさせる。そしてヒロにビデオカメラを持ってこさせた。


「アニキ、ああいうビデオの撮影現場ってこんな感じでっしゃろか?」

「そんなニッチな趣味のことは知らんがな」


 アニキ、オヤジの下腹に足を乗せる。静かに語りだした。


「オヤジ、正直、こんな組どないなってもええんですわ。ただ、ユキのことなんやかんや言われたから、こうします」

「ワルカッタ、ァン、ジョ、ジョウダンヤテ……」

「ほな」


 アニキ、オヤジの腹を思い切り踏み込んだ。


「ジョウダアアグアアグ」


 オヤジの身体が、腰の下からものすごい角度でせり上がる。ズボンの裾とウエストの隙間から出てきたものが、どす黒いカルメ焼きを形成し、悲しいとさえ思える異臭が室内に充満した。アニキは顔をしかめながらタバコに火を点ける。


「ヒロ、オヤジの顔見てみ。やっぱこういう時、涙出るんや。おれらだけやなかったんやな」

「ど、どうでしょう。この場合よだれとか鼻水も出てるんで。気絶してはるんですかね」

「どうでもええが、汁出しすぎやろ」


 アニキ、カルメ焼きでタバコの火を消した。


「あ、アニキ、撮影OKです。窓開けましょか」

「おう、ちょっと待ってな。オヤジ、お世話になりました」


 アニキ、サイレンサー付きの拳銃を取り出し、オヤジの頭といわず身体といわずパンパン撃ちまくる。


「アニキ、次はカシラでっか」

「せやな。めんどいけど、向かってくるならやるしかないわな」


 二人は臭くて重苦しい組長室でため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男が涙を流す時 桑原賢五郎丸 @coffee_oic

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ