新東名高速上り 浜松サービスエリア
静岡のゴルフ場から新東名高速で横浜の事務所へ帰る車中。
「ヒロ、飛ばし過ぎや」
時速190km。
ハンドルを握るヒロ、ハッとしてスピードを110kmまで緩めた。
「いますぐ風になりたいんけ。幸せ感じとるんけ」
「すんませんアニキ。どうもこの道はスピードが出やすくて」
「わかるけどあかん。最近は車に乗るやつのマナーもおかしくなっとるしのう」
と言っている間に、後ろから近づいてくるワゴン車が一台。追い越し車線が空いているにも関わらず、ずっと二人の乗ったカローラを煽っている。
本来ならベンツやセルシオに乗るべきなのだろうが、会社の方針として「必要以上に怖がられるのはこれから先ダメ」なので、社員は皆ファミリーカーを乗り回している。
「やっぱカローラは舐められるんやなあ」
アニキ、のんびりと言うなりドアから身を乗り出し、拳銃で後ろのワゴンを撃った。
パンパン、パァンと乾いた音が響く。ワゴンは停車した。ヒロ、高速道路をバックしてワゴン車に横付け。アニキ、車を降り、ワゴン車の窓ガラスを拳銃のカカトで割る。ドアを開けて乗り込んだ。
「待たせたのう、ヒロ」
数分後、戻ってきたアニキの顔には鮮やかな返り血。腕には財布とスマートフォンを複数抱えていた。
「エンコ詰めさそうかと思ったが、めんどいんでお財布代わりになってもらうわ」
「アニキの慈悲はマリファナ海溝より深いでんなあ」
アニキはヒロの間違いに気づいたが、黙っていた。
車は間もなく浜松サービスエリアに差し掛かろうとしている。そんなタイミングでアニキ、
「ヒロ、ちょっと駐車できへん?」
「構いませんが、どうしはったんでっか」
「ユキに土産をな」
アニキ、指で小鼻を掻きながら笑う。少し返り血が落ちた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アニキ、愛しのユキへのお土産を選び終わり、トイレへ向かう。個室は全てふさがっていた。
「なんで毎回こうなるんや」
苛立ちのあまり、一番奥の個室に向かって拳銃を撃った。くぐもった銃声が天井の低いトイレに鳴り響く。
すこしだけスッキリしたのでアニキは車へ向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あかん、全然スッキリしてへん」
アニキ、カローラの横にビニール袋を広げ、臨戦態勢でしゃがむ。
「アニキ、表でするの、慣れはったんでっか」
「そう見えるんか、ヒロ。ぐうっ」
「へえ、涙を流されている以外は、驚くほどスムーズにされてます」
「み、見んなや」
アニキ、真上に向けて一発発砲。パァンと乾いた音がエチケット音の代わりになるかと思ったのかもしれない。
「ヒロ、うぐっ、あんな」
「へい」
「わし今、涙、流しとる、やろ。ううっ。ヒロも、さっき、号泣しとったろ。ゴルフ場で」
「へえ」
「これな、悲しいからや、ないんやで。何かを失ってもうたからや、ないんやで。ウミガメの奴が卵産みよる時に泣くやろ。あれと同じ、肉体的な現象やで。何回かの経験でわかったわ」
「経験でっか」
そんなもん積んでどうする、とはヒロは言えなかった。
「経験や」
そんなもん積ますな、とアニキは思った。
やがてアニキは涙を流しながら立ち上がり、こなれた手付きでビニール袋をキュッと強めに結んだ。
「ちょっと捨ててくるわ」
その後姿を見送りながら、ヒロは想像した。
大通りを歩いている時でもキャバクラにいる時でも、アニキが「ちょっとトイレ」と言った瞬間にズボンを下げてその場にしゃがみこむ最悪の未来を。
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