友情と恋愛の葛藤を丁寧に描いた、甘くも切ない文学小説です

 心の悩みや葛藤に悩まされながらも家族と懸命に生きる、根津 珠樹という少女が主人公の青春文学小説です。

 一人で悩み事を抱えながら生きる珠樹に対して、同級生として距離を縮める桂木 美咲という少女の存在がとても魅力的です。そこには同年代の少女たちだからこそ共感出来る場面が数多く描かれており、美咲のように前向きになる珠樹の心情が丁寧に描かれています。

 そして夏木 笙という少年の登場によって、物語が友情と恋愛の葛藤を描いた内容に変化していく過程もポイントです。お互いに素直な気持ちを表現出来ないその心情は、まさに思春期を過ごす中学生ならではの姿です。さらに不器用ながらもお互いの気持ちを確かめ合う場面は、誰もが一度は経験した青春の日々を連想させます。

 また埼玉県朝霞市を舞台にしていることから、リアリティーや空気感などを大切にされていることもポイントです。ならびに文学小説のように上品な文章が多いことも、『柔らかな刻』という作品の魅力の一つだと思いました。

 「青春」「純文学」などの要素をしっかりと押さえながらも、ヒューマンドラマならではの魅力も感じ取れる――そんな素敵な物語だと私は思います。

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