冒険の終わり


 以上、回想終わり。そして海走再開。いや、走るって言うよりは完全に漂流中である。そして転覆は目の前、つまり海の藻屑まっしぐら。

 ほとんど冗談になってない。PBSペット・ボトル・シップの設計は完璧なハズだった。2リットルのペットボトルを100個以上使い(この日のためにコツコツ貯めた)厳重にフタを閉め、解けないようにパラコードで固縛。その上から浮力の高いバスマットを敷き、快適性をも確保する。

 約2時間前の進水式は超がつくほどの順調だった。もちろん水には余裕で浮いた。そして乗ってみてわかるこの100人乗っても大丈夫そうな安定性。まさに素晴らしいの一言である。

 大手通販サイト『アマゾネス』にて2580円で購入したカヤック用のダブルブレードパドルを装備して、いざ行かん!


 ゴールはもちろん、この海岸から8キロ離れたユリの住む島──だったのだが。

 開始して1時間も経たないうちに、硬く固縛していたハズのパラコードが解けてしまい、PBSは海上分解。具体的に言うと、船の3分の1がどこかへ流れて行ってしまった。加えて言うと、強烈な離岸流に乗ってしまうハメになった。

 辛うじて島への方角へ進んでいるものの、すでにポイントオブノーリターン、泳いで戻れる距離ではなくなっている。あれ? ひょっとしてコレ詰んでる?


 ちなみに僕のスマホは早々に水没した。写真を撮れない、助けを呼べないのはお察しの通りこれが原因である。防水を謳うジップつきのビニールケースに入れてたのに、クソッ! これだから100均は信用できないんだよ! クソックソッ!

 いや待てとにかくまずは落ち着こう。こんな時こそプラス思考だ。僕調べによると楽観的な人間こそ助かりやすいらしい。つまり、ポジティブシンキング!

 ……そういや同音異義語のシンクって、沈むって言葉だったような。

 ポジティブに沈む。ハハハ、なにそれ笑える。



 ──────────────────



 気がつけば我がPBSは、そのパーツの3分の1とバスマットを残すのみとなっていた。ダブルブレードパドルもとうの昔になくなっている。

 すまない、海の生物たちよ。世界でプラスチックゴミが問題になってるのに、僕は海を汚す行為をしてしまった。いや、そんなことは今はどうでもいい。いよいよヤバイ。海を完全にナメてた。


 照りつける日差し。遮蔽物がないので身がこんがりと焼かれる。炙られたスルメの気持ちを味わいつつ、僕は手持ちのペットボトルに入れていた最後の水に口をつけた。

 水を飲んでも喉がカラカラだ。その状態で見る、大量の空のペットボトルに無性に腹が立った。いや、このペットボトルが無ければ死んでるんだけど。

 身を起こして遠くを見やる。確実に島には近づいている。目測、島まであと3キロくらいだろうか。

 人によっては泳げない距離ではない。そう、人によっては。


 僕は控えめに言って泳げない。だから、この3キロという距離は僕にとって天文学的数字に等しいのだ。

 僕に残された装備は、約30個の2リットルペットボトルと浮力の高いバスマット、パラコードが数メートル分。

 しかしまだだ、まだ終わらんよ。僕にはアマゾネスで買ったライフジャケットがある。これさえあれば、よしんばPBSが沈没してもしばらくは大丈夫! 備えあれば憂いなし!


 なんとかなる! と思っていたら。

 思い切り、突然の横波に煽られた。強い衝撃に、最後のパラコードが解ける。あぁ、ちゃんとしたロープワークを学んでおくべきだった。ついにPBSは転覆、沈没というか完全分解の憂き目に合う。さよなら相棒。お前、最高だったぜ。

 バラけていく相棒に心の中で敬礼を。相棒の死と同時に、僕の意識も途切れそうになったところで。


 瞬間、後頭部に強い衝撃。目の前に星が飛んだ。

 痛ってぇ! と叫ぶと、後ろに見たことがある白とオレンジに塗られた浮き輪がプカリと浮かんでいた。あの紐のついたヤツな。ていうかコレ硬ぇな!


「おいお前、そこで何してんだ?」


 そこにいたのは、日に焼けた浅黒いオッサン。小さな船に乗っているところを見ると、漁師なのかも知れない。


「まぁとりあえず、その浮き輪に掴まれ。岸まで運んでやる」


「た、助かった! って乗せてくれないんすか!」


「小さな船だからな、お前が下手な乗り方すると転覆する。引っ張ったほうが早ぇだろ」


 そんなこんなで、僕はそのオッサンの操る船により、岸まで曳航されたのだった。



 ──────────────



「呆れた。ほんっと呆れた。そのまま海の藻屑になればよかったのに」


「いや助かってよかったねとか、そんな優しい言葉はないのか」


「ある訳なかろうが。海をナメすぎなんだって、あんたは。ほんっと呆れたよ。よく死ななかったな」


「死んだら冒険にならないだろ。生きて帰ってこその冒険だ」


「それは他人に迷惑を掛けてない人だけが使っていい言葉! なにカッコ付けてんの、殴るよ」


 なぐるよ、の「ぐ」あたりでユリの鋭い左ストレートが飛んできた。グーパン。しかもコークスクリュー気味。とても痛い。

 辿り着きし例の島の砂浜で。僕とユリは昨日ぶりに再会した。ほんとにユリってこの島に住んでんだな。


「……でもまぁ、死ななくてよかったよ。ここで死なれちゃ夢見が悪いし。だからあたしに一生感謝しなさいよ」


「いや待て、なんでユリに感謝しないといけないんだ。それに一生って、それプロポーズのつもりか?」


「あんた、ほんとに一回死ね!」


 次はキレのいい右ストレート。とても痛い。


「あたしが父さんに頼んだの! ぐるりと島を一周してくれって! 昨日あんたあんなこと言ってたし、今朝から電話にも出ないし!」


「と、父さんだって……?」


「父さんがあんたを見つけてなかったら、あんた死んでるよ、絶対」


 それまで僕たちのやりとりを見ていた、例の浅黒いオッサン。僕の視線とカチ合って、ニヤリと笑っている。

 気恥ずかしいどころの話じゃない。まさか、ユリの父親に助けてもらうなんて。


「ワタルって言ったか。ユリがいつも世話になってるな。まぁとりあえず、島へようこそってところだな」


「さ、先程は……命を助けて頂いて、」


「さっき『冒険』がどうのとか言ってたな。で、どうだ? お前の宝物は見つかったのか」


「見つかったっていうか、その……」


「その?」


「宝はもともと近くにあったんだ、って改めて思えたところです」


 それを聞いたユリの父親は、少し嬉しそうに笑った。僕は恥ずかしくて苦笑い。

 ユリは怪訝な顔をしている。それでいい。そうでないと、僕が困るから。





 さて。こうして僕の「第1回夏の冒険」は幕を閉じた訳なのだが。

 「第1回」との言葉が示す通り、第2回、第3回と冒険は今も続いている。

 

 だけどそれは、また別のお話。



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ちょっと今から沈没 「KAC0」 薮坂 @yabusaka

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