ちょっと今から沈没 「KAC0」

薮坂

冒険の始まり



 青く、どこまでも広がる海。照りつける夏の日差し。雲は白く輝き、遠く水平線で海と空が混ざり合う素晴らしいロケーション。

 スマホがあれば、間違いなくカメラのシャッタを切りまくっているシチュエーション。

 完璧な夏休みだ、と自分では思う。世界広しとは言え、ここまで夏を満喫している人間なんて僕くらいのものじゃなかろうかと。


 ──冒険をしよう。この夏の思い出に。

 そう思い立ったが吉日、僕は夏休み初日からそれを実行に移した。今回の冒険の内容、それは。

 自作の船で海に出る。そしてとある島を目指すのだ。


 キッカケは、小さい頃に読んだ小説だ。お話の中の主人公は、外の世界に憧れて、自分で船を作って海を渡ろうとする。そして海を渡った主人公はある島に辿り着き、そこで秘宝を手にするのだ。幼いころの僕にとって、それはまさに「冒険」だった。それも一分の隙もないほどの。

 そして夢にまで見たこの冒険を、僕は今まさに体験している。夢が現実に変わる時。大人になったと実感できる瞬間だ。


 そんな訳で、僕はいま優雅に冒険中。どうだ、羨ましいだろう? 僕以上に「夏の冒険」を体験していると勘違いしているヤツがいたら手を上げてくれ、僕のこの冒険と今すぐに交換してやってもいい。

 だって、僕の方が絶対にスリルがあるし、小説とは違ってどこまでもリアルだ。なぁ、本当はキミも羨ましいんだろう?

 だからいつでも代わってやるぞ。テレビやパソコン、あるいはスマホを手に自堕落な夏休みを送っているヤツらに告ぐ。


 ──今すぐ僕と代われ。

 いや代わって下さい。

 どうかお願いします助けて下さい。


 沈みゆく自作の船『PBS』を眼下に、下半身が既に海の中に浸かっている僕は回想する。

 全ては1日前から始まったのだと。いや回想する暇なんてないんだけど回想させてほしい。

 だってマジで死ぬかも知れないから。ひょっとして、これがウワサの走馬灯ってヤツなのだろうか?



 ────────────────



「はぁ? ペットボトルの船で海を渡る?」


「ペットボトルの船じゃない。ペット・ボトル・シップ──つまりPBSと呼んでくれ。すでにそう名付けた。名前は重要だからな」


「いや、完全に何言ってるかわかんないんだけど。ここんとこのクソ酷暑でアタマやられちゃったの? あ、あんたのは元々か」


 高校からの帰り道。いつも寄るコンビニの前のベンチ。そこに座り、アイスを齧りながら蔑んだ目で僕を見るのは、同じクラスのユリだった。

 こいつはちょっと変わったヤツで、この海沿いの高校まで渡船で通学している離島出身者だ。なんでもユリのオヤジさんが、自然溢れるその島に住むのが夢だったらしい。

 こっちはクソ迷惑だけどね。とは本人の言である。

 とにかくユリは離島に住んでいて、僕とユリは何故か馬が合ったのだ。

 だからユリが島へ帰る最終便(一日往復2便しかない)に乗る時間まで、防波堤で釣りをしたり、公園で水風船を投げ合ったり、あるいはコンビニでアイスを食べたりして時間を潰すのが僕らの日課だったのだ。


 ユリはよく言っていた。いつかウチに遊びにおいでよと。それはいわゆる社交辞令だったのかも知れないが、とにかく僕はそれを鵜呑みにして、いつかユリの住む島まで行こうと本気で目論んでいた。

 本来の交通手段は、ユリが通学に使っている渡船である。しかし、それを使うのはなんていうか「普通」に過ぎる。女の子に誘われてホイホイと家に遊びに行くってのは、高校生になってしまった僕には気恥ずかしい。でもユリが住む島には正直行ってみたい。どうすれば大手を振ってユリの住む島まで行けるのか。

 そこで僕の完璧な頭脳が弾き出した答えが、PBSペット・ボトル・シップで海を渡る、というものだった。やばいこれ完璧すぎるだろ。自分のスペックが恐ろしいぜ。


 冒険と称して海を渡りユリに会いに行く。行動の動機は「冒険がしたいから」と言っておけば少なくとも嘘にはならない。

 ユリに会いに行くのはついでだ、冒険するのがメインなんだ! こう言えばユリも納得するだろう。それに「あぁわかる、男の子って冒険好きだもんね、仕方ないか」なんて言ってくれる可能性も充分に有りうる話である。ははは、もう勝ち確だろこれ。


「ねぇ、聞いてんの?」


「あ、ごめん。妄想してた」


「いや、何をよ。とにかく、そんなことしたら死ぬよ? サメのエサになっても知らないからね」


「え、サメが出んの?」


 サメは聞いてない。しかし諦めるな、ひとくちにサメと言ってもいろいろ種類がある。勝てるレベルのサメなら問題などない。ヤツらには陸の覇者たる人間の恐ろしさを味わわせてやるぜ。


「ちなみにどんなサメ?」


「イタチザメ」


「ふん、イタチ程度のレベルなら問題などない。僕にかかればワンパンってヤツだ。フカヒレにして食べてやる」


「いや何の自信なのよそれ。とにかくやめときなって。あんたが死ぬのは勝手だけど、あたしのせいにしないでよね。クソ迷惑だから」


「思い上がるなよ。ユリに会いに行くのはあくまでサブクエスト。冒険することこそ僕のメインクエストだ!」


 僕はそう、予め用意していたセリフを口にするのだが。


「あんたってさ、ほんと、小学校高学年くらいで成長止まってるよね。あんたの小学校時代はどんなのか知らないけど、簡単に想像できるわ。もう、好きにしたらとしか言いようがない」


「いつまでも少年の心を忘れてないって言いたいのか?」


「言うわけあるか! 少しは大人になれって言ってんの!」


 ユリはぷりぷり怒ってアイスを齧った。僕もつられてガリガリさんを齧る。夏の味がした。


「決行は明日だ。折しも明日から夏休み。僕は海を渡るぞ、ユリ。そして栄光の夏休みにするんだ」


「もう知らないよ。勝手にすれば? ていうか、なにがあんたをそうさせるのよ」


「僕の名前がそうさせるのさ」


「ワタルってきちんとした名前貰ってるのに、ご両親が聞いたら泣くよ、ほんと」


 溜息混じりに、呆れながら言うユリ。

 明日はその顔を笑顔にさせてやるから、首を洗って待っておけよ。

 僕はセリフを言わずにユリに笑う。それを見たユリは、また呆れた顔をしていた。




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