た、助けてくれ~っ

 立野勘太は阿蘇の地にあって、既にひとかどの男と評されていた。

 武芸の腕も立つ。将としての采配も取れ、少なからず人望もあった。それゆえに、多少の自負もあった。


 しかしこの八郎為朝という、色白で柔和な面持ちの大男の前に、実にあっさりと敗けた。完敗、と言わざるを得ない。そして失地回復を狙い逆に囚われ、成り行きで弟祐左ゆうざと共に、彼に従うこととなった。

 直後、主家宇治衆は彼の手により消滅した。立野兄弟はこの八郎為朝と、運命を共にする他無くなった。


(この男は、果たして我ら兄弟が命運を託すに足る人物なりや!?)

 彼の傍らに居て、勘太なりによく観察し続けた。


 実に、とらえどころの無い男である。

 確かに武芸も凄い。人望もある。そして宇治衆を敗走させ完勝した采配も、全くもって非の打ち所のない見事なものであった、と誰もが口々に言うのである。


 そんな豪傑が今、商売なんぞにうつつを抜かしている。

(武将たる者が、商売?)

 勘太には理解出来ない。されど八郎為朝が言う事は、理解出来なくもない。彼は武将として大層な目標を掲げている。それを果たすには、確かに多額のゼニが要る。

(それを商売で稼ぐ、というのか……)


 これまでにも、多くの高名な武将が世に出た。例えば八郎為朝の祖父である、悪対馬守義親などがそうである。さらにその父、八幡太郎義家なども奥州にて大いに名を上げ、武家の間では知らぬ者がいない。されど目の前に居る八郎為朝は、そのいずれとも種類の異なる男である。

 全くの異人種、とさえ言えるかもしれない。従来の、単なる豪傑ではない。


「それにはカラクリがあんねん」

 かつて八郎為朝は、勘太の問いにニヤリと笑いつつ、応えた。そのカラクリが何であるか……までは、彼は明かさなかった。謎は以前、謎のままである。まさか彼が未来人だとは、勘太も流石に想像だにしていない。


(まあ、良い……)

 彼が得体のしれない大物である事は、どうやら認めざるを得ないようである。本物の豪傑である事は間違いない。それならそれで、我ら兄弟は彼に付き従うのみである。


 勘太は弟祐左と、何度もその新たなあるじについて議論し、そういう結論に至った。そして今日また新たに、当世の常識を凌駕する商売のやり方をつぶさに見た。商売に全く無縁の勘太も、それが如何に凄いものであるか、よく解るのである。


 夕飯を終えた後、勘太は祐左と共に、布団の上にどっかと胡座をかきつつ語った。互いに口数は少ないが、反芻するように秋以降の出来事について、ぽつりぽつりと語り合った。


 されど結局は、

「まだお若いのに、途方も無い男である」

 と、互いに確認し合うのみである。それ以外にいかなる評価が成り立とうか。……


 二人がそう思った時、にわかに座敷の外が騒がしくなった。男の奇声が聞こえ、ドタドタと慌ただしく廊下を駆ける、複数の足音が響く。


 ――何事ぞ!?

 と二人が身構えるうち、さっと襖が開いた。驚いてそちらを眺めると、それこそ噂の主たる長身の男が座敷に逃げ込んで来たのである。


「おおっ、立野兄弟か。頼む、た、助けてくれ~っ」

 男は素早く、ただし静かに襖を閉め、へっぴり腰で布団の上を駆け抜けると、押し入れの戸を開けその中に逃げ込んだ。


「……!?」

 立野兄弟が互いに顔を見合わせていると、そこへ寺の稚児三人が駆けつけて来た。

「夜更けに恐れ入りまする。ぬし様を見かけませなんだか?」


「……」

 勘太と祐左は再び顔を見合わせた。


 ひと呼吸、ふた呼吸の後、祐左がニヤリと笑うなり、

「さあ。見ておらぬなあ」

 と言いつつ、押し入れの方へ顎をしゃくった。

 それを見た稚児達は一斉に押入れに駆け寄ると、戸を開ける。


 ――主様、抱いて下さいませ~っ。

 ――一晩お情けを頂戴致したく。……

 三人の稚児にアツく迫られ、たちまち色白大男は悲鳴を上げた。


「おい立野兄弟っ。お前ら覚えとけよ~っ!!」

 稚児達に捕まり連行され、八郎為朝は座敷を去って行く。が、再びドタドタと遠くで足音が響いた。しぶとく逃げ回っているらしい。


 残された兄弟はゲラゲラと声を上げて笑い出した。

「やれやれ。お館様は、女子衆おなごしにもおモテなさるが稚児にもおモテらしい」

 大捕物の騒動は、夜更けの静かな寺中に暫くの間、響き渡った。

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