第5話
「なあ明日香、ちょっと相談乗ってくれねえ?」
掃除の子が窓を閉めるのを忘れていったから時々涼しい風が教室を通り抜ける放課後。
あおいちゃんの委員会活動が終わるのを教室で待っているところに話しかけてくるのはわたしの幼馴染である須藤陽太君こと、陽くんだ。
「陽くんがわたしに相談なんて珍しいね、頼りにされることはあんまりないもんねわたし」
陽くんは幼稚園の頃からの友達でとても仲がいい。小学校の頃までわたしより小さかったのに中学に入って一気に背が伸びて、周りの女子からイケメンだとか言われるようになった。
陽くんはそういうことを言われても調子に乗ったりしないし、昔と今でわたしへの関わり方も変わっていない。自慢の幼馴染だ。
「明日香はよく宮田さんと一緒にいるだろ、宮田さんのこととか、教えてほしい」
陽くんとわたしは教室でもよく話す。その流れから休み時間なんかはわたしとあおいちゃんと陽くんの三人で話すこともあった。
「え、ええっと、もしかして陽くん、あおいちゃんのこと好きなの?」
「……ああ。俺、宮田さんのこと好きだわ。」
そうなんだ。全然気付かなかった。
確かにあおいちゃんは美人だし優しいし、頭もいいし色んなことに気付けるし、話してて楽しいって思う。それに対してわたしときたら別に美人でもないしおっちょこちょいだし、わたしと話していてうるさいって思うこともきっと多いだろうし、陽くんがあおいちゃんのこと好きになっても仕方ないね。
あれ。なんで陽くんがあおいちゃんのこと好きって聞いただけでこんなにショック受けているんだろう。最初からずっと仲の良い幼馴染だっただけなのに。わたしだって陽くんのことずっとそう思ってた。男の子として好きだって、考えたことなかった。なかった、よね? どうしちゃったんだろうわたし。
「明日香? 大丈夫か」
「ん? 大丈夫だよ。そうなんだ、あおいちゃんのこと好きだったんだね。突然だったからびっくりしちゃって」
なんだか大事なものを失ってしまったような気がした。当たり前だと思っていた何かが壊れてしまったような、そんな気がする。
「宮田さんってさ、好きな人いるのかな? 全然そういう噂聞かないけど」
「そうだねー。わたしもあおいちゃんから好きな人も彼氏もいるって話も聞いたことないよ。たぶん、いないんじゃないかな」
よかったーって陽くんが心底ホッとしたようにしているのを見て、協力しなきゃいけないんだなと思った。
大事な幼馴染だし、こうして相談してきてくれたということは頼りにされている証拠。普段わたしは何もしてあげられてない、むしろ助けてもらってばかりだから、たまには力になってあげなくちゃいけないんだと思う。
「あおいちゃんはさ、そういうことには奥手だから。もし陽くんが付き合いたいとかって思ってるなら、陽くんから行かなきゃだめだよ」
「ああ、俺もそんな感じはしてた。だからさ、この前連絡先交換してもらって話したりしてたんだ」
へえ。そうなんだ。連絡先を交換したのは知っていたけど、連絡を頻繁に取り合っているのは知らなかった。あおいちゃんも、何も言ってなかったし。
もしかしてわたしは二人にとっては邪魔なのかな。二人とも優しいからそんなこと思わないだろうけど、空気を読んだほうがいいのかもしれない。
「俺さ。宮田さんと仲良くなれてきたと思うし、近いうちに告白しようと思うんだ」
「そうなんだ」
もうそんなことを考えるくらい仲良くなっているという事実に体が反応して嫌な汗が出てくる。
「とりあえず宮田さんに好きな人も彼氏もいないってわかってよかったよ。もちろん俺のことを好きだったらそれが一番だったけどさ」
「あはは。そうだねえ」
だめだ。今陽くんと一緒にいることがとんでもなく辛い。
「あのさ、わたし今日用事があるから帰るね。陽くんはテニス部があるでしょ。終わったらメールかなんかで相談の続き聞いてあげるから」
「用事があるのか、わかった。じゃあな、頼りにしてるぜ明日香」
あおいちゃんにも用事があるとメールをして先に帰ってきた。用事があるなら先に言ってよねと返信が来たけど、謝罪のメールを送る気にはなれなかった。
もし二人が付き合ったらどうなるんだろう。二人は今までと変わらないように接してくれるのだろうけど、わたしが二人の仲を邪魔しているようで気が引ける。あおいちゃんのことも陽くんのことも好きだから。今のままがいいと本気で思う。
けれど、わたしのわがままで陽くんの思いを無駄にすることもしたくない。陽くんが良い人だというのはわたしが一番よく知っている。きっと、あおいちゃんのことも幸せにしてくれる。
そうわかっていても協力なんかしたくないと思ってしまう、陽くんが諦めて告白なんかしなければ今のままでいられる。いつから好きだったのだろう、気付くのが早ければこんな取り返しのつかなくなる前に何かできたかもしれないのに。
一人きりの部屋で考え事をしているとどこまでも気分が沈んでいった。
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