第4話

「ねえあおいちゃん」

 わたしは親友であるあおいちゃんに声をかける。


 放課後の教室であおいちゃんとお喋り。いつも通りの光景だ。


「なあに関ちゃん」

「それだよ!」

「え?」

 わたしが突然大きな声を出したのであおいちゃんは目を丸くする。


「あおいちゃんってさ、わたしのこと名前で呼んでくれないよね。みんな明日香ちゃんって呼んでくれるのにさ」

 そうなのだ。わたしの名前は関谷明日香、仲良しの子はみんな明日香ちゃんと呼んでくれる。関ちゃんって呼んでくるのはあおいちゃんしかいないから特別な感じがしないでもないけど、たまには名前で呼んでもらいたい。


「私は関ちゃんって呼び方が慣れているだけなんだけど」

 といっても名前で呼んでもらおうと思ったのは五時間目の英語がわからな過ぎて現実逃避していて思いついた結果だ。あおいちゃんにはいつも思い付きで迷惑をかけている気がする。


「じゃあ一回さ、わたしのこと名前で呼んでみてよ」

 そう提案したらなぜかあおいちゃんは難しい顔をして考え込んでしまう。


「えっと、何て呼べばいいんだっけ」

「いや、わたしのこと名前で呼んでよ」

「えっと、誰に呼んでほしいの」

「だから、あおいちゃんにだよ」

「どうしても呼ばなきゃだめ?」

「あおいちゃんはなんでそんなにわたしの名前を呼ぶの嫌がるのさ」


 だってとあおいちゃんは口ごもる。

「なんだか、改めて名前で呼ぶって思うと恥ずかしくて」

「わたしなんかあおいちゃんのこといつも名前で呼んでいるよ、なんてことないよ」

「関ちゃんはそうだろうけど……」

「もー、あおいちゃんが名前で呼んでくれるまでわたし喋らないからね」

「ええ、困るよう」


 わたしは黙ってあおいちゃんのことを見つめる。

 あおいちゃんってまつ毛長いなあ、まつ毛カールとかしているのかな。鼻も高くて羨ましい。髪も長いのになんであんなにさらさらなのだろう。綺麗なものは眺めているだけでも飽きない。


「あ、あの」

 あおいちゃんが声をかけてくるけど返事はしない。ちょっとずつ目が潤んできている。可愛いのだけど、なんだかいじめているみたいだ。


「せ、関ちゃん」

 わたしはそっぽを向いてそれに対する答えを示す。


 ちらっとあおいちゃんをみるといよいよ涙がこぼれそうになっている。あれ、こんなつもりじゃなかったんだけど。冗談だよって言おうとしたらあおいちゃんが意を決したように口を開いた。


「あ、あすか……ちゃん」

 頬を赤らめて名前で呼ばれた。目は潤んでいるし、俯き気味にわたしを呼んだから上目遣いになっている。

 か、かわいい。わたしが男の子だったら恋に落ちていても不思議じゃない。


「あ、あおいちゃん。ありがと。やっと名前で呼んでくれたね」

「うん。すごく緊張しちゃった」

「なんでかわからないけど、わたしもどきどきしちゃった」

 ああ、自分で言ったら余計どきどきしてきたよ。


「ねえ、あすか、ちゃん」

 そう言いながらあおいちゃんは隣の机に座ってるわたしに改めて向き直る。

 今の気分であおいちゃんのことを見ているとどきどきが止まらない。心臓の音聞こえてないよね。


「あれ、二人ともまだ残ってたの?」

 タイミングが良いのか悪いのか、同級生の子が教室に入ってくる。忘れ物を取りに来たみたいだ。


「あ、うん。お喋り長引いちゃって」

「二人ってほんと仲良いよね、付き合っているみたい」

「ちょちょちょ、なんてこと言うのさ!」

「冗談だってば、じゃあわたし行くね。明日香ちゃんあおいちゃんばいばーい。」

 唐突に空気を壊されてしまった。これはいいのか悪いのか……


「あ、あおいちゃん。何か言おうとしてたけど何だったの?」

「あ、えっと、帰りにたこ焼き屋さんでも行ってみない?って言おうとしてたの」

 大きなチャンスを逃してしまった。みたいな顔をしているからたぶん違うことを言おうとしていたんだろうけど、わたしは気にしないことにする。


「うん、行ってみよう。わたしたこ焼き好きなんだ」

あおいちゃんはボストンクラムチャウダー味のたこ焼きを食べていた。

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