ショートケーキか梅干しか
白情かな
第1話
「ねえ関ちゃん」
わたしの親友のあおいちゃんが声をかけてくる。
「ん。どうしたのあおいちゃん」
いつも通りの放課後。ただ一つ違うのはお喋りが盛り上がって教室にはもう誰もいなくなってしまっているところ。少しだけ乱れて並んでいる机と椅子が今が学校生活の日常の一ページなのだと教えてくれる。
「くだらない質問してもいい?」
あおいちゃんとは高校一年生の時に知り合ってすぐに仲良くなった。あおいちゃんはおっとりした性格で、おっちょこちょいなわたしと相性が良かったのだと思う。何か失敗しても笑って受け入れてくるあおいちゃんのことが大好きだ。
「うん、いいよ」
ただ、「質問してもいい」と聞いたあおいちゃんの顔は、笑っているけど、なんだかすごく緊張しているように見えた。
さっきまで数学の先生がわかりづらいだとか英語の先生の課題が多いだとか愚痴っていたのとは雰囲気が違う。愚痴っていたのは主に私であおいちゃんは笑って聞いてくれているだけだったけど。
「ここにショートケーキと梅干しがあるとするじゃない」
「へ?」
身構えていたのに突然変な話が出てきておもわず声を出してしまった。
「たとえ話よたとえ話」
そう言って笑うあおいちゃんの顔はやっぱりどこか真面目な感じが残っていて、ちゃんと聞かなきゃいけない話だと思い直す。あおいちゃんは時々、本当に時々だけどすごく深いところまで考え込んでいて、わたしなんかとは違う人種なんじゃないかって思うことがある。ふんわりした笑顔をみて普段は忘れているけどたまにハッとする。
「たとえばここにショートケーキと梅干があって、どちらか一つを食べるとする。そしたら関ちゃんはどうする?」
「両方食べちゃダメなの? 食べるにしてもあんまり相性は良くなさそうだけど」
「うん、どちらか一つを選んで食べなきゃいけないの」
あおいちゃんは柔らかい表情のままだ。だけど、眼鏡の奥の目はやっぱりどこか緊張している。
「わたしだったらショートケーキかなあ。梅干しも嫌いじゃないけどその二つだったらケーキのほうが好き」
ちゃんと答えなきゃいけないのだろうけど、私には深い意味なんて考えてもわからないから正直に答える。
「ふふ、やっぱりそうだよね。でも私は甘すぎるのは特段好きじゃないし、梅干しは大好きだからきっと梅干しを選ぶんだよ」
どう答えたらいいんだろう。あおいちゃんは何を聞いているんだろう。
なんと言葉をかけていいのかわからなくて沈黙が流れる。吹奏楽部の練習する音が聞こえる。
「梅干しか。あおいちゃん中々渋いね」
やっと吐き出せた言葉はそんなものだった。それでも時間は動き出す。
その時あおいちゃんの目に一瞬不安そうな気配が混じるのをわたしは見逃さなかった。
「ねえ関ちゃん、ショートケーキか梅干しかって聞かれて梅干しを選ぶ私って変かな?」
あおいちゃんは質問を重ねる。机の上に置かれているあおいちゃんの手を見て、ああ綺麗な手だなって思う。その手は緊張で強張っているように見えた。
わたしにはあおいちゃんの質問の意図はわからない。どうでもいいような質問に思える。わたしがあおいちゃんの求める答えを出せるとは思えないしきっとそれはあおいちゃんもわかってる、それでも聞くってことはきっととても大事なことなんだと思う。
「えっとね、確かにちょっと変わっているなって思うけど、あおいちゃんらしくていいなって思うよ」
よくわからないことをわかったふりして答えるのには技術がいる。わたしは取り繕うのが苦手だから結局思ったことをそのまま答える。
あおいちゃんは時々わたしには想像もつかないような世界のことを考えている。だから、わたしには理解できない感性を持っていることが似合っていると思った。
「ふふ、ありがとう。何だか気が楽になったよ」
今度は心からの笑顔を見せてくれた。わたしのわからないところで、わたしにわからない悩みが解決されたんだと思う。なんだか仲間はずれみたいでちょっと寂しいけれど仕方ない。
「ねえあおいちゃん、今日これからドーナツ屋さん行かない?」
「うん、いいよ。今日は気分がいいからドーナツ一個くらいならおごってあげちゃうよ。」
あおいちゃんがおどけて言う。
「ほんと、あおいちゃん大好き!」
わたしはあおいちゃんに飛びつく。
「おっとっと、危ないから離れてよう」
あおいちゃんはそういうけど軽く飛びついただけだし危なくないもんね。
「関ちゃん、これじゃ動けないってば」
あおいちゃんは黙っていると美人で絡みにくそうな感じの人だけど、喋ってみると気さくでノリもいい。
「あおいちゃん大好きだよ!」
「関ちゃん、それ聞いたってば」
その後行ったドーナツ屋さんでドーナツ二個もおごってくれたあおいちゃんでした。あおいちゃんはミネストローネを飲んでいたけどそんな商品もあるんだね。
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