第8話
「こんにちは、あおいちゃん」
わたしは久しぶりに会う親友に声をかける。
「ひさしぶりね、関ちゃん」
「もー、まだそうやって呼ぶの?」
「私はこの呼び方が慣れているから。」
高校を卒業してから十年が経った。
陽くんがあおいちゃんに振られたとき、わたしはずっと陽君の傍にいてあげた。そしてわたしと陽くんは付き合うことになった。今ではわたしは須藤性を名乗るようになっている。
わたしとあおいちゃんは別々の大学に行ったけど、関係はずっと続いていた。
大学を卒業する頃までは一か月に一回はどこかで会って、お喋りをしていた。高校の時の延長線みたいだけど、とても楽しかった。あおいちゃんが就職してから会う機会が少しずつ減っていき、特に最近はあおいちゃんの仕事が忙しいようで一年近く会っていなかった。久しぶりに会えてわたしは嬉しい。
「ねえあおいちゃん」
「なあに、関ちゃん」
「あおいちゃんはさ、今幸せ?」
待ち合わせ場所に来る途中、ずっと高校生の頃のあおいちゃんのことを考えていた。ショートケーキか梅干しか、二回目の質問をされた日から、あおいちゃんは何かが変わった気がする。
結局あおいちゃんはどちらを選んだのだろう。今になって、それが気になった。ずっと、わたしにとって辛いことも多い高校生活のあのあたりの記憶は思い出さないようにしていたけれど、一年ぶりにあおいちゃんに会うことになってふっと思い出された。
「私はね、幸せだよ。仕事は忙しいけどやりがいのある仕事だし、こうして親友と呼べる人もいるしね」
あおいちゃんは綺麗な手でアイスコーヒーをくるくるかき混ぜながらよどみなく答える。
化粧も完璧だし、会社にこき使われて疲弊している様子もない。職場にも恵まれて本当に充実した毎日を送っているのだと思う。
「ねえあおいちゃん。昔、ショートケーキか梅干しかって聞いてきたことあったよね。結局どっちを選んだの?」
あおいちゃんはちょっとびっくりした顔をする。
「あ、答えづらいなら答えなくていいんだけどさ」
「ううん、大丈夫。よくそんな昔のこと覚えてたなってびっくりしただけ」
あおいちゃんはいつも通り笑ってるけど、少し寂しそうに答える。
「私はね、ずっと選ぶことを拒否し続けてた。だからこそ今の穏やかで幸せな状況があるのだけど」
「そうなんだ、それじゃあ良かったのかな? 幸せなら結果オーライってことで」
「うん……、でもね。今の幸せがなかったとしても私はやっぱり梅干しを選んでみたかったな。今じゃもう、遅すぎるけど」
あおいちゃんは本当に悲しそうな顔をする。
「今からじゃ遅いんだ」
「うん、もう遅い。幸せだけどさ、いつも後悔が付きまとってるんだ。あの時梅干しを選ぶだけの勇気が自分にあったら、そうじゃなくても、せめてショートケーキを選ぶだけの覚悟があったらって」
「それってさ、辛いことなの?」
あおいちゃんはアイスコーヒーちょっと啜る。
「辛くはないかな、後悔しているってだけで。たぶん、あの時選べなかった私はもう一生どちらかを選ぶことはできない。もう終わっちゃったんだよ私の」
恋愛。そうあおいちゃんは呟いた。
陽くんの他に好きな人がいたけど諦めてしまったと言うことだろうか。いずれにせよあおいちゃんが陽くんを断ったから今のわたしがあるわけで、やっぱりなんだか複雑な気持ちだ。
「追加でご注文の納豆サンドをお持ちしました」
ウェイターさんがあおいちゃんの注文をしたものを持ってくる。ここ、割とおしゃれな喫茶店なんだけどどうしてこんなメニューがあるんだろう。頼むほうも頼むほうだけどさ。
「まあ、せめて食事くらいは好きにしようかなって最近思ってるのよ」
「昔からちょっと変わったもの、っていうか渋いもの食べてること多かったよね」
「昔は抑えてたよ? だって一般的なお店にあるメニューしか頼んでないし」
「でもあんまり売れ筋の商品というわけではない気がするよ」
「別にいいじゃない、どうやら私は食べ物は好きに選べるみたいだし」
「あはは。わたしはあおいちゃんが幸せならそれが一番だって思うよ」
「幸せか、関ちゃんに言われるのは何だか皮肉だけど」
「あおいちゃんなら男の人がほっとかないと思うけどなあ」
そういう意味じゃないんだけどねって言いつつあおいちゃんは笑った。
だからわたしも一緒に笑う。
二人で笑っている今が、あおいちゃんにとっての幸せだといいと願って。
ショートケーキか梅干しか 白情かな @stardust04
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