19歳ー春ー3


花はお風呂に入っておなかも満たすとちょこんと雪と月の間に座った。


「………二人はこの一年、どこに…?」


「どこって言うほどのところは行ってねえな。殆ど野宿。東の方は行ったことねえと思ってそっちをうろちょろしてた」


「僕は相変わらず城だ。あの王子め。仕事を増やしやがって」


魔女様がいなくなって四年。

一緒だった三人はバラバラになって、でも春だけはまた手を繋ぎ直す。


「………花は?」


「いつもズタボロで帰ってくるけど、今回は何をしていた」


花はパシパシと瞬きをした。


「………私、ですか?」


花の目が泳いだ。


「………その、星を読んでいました。いろんなところから」


「………いろんなところ?」


「お、お城にも行きました。……お忍びだったから、月には会えなかったけど…」


「花。それは不法侵入だ」


月が呆れたように呟く。

花は物静かで淡々としているけれど意外にお転婆だ。


「そもそもなんで城に来た?調べ物なら僕に言えばいい」


ますます花は目を泳がせた。

ジロリと雪が横目で見下ろす。


「………調べ物、ではなくて。人に会いに行きました」


「まさか、陛下!?あの人は病床で部屋には限られた人しか入れない」



あの死にそうにない黒の王様も病にはなるのだ。

それを知った時、雪も月も愕然とした。



「いいえ。陛下は、………私を待ってはいませんから」




………でも、陛下にも会いたかった。

いつかみたいに、ふらふら歩いているところを抱き上げて、一緒に魔女様の家に帰りたかった。


「………じゃあ、誰に?」


「………友人です。呼ばれた気がして…」



四年ぶりに会った友人はずっと大きくて、綺麗な服を来て。

疲れきって、死にそうな顔をしていた。

仕方が無いから、膝を貸して上げた。



何も語らず、ひっそりと時間を共有するだけの邂逅だったけれど。

二人にとっては大切な時間だった。



この四年間ですっかりすり減ってしまった心を、お互いの熱でほとほと満たした。

また、歩き出すために。



当てのない旅路の途中、花は時折空を見上げる。


迷いのない、蒼穹の瞳。


一人っきりでも、くたくたでも花が歩いてこれたのは多分そのおかげ。

手を繋いで歩いた青い瞳の少年と同じ色が広がっていたから。



「ねえ、花」



ある日、魔女様が消えた。

何も言わずに出ていってしまった。

本当は雪も月も花も知っている。

魔女様がもう戻ってこないこと。


誰も本当の名前を知らない、霧の森の魔女。




もうこの森に霧はない。




だから、3人は森を出た。



魔女がいくなってから、何だかこの世界は息がしずらい。



花は小さな手で月の口を塞いだ。


「駄目です。月…」



パサりとフードが落ちる。

四年前から成長の止まった花の顔。


少しずつ、少しずつ互いの知らないものが増えていく。



雪も月も端っこから欠けていくようだった。

それを花は一生懸命繕っていく。


じゃあ、花のことはいったい誰が繕うのだろう。



「それは、月が傷つくから言っては駄目です。私は、


大切な月。

大切な雪。


森の中でそれが全てだった頃。


それだけで世界は完結していた。



でも花は一人世界を破って、見つけてしまった。



いつか花はその人のために自分を丸ごと使ってしまう。

花の全てはその人のためで、分けてあげられるものはそう残っていなかった。



また、月はポロリと欠けた。

それは、心と呼んでもいい場所だった。




「……歩いても、歩いても」




不意に雪がポツリと言った。



歩いても。




「きっと、これ以上大切なものなんか見つかんねえよ」








何度春が巡っても、この答えは変わりそうになかった。



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霧の森の魔女 八月文庫 @leefie_no

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