19歳ー春ー2



その日は、ひどく風が強い日だった。

ポカポカと春を思わせる陽気から一転、風は激しく吹きすさび雪は顔を顰めた。


「おい、月」



雪は鋭い目つきをなお鋭くさせ背後を振り返った。


「ここに来る途中、花を見なかったんだよな」

「ああ」

「………探してくる」



一年ぶりに訪れた魔女様の家。

今はもう魔女様も雪も月も花もそこで暮らしていない。

それでも、定期的に誰かが訪れているのか家は綺麗に整えられていた。


強い風は森の中でも吹き荒れ、扉や窓をガタガタと揺らす。



「僕も」

「お前は風呂でも湧かせてろ。またズタボロで帰ってくるから」



月は逡巡した。

きっと花は汚れて疲れ切って帰ってくる。

お風呂とそれから食事を用意しておくべきだと思う。

雪に風呂はともかく食事の準備は任せられない。

………でも、一人で待っているのは嫌だった。


「二手に分かれて探したほうが早いだろう」

「………お前な。こういう時間の方がよっぽど無駄なんだよ。俺一人で探した方が早い」


ちゃんと連れて帰ってくるから待ってろよ。

雪は面倒くさげにそう言ってさっさと出て行ってしまった。



「一人で待つ気も知らないくせに………」




一人ぼっちになってしまった家で月は呟いた。

この四年間でだれかの帰りを待つのはあまり好きではなくなっていた。








轟々と風が吹き荒れる中、花はもう一歩も進めなくなっていた。

体が風に飛ばされないように地面にしがみついているのが精一杯。

でも、それもそろそろ限界だった。



(でもこの嵐があるということは、あと少しで霧の森に着く)



ズリ、と地面を這うように動いた。

一段と風が強く吹く。

様々なものが吹き飛ばされて、そのうちの一つ、どこからか大きな板が花めがけて飛んでくる。

花はいっそう体勢を低くして襲撃に備えた。



「_____花!」



声の主が一瞬で板を木っ端微塵にした。

飛んできた欠けらも全て叩き落とすその技量。

鞘ごと叩きつけた剣を腰に戻して、振り返った黒曜の瞳が花を見据える。



「………雪」



先ほどの風でフードが外れ露わになった碧の瞳がまん丸くなった。

雪といえば不機嫌そうに鼻を鳴らし、ヒョイと花をつまみ上げた。

凄まじい風の中でも、彼の体はビクともしない。



「………帰るぞ」



言いたいことは沢山あったけれど、全てを飲み込んで彼は踵を返した。



「………うん」



花は雪の太くて力強い腕にしがみついた。



「雪…」


風の中でも聞こえるように、花は雪の耳元に唇を近づけた。



「………助けてくれてありがとう。遅くなってごめんなさい」



そのまま首筋に顔を埋めれば、前みたいにほのかに木漏れ日の匂いがした。



花自身は昔とは大分変わってしまったから。

雪とお昼寝した木漏れ日の匂いとか、月の作る朝食とか。

昔を思い出させてくれるものに触れるたび心がそっと慰められた。



雪はしばらく黙っていたけれど、やがて空いている手でガシガシと頭を掻いて囁き返した。





「………別に帰ってきてくれれば構わねえよ。待つのは、苦手だけどな………」













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